これは、俺たちがオデッサに派遣される数ヶ月前の話だ。
「サム、訓練が終わってそうそう悪いが、明日ちょっと付き合ってくれ」
ブラックさんのザクに乗せてもらって、今では日課となった地上戦の訓練から基地の宿舎に戻ると、隊長に声を掛けられた。 横には金髪をオールバックに撫でつけた、見慣れない若い士官が生真面目な顔で立っていた。
軍服こそ着ているが、軍人というより、大学か研究所にでも勤めていそうな雰囲気だな、なんてことを考えていると、自分は技術試験隊の中尉だ、と自己紹介された。
2人の話を要約すると、俺が初戦でザクを潰してしまったせいで暇を持て余していた我ら04小隊に、基地司令が新型モビルスーツのテストという役割を振ってきたらしい。
「私がその新型を使うから、サムには模擬戦の相手をしてもらいたい。どうやらこの新型、確かグフって言ったかな・・・まぁなんでも、対モビルスーツの格闘戦に特化した機体らしくてね。ザクとの戦闘データが欲しいんだそうだ」
「ハウプトマン少尉は、格闘戦が得意なパイロットだと基地司令にうかがっています。少尉ならきっと、この『先行量産型グフ』の性能を引き出してくださると考えています」
技術中尉が言葉を添えた。
「あれからブラックと、ずいぶん頑張って訓練をしていたみたいだしね。どれくらい強くなったのか、私に見せてくれ」
『ああ、これは、新型の評価試験であると同時に、俺の評価試験でもあるんだな・・・』
隊長の言葉で、なぜ模擬戦の相手がブラックさんではなくて俺なのか、理解できた・・・。
「模擬戦には、ペイント弾と訓練用の低出力ヒートホーク、および新型武装であるヒートサーベルを使用します。実戦と同じように、射撃及び格闘戦で相手を攻撃し、ペイント弾か格闘兵装が、相手の致命傷になる部位に命中するまで続けてください」
翌日、相変わらずの生真面目な表情ながら、どこか高揚したような技術中尉の号令で、模擬戦は開始された。 ブラックさんや軍曹、ピーターも、中尉の横で見物している。
お互い、格闘戦を仕掛けるには距離がありすぎるので、俺は隊長の乗る新型の左へ回り込むようにザクを走らせながら、スコープをチラっと覗き込んで照準を合わせた。
「いいか、サム。地上での戦闘では、むやみにスラスターを使うな。着地の瞬間を狙い撃ちにされるぞ。逆に相手がジャンプをしたら、チャンスだと思え。地面に足が付く瞬間を狙って、トリガーを引くんだ」
これまでの訓練でブラックさんからもらったアドバイスを思い出しながら、隊長のスキをうかがう。
隊長はいつも、マシンガンを牽制目的で使うことが多い。狙いが正確ではないぶん、流れ弾には十分注意しないと・・・。
そんなことを考えていたら、隊長が新型を大きくジャンプさせた。 おそらく、一気に間合いを詰めて格闘戦に持ち込むつもりだろう。
「!?」
速い・・・! 上昇スピードが、ザクとはまるで違う。
このままでは、隊長の一番得意な格闘戦になる。 そう思った俺は、ペダルを踏みこんでザクを後ろにジャンプさせた。 それを狙っていたかのように、隊長の乗る新型がマシンガンを連射してきた。 予想通り、あまり正確に狙いをつけない撃ち方だったが、それでも被弾を避けるために正面に向けた右肩のシールドを通して、ペイント弾が直撃した軽い衝撃が伝わる。
「サム、今のは良い反応だったよ。よく防いだね。」
インカム越しに、心なしか嬉しそうな隊長の声が聞こえた。
「ありがとうございます。では、今度はこちらの番ですよ!」
隊長の駆る新型が着地する瞬間を狙ってマシンガンを撃つが、やっぱりザクより反応が速い。 ペイント弾は、シールドの端を一発かすめただけだった。
隊長は、そのまま新型を横に走らせる。 ジグザグに走る新型を、正確にはその移動先をしっかりとスコープに捉えて、マシンガンを連射する。 隊長は新型の左腕に取り付けられたシールドを体の正面に構え、なおも間合いを詰めてくる。 俺の撃ち出したペイント弾は訓練通り、隊長の機体を間違いなく捉えていたが、全てシールドに防がれてしまった。
このままでは、格闘戦になる・・・。 そこで俺は、ザクの腰からヒートホークを抜き、左腕に持たせた。 隊長も、シールドの裏から新型武装のヒートサーベルとやらを取り出し、同じく左腕に構えている。
『スピードは、どうしたってあの新型が上だ。・・・なら・・・!』
俺は思い切り、ザクのペダルを踏みこんだ。
『隊長よりも先に動いて、懐に飛び込むっ!』
「何っ!?」
隊長も、どうやらこれは予想外の動きだったらしい。
もらった・・・!
そう思った瞬間、なんと隊長はマシンガンをこちらに投げつけてきた。 思わずそれをヒートホークで振り払うと、次の瞬間、ものすごい衝撃に襲われた。 どうやら隊長は、ペイント弾まみれのシールドと左肩でタックルを食らわしてきたらしい。
「うぅ・・・」
呻きながら目を開けてモニターを見ると、そこにはヒートサーベルをザクの鼻先に突き付けてこちらを見下ろす新型の姿があった。
「お2人とも、お疲れ様でした。おかげで、非常に良いデータを取ることができました」
模擬戦が終わり、機体を格納庫まで移動させたあと、技術中尉が声をかけてきた。
「惜しかったな、サム」
「でもサム、すごく強くなったね!」
ブラックさんとピーターからも、ねぎらいの言葉をかけてもらった。
「ピーターの言う通りだよ。まさかサムにヒヤッとさせられるなんて、正直私も思わなかった」
どこか満足げな笑顔で、隊長が言葉を継いだ。 良かった。「俺の」評価試験は、どうやら合格みたいだ。
「ハウプトマン少尉。先行量産型グフはいかがでしたか。少尉の、パイロットとしての率直な意見をお聞かせください」
技術中尉が、何か端末を操作しながら隊長に話しかける。
「そうですね。機動性も格闘性能も申し分ない。ザクよりもパワーがある分、操縦はやや繊細さを要求される部分もありますが、そこはまぁパイロットの慣れ次第でしょう。ただ、武装がちょっと・・・」
「ヒートサーベルは、扱いにくかったでしょうか?」
技術中尉が不思議そうな顔でたずねる。
「いえ、ヒートサーベルは非常に強力で、使い勝手のいい武装だと思います。ですが、確かこのグフは、地上での格闘戦に特化した機体なんですよね」
「ええ、その通りです」
ますます要領を得ない、といった顔で、技術中尉が答えた。
「あくまで私見ですが、もう少し格闘戦に活かせる新しい武装があっても良いのではないか、と感じました。例えば、マシンガンなどの射撃武装を構えたままで、相手にスキを見せずに格闘戦に移行できるような・・・そうだ! 左腕のマニュピレーターを、機関砲にしてしまうというのはどうでしょうか?」
・・・隊長が、なんだかとんでもないことを言い出した・・・。
俺も、ブラックさんや軍曹、ピーターも、もちろん技術中尉も、みんなポカンとした顔をしている。
「あとはそうだな・・・。相手の機体に電流を流す、ムチのような武装を装備する、というのも良いかもしれませんね。普段は腕の中に収納しておいて、相手と格闘間合いに入る直前に、不意を突いて奇襲するような使い方をすれば、かなり有効だと思うのですが・・・」
「・・・隊長、何を言っているんでしょう?」
思わず隣に立つブラックさんに、小声で聞いてみた。
「うーん、あの人とは長い付き合いだが、時々こういう突拍子もないことを言うんだよなぁ」
どうやら隊長がこういうことを言うのはしばしばあることらしく、やや呆れながらも、ブラックさんはあまり驚いていないようだ。
「了解しました。現場のテストパイロットからそういったアイディアが出ていると、上層部には報告しておきます」
技術中尉は困惑しながらも、相変わらず生真面目に端末を操作し、メモをしていた。 まさか、本当にこんなふざけた意見を提出するつもりか?
「隊長、いくらなんでもからかいすぎだよ。あの中尉さん、上に怒られるんじゃないの?」
技術中尉が宇宙に帰っていったあと、ピーターが笑いながら隊長に言った。
「私はからかったつもりも、冗談を言ったつもりもないけど?」
隊長は不思議そうな顔で、ピーターに返した。
「いやいや、いくらなんでも指にマシンガンとかモビルスーツ相手にムチとか、ありえないでしょ」
ピーターはなおも笑っている。 笑いこそしないが、俺も、おそらくブラックさんや軍曹も、同じ気持ちだった。 いくらなんでもそんな武装、どう考えたって実戦で使えるわけがない。
後に、隊長が提案した武器を装備する正式採用タイプのグフを駆り、「青い巨星」ことエースパイロットのランバ・ラル大尉が、連邦の最新型モビルスーツと死闘を繰り広げ、あまつさえそれが量産型グフの正式武装となることを、俺たちも、おそらくあの技術中尉も、まだ知らなかった。