バックストーリー   一番槍のガヴリ

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一番槍のガヴリ:始動前夜』

地球連邦軍・独立治安維持部隊アロウズの極秘地下格納庫。

天井から降り注ぐ無機質な水銀灯の光が、実戦配備を数時間後に控えた一機のモビルスーツを白く照らし出していた。

「――GNZ-004/G、ガヴリ。すべての外装ボルト締め、完了。これより最終稼働テストに入る」

技術兵たちの慌ただしい声が響くなか、チーフメカニックの男は、ガヴリの前に組まれた足場の上で、その無骨な上半身を見上げていた。

ミリタリーグリーンの実体装甲は、連邦やアロウズが好む無機質な量産機のそれだ。しかし、この機体は内側から何かが決定的に歪(いびつ)だった。

男の視線は、ガヴリの左肩の装甲へと向けられる。

そこには、デカールではない、技術兵の手によって直接ペイントされたばかりの「黒い三角形」の紋章が不気味に佇んでいた。中央を縦に走るオレンジレッドのラインは、まるで生き物の血管のように、光の加減で妖しく蠢いて見える。

「イノベイドの連中、わざわざこんな不気味なパーソナルマークを手書きさせるとはな……。右肩の軍用識別番号とは、まるでお国柄が違う」

メカニックがそう悪態をついた瞬間、背後から音もなく足場を上がってくる影があった。

端正な顔立ちに、一切の感情を排した冷徹な眼差し。アロウズの制服を着てはいるが、人間の血の通った温かみが微塵も感じられない青年――このガヴリのパイロットとなるイノベイドだった。

「それは我が主、リボンズ・アルマークの意思を示す『眼』だ。古い地球の兵器に、我々の技術が宿った証でもある」

イノベイドの青年は、男の言葉を気にする風でもなく、ガヴリの左肩の紋章を静かに見つめた。

金色の瞳が、マークの中央にある赤いラインと一瞬、シンクロするように光る。

「……フン、中身の技術はともかく、下半身にガンダムのスラスターをそのままひっくり返してくっつけるなんざ、正気の沙汰じゃねえ。足のないモビルスーツをあてがわれて、怖くはねえのかよ」

男がそう言うと、イノベイドは初めて薄い笑みを浮かべた。しかし、その目は全く笑っていない。

「恐怖? なぜ人間は、無駄な感情に思考の処理能力を割くのか理解に苦しむな。この機体に必要なのは、前進するための推力と、敵を撃破するための質量だけだ。人型の脚など、一方向戦闘において何の意味も持たない」

青年はそう言い残すと、開かれたコクピットハッチへと吸い込まれるように乗り込んでいった。

『――コックピットハッチ、閉鎖。全システム、脳量子波と同調を開始』

次の瞬間、格納庫内の空気が一変した。

ガヴリの頭部背面に位置する、白・赤・黒の「球体型・疑似太陽炉」が、低い唸り声を上げながら覚醒したのだ。炉から放たれた禍々しい赤黒いGN粒子が、背面中央の白い大出力シリンダーを駆け抜け、下半身のエクシアコーンへと直噴されていく。

胸部のセンサーが鮮烈な青に発光し、左前腕にマウントされたビームサーベルの赤い基部が、出撃の時を告げるように明滅を始めた。

「進路クリア。GNZ-004/G ガヴリ、カタロン掃討作戦へ向けて出撃する」

カタカタと軋む金属音を響かせながら、カタパルトへと固定される緑の魔神。

その左肩に刻まれた赤と黒の紋章は、これから始まる一方的な蹂躙と、命を燃やすトランザムの瞬間を静かに待ち望んでいるかのように、妖しく光り輝いていた。

(了)

『一番槍のガヴリ』

「――塩基配列パターン第004系統、起動。思考領域を戦術データに完全同期」

薄暗いコクピットのなかで、そのイノベイドは静かに金色の瞳を輝かせた。

彼の乗る機体――『ガヴリ』の機体表面には、幾多の戦場を潜り抜けてきた証である泥がこびり付き、ミリタリーグリーンの実体装甲は激しく削れて銀色の金属地を覗かせている。しかし、その無骨な外見とは裏腹に、機体の心臓部は神聖なほどに白い。

背面に露出した球体型の擬似太陽炉(GNドライヴ[τ])が妖しく明滅を始める。

炉から放たれた禍々しい赤黒いGN粒子は、剥き出しの大出力シリンダーを通じて、下半身のエクシア型コーンブースターへとダイレクトに叩き込まれた。

「アロウズ特殊強襲部隊、ガヴリ。目標、カタロンの拠点要塞。突撃を開始する」

次の瞬間、ガヴリは人型を捨てた「一発の弾丸」と化した。

爆発的な推力がイノベイドの肉体に数十Gの超重力をかけるが、自我を持たないパイロットの表情はぴくりとも動かない。脳量子波による精密な制御のもと、ガヴリは赤い尾を引きながら要塞へと肉薄していく。

「敵機、迎撃に来ます」

正面から迫るカタロンの旧型MS部隊。彼らは必死に実弾とビームの雨を降らせるが、ガヴリは速度を一切落とさない。厚い何層ものEカーボン装甲が火花を散らしながら敵の弾幕を強引に弾き飛ばす。

右腕の実弾ライフルが火を噴き、高濃度粒子をまとったGN実弾が敵の装甲を一撃で穿ち、爆発の炎へと変えていく。しかし、ガヴリの本領はすれ違いざまの刹那にあった。

「近接戦闘へ移行」

左前腕の装甲に配された、鮮烈な『赤』のホルダーが駆動する。

手首のすぐ側から、ピンクの長いビーム刃が爆発的に伸長した。背面のシリンダーからダイレクトにエネルギーを供給されたビームサーベルは、ガンダムのGNフィールドすら一撃で引き裂くほどの超出力を放っている。

超高速で敵機の横をすり抜ける、その一瞬。

ガヴリは速度を維持したまま、左腕のビームカッターで敵の胴体を一刀両断に切り裂いた。遅れて背後で巻き起こる大爆発の光が、ガヴリの白いコーンブースターに刻まれた『GAVRI 004』の文字を赤く照らし出す。

「第一次防衛線を突破。これより、要塞中央へトランザムを起動」

炉が自壊する恐怖も、命を落とす恐れも、彼の頭脳には存在しない。

ただ、リボンズの意志のままに戦場を赤く染めるため、背面の太陽炉が臨界へと向けてさらに不気味な輝きを強めていくのだった。

(了)

『一番槍のガヴリ(後編)』

防衛線を一瞬で食い破られたカタロンの要塞内部は、パニックに陥っていた。

「赤い尾を引く緑の化け物が来る!」という悲鳴が通信回線を飛び交う。しかし、ガヴリのコックピットに座るイノベイドには、敵の恐怖も、自機の装甲が悲鳴を上げている現実も、ただの数値データに過ぎなかった。

要塞の中心部に位置する巨大な防壁ゲート。厚さ数メートルにおよぶ高硬度Eカーボン製の隔壁が、ガヴリの行く手を遮るように閉じていく。

「目標、最終防壁を展開。通常推力での突破は不可能と判断」

淡々としたパイロットの呟きと同時に、コックピットの全モニターが血のような深紅の文字で染まった。

『TRANS-AM SYSTEM START』

「――疑似太陽炉、限界同調。トランザム、始動」

次の瞬間、ガヴリの背中に鎮座する球体型の太陽炉が、爆発的な輝きを放った。

放出されるのは、オリジナルの淡いピンクではない。黒煙が混ざったような、禍々しく毒々しい、赤黒い濃赤の粒子。そのエネルギーは直結された背面中央のシリンダーへと一気に流れ込み、強烈な負荷によって金属製のピストンがマグマのようにオレンジ色へと白熱化していく。

「ガ、ガ、ガ……」

機体各部から軋み音が響く。下半身のエクシア型コーンブースターから強烈な推進力が爆発し、ガヴリの速度はさらに数倍へと跳ね上がった。引き千切られた赤い炎のような残像を背後に置き去りにしながら、緑の機体は文字通り「赤黒い彗星の弾丸」と化す。

「脳量子波、臨界点へ。機体前面にGNフィールドを集中」

超高速で直進するガヴリの先端に、円錐形の強固な光の盾が形成される。

迎撃のために放たれた敵のミサイルも、対空レーザーも、トランザムの圧倒的な粒子量とフィールドの前にすべて弾け飛んだ。ガヴリ自身が「超大型のGN弾丸」となり、時速数千キロのまま、閉じかけの巨大な防壁ゲートへと正面から衝突する。

――轟音と、衝撃。

しかし、ガヴリの突撃力は隔壁すらも凌駕した。

火花と金属片を巻き散らしながら、分厚いゲートを文字通り「粉砕」して要塞中枢へと突き抜ける。その代償として、自慢のミリタリーグリーンの実体装甲は激しく削り取られ、焼け焦げ、内部のフレームが剥き出しになっていく。

要塞の心臓部である動力炉が目の前に迫る。

ガヴリの左前腕から伸びるピンクの長いビーム刃が、トランザムの過濃粒子によって膨れ上がり、周囲の空気を歪ませるほどの巨大な光の剣となっていた。

「目標を確認。これより破砕する」

疑似太陽炉はすでに焼き付きを起こし、激しいスパークを上げている。トランザムの制限時間は、あと数秒。この一撃の後、機体が大爆発を起こし、自身が宇宙の塵になることは確定していた。

それでも、金色の瞳を持つイノベイドは、微笑みさえ浮かべずにレバーを押し込んだ。

「リボンズ様の望むままに」

閃光。

赤黒いオーラをまとった緑の魔神が、長いビームの刃を突き立てながら動力炉へと突っ込み、要塞そのものを内側から爆発の炎で包み込んでいく。

後にアロウズの記録から抹消された、型式番号『GNZ-004/G』。

それはただ一瞬の輝きと引き換えに、敵を確実に絶命させる、イノベイドの冷徹な意志そのものであった。

(了)

『一番槍のガヴリ ― 帰還』

閃光が収まった。

崩壊していく要塞の中枢から、無数の破片が宇宙空間へと放出されていく。

その中に、一つだけ異様な物体が漂っていた。

ミリタリーグリーンの装甲。

白いコーンブースター。

そして、焼け焦げた大出力シリンダー。

GNZ-004/G――ガヴリ。

機体は、かろうじて原形を留めていた。

左前腕のビームサーベルは消失。

実体装甲は各所が削り取られ、内部フレームが露出している。

そして何より、背面の球体型GNドライヴ[τ]は激しく損傷していた。

トランザムによって限界まで引き出された出力。

さらに要塞の防壁を正面から突破した際の衝撃。

そのすべてが機体に致命的な負荷を与えていた。

数時間後。

「……あれを見ろ」

要塞周辺を捜索していた回収部隊のモニターに、ガヴリの姿が映った。

「MS……?」

「識別照合」

数秒の沈黙。

「GNZ-004系統……しかし登録されているガガとは形状が異なる」

「アロウズの機体か?」

「おそらくな」

回収艇がガヴリへ接近する。

「生命反応は?」

オペレーターが確認する。

「……ありません」

「パイロットは?」

「コックピット内部を確認。死亡しています」

通信室に短い沈黙が流れた。

しかし、指揮官は淡々と告げた。

「パイロットの回収を優先。その後、機体も回収する」

「この機体を?」

「ああ」

指揮官はモニターに映るガヴリを見つめた。

「こいつは、要塞を一機で突破した」

回収施設

ガヴリは専用ハンガーへ搬入された。

整備兵たちが装甲を取り外していく。

焼け焦げた内部構造。

変形したフレーム。

そして、赤黒い粒子によって過負荷を受けた推進系。

「……酷いな」

整備兵が呟く。

「これだけの損傷で、よく機体が残った」

別の整備兵が背部を調べる。

「問題はこっちだ」

作業灯がGNドライヴ[τ]を照らす。

「完全に損傷している」

「修復は?」

「難しい。トランザムによる過負荷が原因だ。内部まで損傷している」

「つまり?」

「このまま使うのは危険だ」

整備班は黙り込んだ。

だが、しばらくして技術主任が口を開いた。

「……機体そのものはどうだ?」

「フレームは生きている」

「推進器は?」

「修復可能」

「腕部は?」

「右腕は問題なし。左腕も修復できる」

技術主任はガヴリを見上げる。

「なら、機体を捨てる必要はない」

数日後

回収されたガヴリは、再び整備台に固定されていた。

ただし、以前と同じ姿に戻すことはできない。

損傷したGNドライヴ[τ]は撤去される。

代わりに、新たな動力・粒子供給システムを備えたバックパックが設計された。

「ガヴリの推進思想は残す」

技術主任が設計図を指差す。

「だが、以前と同じ戦い方をさせる必要はない」

頭部には新たなセンサーヘッド。

背部には新型バックパック。

そして大型のGNロングビームライフル。

さらに整備兵が左腕を調整する。

「隠し腕の出力も上げます」

「どれくらいだ?」

「従来比――二割増し」

整備兵が微笑む。

「前の機体より、近距離での決定力は上がります」

かつてのガヴリは、敵陣へ突入するための機体だった。

だが今度は違う。

遠距離から敵を捕捉し、確実に撃破する。

必要ならば、かつてのように近接戦闘にも持ち込める。

死んだパイロットとともに失われたはずのガヴリは、別の姿で再び蘇ろうとしていた。

最後の整備が終わった。

ハンガーの照明が点灯する。

かつてのミリタリーグリーンの装甲。

戦闘で刻まれた傷。

修復されたフレーム。

そして、新たに追加されたバックパック。

整備員が機体番号を確認する。

「GNZ-004/G――」

一度言葉を止める。

そして、新たな番号を読み上げた。

「GNZ-004/G2」

モニターに新しい機体名が表示される。

ガヴリ改

かつてこの機体を操ったイノベイドは、もういない。

彼の最後の命令も、最後に見た景色も、すべて過去のものとなった。

しかし――

彼が最後まで戦い抜いた機体だけは、残った。

そしてその機体は、かつての戦闘データを記録したまま、新しい戦場へ向けて再び立ち上がる。

ガヴリは死んだ。

だが、

ガヴリ改として、その機体は生き残った。

ハンガーの中で、青いセンサーが静かに点灯した。

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