「父上はいったい何を考えているのだ!」
ユウナ・ロマ・セイランは苛立ちを隠さずに言った。
彼の父、ウナト・エマ・セイランはジブリールの前で何も言えなかった。
「レクイエム?ザフトの軍靴の音がレクイエムになってしまう」
ジブリールは言った。
『レクイエムが流れれば全て終わる』
「やつの口車に乗せられているのだ、父上も・・・」
ユウナは言葉を飲み込んだ。
それは僕も同じか。
「カガリ、僕はどうすればいい?」
そこにいるはずの恋人にユウナは語りかける。
豪奢な執務室。
カガリと二人で今後を論じ、時には言い争い、時には秘め事をする筈の、
大事な二人だけの、空間。
二つ並んだ机は、少しだけユウナの物の方が大きく造られている。
見た目では決してわからない程度の差だが、その事を知っているのは造らせたユウナだけだ。
気の強い女傑を相手に、ひとりほくそえむ想像もした。
しかし、カガリがその隣に座ることはなかった。
「カガリ・・・どこにいる・・・」
あの事件から、何回この言葉を口にしたかわからない。
「わかってくれよ・・・、僕は負けられないんだ・・・あの男に」
崩れ落ちるようにユウナはいすに腰掛ける。
そして腹の底から搾り出すようにその男の名を口にした。
「・・・アスラン・ザラに」
元最高評議会議長の息子。
ヤキン・ドゥーエの英雄。
今現在も、彼の噂は嫌でも耳に入る。
ザフトのトップエリート、フェイスとして任命され、数多くの戦場で勇名をはせている事も。
「カガリ・・・」
ぐっと握り締められたその両拳の中が薄く血で滲んだ。
静かな、音色が彼の耳に届く。
「そう、ショパンのノクターン。カガリに相応しい・・・、え・・・?」
ユウナは耳を疑った。
鳴るはずのない音。
カガリの机、その専用回線の受話器。
この番号を知る者はただ一人・・・カガリ!
焦って伸びる左手を、右手が制した。
「焦らず、焦らず」
ユウナは釣りをした事はなかったが、魚を吊り上げる時はこんな心境なんだろう、と一瞬考えた。
「父上、父上!」
ユウナが勢いよく応接室のドアを開けた。
もうジブリールはいない。
この数ヶ月間で大分薄くなった額を見つめながらユウナは言った。
「ザフトへの回答会見は私が行います」
白々しい会見だった。
心なしか、ヴィジョンに映し出されるユウナの顔色も蒼白かった。
「ユウナ!!!」
ウナトだった。
「ユウナ、なんて事を・・・。あれでは、ザフトの怒りを買ってしまう」
「父上、あれでいいんですよ」
ユウナは父を一瞥した。
「なんて事を・・・」
「父上、では父上はどうされるおつもりだったのですか?回答せずとも、ジブリールがここにいる事は明白なのです」
淡々と言い放つ息子の様子に、ウナトは気圧される。
「ユウナ、おまえまさか・・・」
おびえる父を見て、ユウナは薄く笑った。
心なしか、先程より父の髪の毛が少なくなっているような気がした。
ザフト軍の行動は予想より早かった。
ユウナが軍司令部に到着した時には、すでに防衛ラインを突破されていた。
「何をやっているんだ!」
司令部にはいるなりユウナは怒鳴った。
一同の白い視線がユウナに集中する。
「僕の会見を聞いただろう?ザフトが侵攻してくる事くらい予想できなかったの?」
我慢しきれずにソガ一佐がユウナに食って掛かる。
「なぜ政府はあんな馬鹿げた回答をしたのです?」
「うるさい、ほら、とにかくこっちも防衛体制をとるんだよ!」
誰も動かない。
政府の会見に、誰もが疑念を持っているのだ。
ユウナの眉がひそむ。
誰も行動を起こせない、起こさない。
緊急事態なのに、行政府を呼び出すだけで、軍司令部は市民への避難勧告も、迎撃体制もとっていなかった。
しかし、そうさせてしまったのは自分なのだ。
カガリを奪われ、相次ぐ敗戦、敗走、脱走。
「焼かれるのはオーブなんだよ!!何故自分で判断できない!?」
ユウナの怒気に全員が気を奪われた。
「護衛艦軍出動、迎撃開始!MS隊発進!!やつらの侵攻を許すな!」
司令官席に着いたユウナの顔色が一段と蒼白になった。
対応が遅すぎる。
「第二次防衛ライン、突破されました」
モニターに次々と破壊される自軍機が映し出されている。
(この国をここまで腐らせてしまったのは、僕かッ!)
「本島防衛線が総崩れです」
(持て・・・持ってくれ・・・)
ユウナは心の中で呟いた。
「もう少し、何とかしろよっ!」
ユウナはソガの襟首を掴んでにじり寄る。
「で、ですがそのご命令は・・・」
「指を咥えて見ていたのはお前たちだろう?国土が焼かれたら、お前たちのせいだぞ!」
キダは返す言葉がなかった。
『セイランの馬鹿息子が、またパフォーマンスをしだした』
『私利私欲の為にジブリールを匿っている』
『セイランに付き合うのはご免だ』
動かなかったのは自分達なのだ。
任されていた。
軍を。
オーブを守る剣を。
セイランを守る剣ではないのだ。
しかし、後悔してもザフトの侵攻は止められない。
「ユウナ様、沖合い上空に新手の友軍部隊が」
思わずオペレーターはキダではなくユウナに報告した。
今のユウナにはそうさせる魅力があった。
「なに?」
「この識別コードは・・・タケミカヅチ艦載機のものです」
「なんだと?」
一同にどよめきが起こった。
「アンノウンMS一機、ムラサメと共にこちらに向かってきます」
立ち上がってユウナが叫んだ。
「公衆回線を開け、あのMSからの通信を全国民に流すんだ」
金色のMSが言った。
『私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ』
(カガリ・・・カガリ・・・やっと帰ってきてくれたんだね・・・)
『国防本部、聞こえるか?』
本部の全員の手が止まる。
『突然のことで審議を問われるかも知れないが、指揮官と話したい』
(ありがとう・・・僕の女神・・・)
「今の指揮官は僕だ」
努めて冷静にユウナは言った。
『ユウナ・・・私を本物と、オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハと認めるか?』
(勿論、勿論、勿論、僕にはちゃーんとわかるさ)
「認めるわけにはいかない」
『!?』
「オーブ首長国首長、カガリ・ユラ・アスハなら、自身を名乗る時にそんな涙声のはずがない」
『ユウナ・・・』
(カガリ、僕はここまでやった。次は君の番だ)
ユウナの脳裏に月光のフレーズが心地よく響いた。
幾千もの言葉の中からユウナが選んだのは、結局他愛ない言葉だった。
「あの、もしもし」
『ユウナか?私だ、キサカだ』
「キサカ・・・なんだよお前!」
『ユウナ、お前これからどうするつもりだ?』
「どうするって・・・」
ユウナは言葉に詰まった。
このままではザフトに侵攻される。
かといって、ロード・ジブリールを差し出す決心も出来なかった。
迷うユウナにキサカが語りかける。
アークエンジェルの事、オーブの事、カガリの事を。
『ユウナ、お前はどう思っている?』
「ジブリールには・・・出て行ってもらいたいけど・・・」
ユウナは息を飲んだ。
「オーブとして匿ってしまった以上、代表のカガリが責められてしまう・・・」
『ユウナ・・・、お前変わったな。』
「僕だって、トダカと一緒にあそこにいたんだ」
『わかった。ユウナ、お前にしか出来ない事がある』
『私は、カガリ・ユラ・アスハだ』
懐かしい声だ。
ユウナの目の奥が熱くなった。
大好きなカガリ。
僕のカガリ。
「キサカ、カガリはこの事を・・・」
『勿論知っている。最後まで反対されていたが』
「カガリ、最後まで、反対・・・」
『ああ。だが、最後には納得していただいた。ユウナ、お前に「すまない」と」
そうだ、僕はカガリを守りたい。
その為に力が欲しかった。
カガリ、カガリ、僕のカガリ・・・。
「認める」
『ならば、ならばその権限において・・・』
「その権限において?」
ユウナが立ち上がった。
(カガリ、もう持たないよ・・・もう、もう・・・)
『その権限において命ずる。直ちにユウナ・ロマ・セイランを国家反逆罪にて逮捕、身柄を拘束せよ』
ストン、とユウナが指揮官席に崩れ落ちた。
「ユウナ様、命令により拘束させていただきます」
キダの眼に涙が滲んでいた。
彼は一瞬で理解した。
あの会見から全てが始まっていた事を。
この、頼りなかった、情けなかった男の一世一代の賭けを。
ユウナは、カガリを円満に戻すために、全てを一人で背負ったのだ。
「ユウナ様、こ、これは・・・」
眼を閉じ、椅子にもたれるユウナに触れたキダの両掌が鮮血に染まっている。
「ユウナ様・・・影腹をきっておられたのか・・・」
国家反逆者となった僕を、おそらく君は処刑できないだろう。
だから、幕は僕のほうで引いておくよ。
・・・これで、いいかな?
カガリ、大好きな僕のカガリ。
僕は君を守る剣になれたかな?
カガリ、僕はいつだって君だけの。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
『え”え”え”え”え”え”え”え”ッ』
サングラスの青年の周囲を取り囲んでいた子供達が一斉に声を上げた。
「ちがうよー、ストライクにカガリ様を連れ去られて泣いた、ってきいたー」
「ドムに踏まれて死んだんだって」
「トッパシロートッパシロー」
子供達は笑いながら青年の周りから走り去っていった。
終戦。そして平和。
やれやれと、肩をすくめて立ち上がる青年。
「子供には難しすぎたかな・・・」
田舎はいい。
青年はつくづく思う。
まるで今までの出来事が夢のようだった。
名前を捨て、過去を捨てた今が本当の自分のようだった。
もう誰に強がる事もない、無理をして虚勢をはる必要もない。
子供達を集めて話をするのが好きだった。
北欧神話や日本の昔話は特に人気があった。
・・・極稀に人気のない話もあったが
「どうしたんだい?黒髪のお嬢さん」
青年は優しく一人佇む少女に声を掛ける。
「お、おじちゃん、わた、えぐっ、わたし、ユ・・様が・・・えぐぅ」
「優しいお嬢さん、貴女の涙で彼もきっと救われますよ」
青年は少女の黒髪を優しく撫でる。
「おい、お前その子を泣かせたのか?」
突然の声に二人が顔を合わせ、声の方を見る。
軍服に身を包む若い女性将官が苦虫を噛み潰したような顔をして立っていた。
「やぁ、よく来たね」
「全く、何をしているかと思ったら」
「君こそ。こんな場所で脂を売っていてもいい身分じゃないだろう?」
青年は意地悪く笑う。
「それとも、ようやく僕の魅力に気づいたかな?」
「ば、バカッ、わ、私は・・・」
「ざーんねん、ミャクあり、って感じだったけど?」
もう一度笑う。
彼女の来訪の目的はわかっている。
彼女が属する新たな組織に、青年を勧誘したいのであろう。
まだ若い組織だ。きな臭い噂も耳にはいっていないわけでもないし、青年自身の政治能力を考えれば、かの組織の不足分を十分に埋めることは出来るだろう。
(でも、あいついるしなぁ・・・)
青年は、少し離れた場所に停められた車越しに立つサングラスの男に目線をやる。
「ももももももういい!帰る!」
顔を真っ赤にした女性将校は肩を震わせながら踵を返した。
「またおいで。ゆっくり、時間がある時に」
「二度とくるかっ」
ズンズンと捨て台詞を残して女性将校は歩き去っていく。
「か、か、か・・・」
先程まで大きな眼に涙をいっぱいに溜めていた少女の目が、更に大きくまん丸に開いている。
「ゆ、ゆ、ゆ・・・」
口をパクパクさせながら青年と将校を交互に指差している。
「うま?」
青年がそっと少女の口に人差し指を添える。
『おい、もう女の子を泣かすんじゃないぞ』
遠くから女性将校の声と、走り去る車の音が聞えた。
「さて、コワイお姉さんは行ってしまったね。皆の所へ戻ろうか」
青年は少女の手を引いて、ボール遊びに興じる子供達のところへ行こうとした。
ぎゅっ、っとその手が強く握られる。
「ん?」
青年が振り返る。
少女は満面の笑みを浮かべながら青年を手招きすると、その耳に囁いた。
少女の言葉に青年は眉をひそめ呟く。
「ほう、それは・・・」
ひょい、と青年は少女を肩に乗せた。
「さぁいきますぞ、姫。私は今この時から貴女を守る剣になりましょう」
今この時、青年は再び走り出す事になる。
少女とともに、本当の自分とともに。
この数年の後、仮面の将校が東アジアを追われた幼い帝位継承者を復権へと導くのは、また別のお話・・・。
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あまり政治的な整合性、社会性とかは考えずに、場面ごとに妄想しています。
ヒカル・ミナモト、18歳。ロクハラTD(士官学校)の生徒会長。MSの操縦技術にたけ、特に格闘戦では不敗を誇り、シズカが唯一勝てない相手である。
ピースレスト・コンツェルンにより両親を殺され、その正体を隠したまま、復讐のために軍に身を置いている。搭乗機はF91。
シズカ・フロント、18歳。黒髪吊り目の美少女で、同校生徒会副会長。あらゆる分野に於いて、天才的な才能を誇る。Fシリーズの考案者。MS戦で、ヒカルと対等に戦える数少ない人物。ピースレスト家の嫡子、カグヤ・ピースレストである。搭乗機はビギナギナ。
トモエ・フロント、16歳。シズカの妹としてロクハラTDに入学してきた、ピースレスト家の従者だが、カグヤの30体目のコピーであり、寿命のリミットは18歳までである。オリジナルであるカグヤに対し、不幸の連鎖を止めてくれるように願っている。生体コンピューターとして、ラフレシアに取り込まれることになる。
ムラサキ・シキブ、18歳。同校生徒会書記。天真爛漫で、何事にも物怖じしない少女。御三家の一家、シキブ家の第一位後継者。シキブ家所有のブラックバンガード隊を率いる。シズカの正体を知る数少ない人物。搭乗機はF90。七夕会戦で、12種類のミッションパックを次々に換装して使いこなし、「十二単衣の怪物」と呼ばれた。
聖・ショウ・ナゴン、年齢不詳。仮面により素顔を隠したシキブ家の客将。カグヤの3体目のコピーである。
MG 百式
「この地下にザクが隠してあるとでも?」 男はうんざりした様子…
MG F90 ブラックバンガード仕様
搭乗者 ムラサキ・シキブ。カグヤ・ピースレストの設計による次…
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搭乗者 ヒカル・ミナモト。半壊したF91をムラサキが回収し、…
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