たぶん、今日も、完璧だ。この3年、それは変わらない。そう、完璧なのだ。
青と白のカラーリングが鮮やかな乗機、ジム・スナイパーⅡを乗せたSFS(サブフライトシステム)、ドダイ改が取っている高度は、間も無く10kmに達しようとしていた。ここまで来ると、宇宙を感じられる気がする。遥か頭上、成層圏の果てに思いを馳せると、地球連邦軍T4教導大隊のキョウ・ミヤギ中尉の胸は、わずかに痛んだ。
『そろそろ降ろすぞ、ミヤギ中尉。』
ドダイのパイロット、アラン・ボーモント中尉から通信が入ると、了解、と、短く返事をする。
「”モルト”より全機、300秒後に降下。わたしの機体降下から1秒おきに、2・3、4・5、6・7で、順次降りろ。既定のコースで、降下後、高度300mから再度上昇、各機ドダイに着陸。いいな。」
了解、という声が6つ、完璧に重なって帰ってくる。
「ドダイは、アラン中尉を基準で行け。」
了解、と、今度は別の声が、これは7つ。これも完璧に重なっている。
今日の連携も、うまくいく、と、ミヤギは確信を持ってその声を聞く。
ドダイの背面を蹴り、バック転のように機体を宙に浮かせた後、腹這いのような姿勢になて、重力に任せて機体を降下させる。ドダイは、弧を描くように上昇し、MS隊の後ろに大きく回り込んだ後、背面上空を追い越していく。
細かくふたしたスラスターの推力と、落下の慣性とを巧みに織り交ぜながら、7機のMSがシンクロナイズドスイミングのように、美しい機動を完璧に連携させ、降下していく。
高度はみるみる下がり、地上が見えてくる。機体を空中で起こすと、バーニアを真下に向けて勢いよく噴射し、降下の勢いを殺す。
やがて、ドダイの編隊が機体の下に入ってくると、予定高度の300mで、全機同時、見事にその背に着地した。
MSを乗せたドダイは、再び緩やかな弧を描きながら、高度を上げた。
「予定高度まで、600秒。再度、集合し、降下する。」
完璧だ。
全てが、完璧だった。
今日も、変わらずにーー。
U.C.0081、3月、第22遊撃MS部隊の解隊後、キョウ・ミヤギは、古巣、T4教導大隊に転属していた。かつては、宇宙を根拠地としていたT4教導大隊も、今は地球の、オデッサに本拠地を置いている。
1年戦争で、中東におけるベルベット作戦と、それに続く北米での戦いでミヤギは"戦闘恐怖症"とでも言うべく、PTSDを抱えることになった。そのミヤギのため、22部隊の司令だったラッキー・ブライトマンが手配した転属先だった。ブライトマンも、今は中佐に昇進し、宇宙軍に所属して、治安維持の任務に就いている。
赴任当初は、MS操縦技術の教官を務めた。あくまで、操縦技術の教授である。模擬戦には、決して参加しない。
大隊を掌握している、ハクシュウ大佐は、ブライトマン中佐の旧知の仲でもある。つまりは、そういう配慮からなる人事である。
(ぬるい……。)
あの、北米での地獄のような戦いを生き延び、朴念仁の”彼”の、決死の提案を断った。
兵士として、再び戦えるようになったときには、と、約束をして。
それから、6年が経った。もうじき、7年が経とうとしている。
MSが好きな自分。
療養を要する自分。
そのどちらをも、完璧に受容する今の仕事に、何の不満もない。
(だが、それでは——。)
そして、今。
3年前に創設された、T4教導大隊第11広報アクロバットMS隊、通称”ブルーウイング”。MS7機と、それを補助するSFSが7機。ミヤギは、その隊長を務めている。地球連邦軍の各種式典での展示アクロバット飛行が主な任務だ。
広報部隊というチームの持つ特性、”ニュータイプ”という得意な体質と、どうやら周囲からは秀でて見えるらしい、この外見。すべてが、完璧に噛み合い、祭り上げられている。
(道化に、成り下がっている……。)
熱砂の戦いを制した”シングルモルトの戦乙女(ヴァルキュリア)”、”伝説のシングルモルト”。”琥珀の鷹の目”そして……”美人すぎるニュータイプエース”。くだらない、通り名ばかりが増えていく。
MSは好きだ。
自由に空を駆ける感覚も、仲間との完璧な連携も、気持ちがいい。
だが、この6年——魂は、くすぶり続けたままだ——。
自分自身の問題なのだ。
見ようによっては、小さなプライドなのかもしれない。
キョウ・ミヤギは、どこか煮え切らないままでいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「素晴らしいな、今日も見事だった。」
基地に戻って機体から降りると、いつもの調子で、11広報隊司令の、二コラ・ボーデン少佐が大袈裟な仕草でパイロットたちを迎えた。
「9月の新サイド5航空宇宙祭の展示飛行の訓練がある。来週には月に上がって、宇宙への適応訓練だ。今年はミヤギ中尉の狙撃ショーも入れたいと思っているが……。」
ハンガー脇のブリーフィングルームで、中佐が生き生きと話す。軍人というより、芸能プロデューサーのような男で、赴任してからの1年、やたらとミヤギ本人を推し出すような企画を提案してくる。
今話しているのは、1年戦争後のコロニー再編成で、新サイド5に改称された、サイド6のイベントのことだ。
「なら、編隊で飛びながら、中尉がボールを撃ち墜とす。どうだ、かっこいいんじゃないか。」
SFS隊の、実質の飛行隊長、アラン・ボーモント中尉が話に乗る。二コラ少佐と同時期に赴任してきたパイロットで、腕はいい。おまけに、顔もいい。はっきりとした顔立ちではないが、やや面長ながらも爽やかな印象で、いつも軽い笑みが浮かんでいる。二コラ少佐が来てから、新たに加わったパイロットたちは、どうも"外見"も選抜基準に含まれているように感じられた。
「ボールなら、中に爆薬を仕込んでおける。外しても、ドカン!いけるでしょう?」
それはいいな、と、二コラ少佐は嬉しそうだ。
「我々には、地球連邦政府への信頼と尊敬を集めるという重要な使命がある。新しいことを、どんどん取り入れよう。何か、挑戦していかねばならないのだ。いつもな!」
二コラ少佐は、佐官の中ではまだ若い。ミヤギとも、そんなに大きく歳が離れていないはずだ。
「いいアイディアだろう?」
アランが、ミヤギにそっと耳打ちする。ミヤギは応じない。
「と、いうことで、ご褒美に、今夜こそ食事に付き合ってもらうぜ?」
「先約があります。」
ぴしゃりと断じる。2週間おきに、このハンサムはミヤギを食事に誘ってくる。
「狙撃ショーとやらについては、また考えましょう。この場は解散します。いいですね、中佐。」
きっぱりと告げ、ミヤギはブリーフィングルームを颯爽と退出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今日の飛行も完璧でしたね。」
ロッカールームから出て、コンパートメントへ向かう途中、小柄な衛生兵の女が駆け寄ってくる。
「お身体の加減はいかがですか?」
恭しい言葉とは裏腹に、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、口調も軽い。衛生兵のチタ・ハヤミ少尉とは、北米戦線以来の付き合いになる。北米で、ミヤギは第22遊撃MS部隊に所属していた。そのときに、味方の裏切り——強襲攻撃型ガンダム"レッドウォーリア"の専属パイロット、ジン・サナダが、謎の敵機と結託し、連邦軍を裏切った事変に対応した。出撃前夜、例のPTSDの症状で、医務室の前で嘔吐していたミヤギを、チタが助けてくれたのが、二人の出会いだった。ミヤギの特異な状況から、ブライトマンが手配して、専属の衛生兵を付けられることになったが、それが、そのままチタ・ハヤミになった。彼女とはもう6年来の付き合いになる。
「身体は、悪くないわ。」
ツンとした顔で応える。
「その心は?」
にやにやとしながら質問を重ねる。
「気分が悪い。分かるでしょう?」
「二コラ少佐?アラン中尉?」
頬を膨らませて応えないミヤギを見て、チタはくすくすと笑った。
「分かった、どっちもだ。」
「だから、分かるでしょうって。」
ミヤギは拗ねたように言って、歩くペースを少し速めた。チタは小走りでその横に並ぶ。
「今回は?」
「サイド5の航空宇宙祭で射撃ショーをやれと。」
「それ、中佐でしょう。」
「アイディアは中尉。で、良いアイディアのご褒美に食事に付き合え、と。」
「男って、バカね。」
チタは楽し気に囃す。
「で、どうやってかわしてきたの?」
「先約があるって。」
いい手だわ、とチタは楽しそうだ。どうせ、夕食をチタと二人で摂るのは、毎日の習慣なのだ。
「まあまあ。中佐はああいう人だし、アラン中尉に好かれるのも、中尉が魅力的だからってことですよ。」
チタがこうして敬語を混ぜてくるときは、ミヤギをからかうときと決まっている。
「そういう問題じゃない。」
3つほど年下のこの女性士官に、ミヤギはかなり心を許している。周囲からは、女騎士とその侍女などとからかわれているが、実際の2人の関係は、友人と言うより今や家族に近い。階級の上下にかかわらず、敬語を崩さないミヤギが、おそらく唯一対等に話すのが彼女だろう。
「じゃあ、どういう問題?」
チタは、分かっていて聞いている。ミヤギは一度立ち止まった。ガラス張りの通路から、格納庫にゆっくり進入していくドダイ改が見えた。完璧な編隊飛行は、空中で、モニター越しに見たときも美しかった。
「あの頃は、もっと必死だった。」
ぽつりと、ミヤギが呟く。
「毎日が、生きるか死ぬかだった。一瞬の判断ミスが、自分だけじゃなく、仲間を危険に晒した。」
「……ええ。」
「なのに、今はどう?失敗が許されないのは同じ。でも、その先に何もない。ただ、完璧な飛行をして、観客から拍手をもらうだけ。今日の”完璧”も、明日の”完璧”も、何も変わらない……ただ、時間が過ぎていくだけ。」
その横顔には、"美人すぎるニュータイプエース"と持て囃される普段の彼女にはない、深い苦悩が滲んでいた。北米の狂気の戦場で出会ったときの、死の淵にいた兵士の顔だった。
「キョウ……。」
チタは、いつもの軽口をしまい、静かに隣に立つ。
「約束したのに……こんなところで道化を演じている場合じゃない……もう、6年も経ってしまった。」
吐き出すような声は、気丈に聞こえたが、微かな震えが混じっている。
「大丈夫。」
チタは、そっとミヤギの腕に自分の腕を絡めた。
「キョウは道化なんかじゃない。それに、約束のお相手だって……きっと分かってくれてる。あなたが、どれだけ必死に自分と戦ってきたか。」
「……チタ。」
「さ、帰りましょ。どうせ先約っていうのも、わたしとの夕食のことでしょ?」
遠く、夕日が沈んでいく。
かつて、彼と共に見た、マジックアワーと同じように、地球の自然が織りなす、美しい光だった。
未だ果たされぬ約束と共に、あの日のマジックアワーが、まだ、続いているかのような——そんな、切ない美しさのある、光だった。
【#41 The longest magic hour / Jul.30.0087 fin.】
第4部、開幕です。
ぶっちゃけ、メロドラマです。
懲りずにお付き合いください笑
アクロバット降下シーンにアニメーション的な要素を取り入れてみたくて、今回Grokくんの力を借りてみました。
AIが勝手に解釈して画像を改変してしまうので、シールドが2枚になってしまいましたが、まあまあ思っていたような雰囲気になったので、今回使ってみました。
元の静止画はこちらです。
そして、新キャラ、チタ・ハヤミ、早くも気に入っています笑
タメ口ミヤギも、いかがだったでしょうか笑
今回はミヤギが「キョウ」と呼ばれる機会も多くなりそうです。誰?と思うかもしれませんが、彼女のフルネームはキョウ・ミヤギですので、あしからず笑
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#42 Watchdog of the universe
彼も、また——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。
オリジナルストーリー第41話
コメント
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いよいよ始まりましたね😊
モデラー兼ストーリーテラーのやすじろうさんが、映像作家にもなってしまった‼️
もう、『監督』と呼ばせて頂きます😅
ハンドルネームがそうだから、元々監督かな⁉️
何かが違う。そんな気持ちを抱く主人公達の今後のストーリー、とても楽しみです❗️
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
映像はまだまだ勉強不足です、監督への道は遠い……!笑
今回はヘントとミヤギの二人の物語の、ある意味完結編になると思います。主人公たちの動機が至極個人的なものになっていくと思いますが、シャドウファントムは表舞台で語られない戦いを描くので、ほどよくこじんまりとしたスケール感になるかと思います笑
第4部開幕の序章としては、置かれている状況と、焦燥感等含めて分かりやすく、ここからなのだなと期待させて頂ける内容🥰👍✨
そして、空気感が『全く違う』🥰😍に安堵致しておりますm(_ _)m🤩😂
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
5話くらいまでテキストは書き溜めているのですが、なんだかしばらくこのままぐずぐずいきそうですが、今後もお付き合いくだされば幸いです(gundam-kao6)
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想・誤字脱字の訂正など、ぜひお気軽にお寄せください。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
(作品投稿のないアカウントはフォローバックしかねますのでご了承ください。)
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