MS戦記異聞シャドウファントム#52 “Der Process” / Nov.3.0087

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 U.C.0087 11月2日。

 エゥーゴとカラバによる、キリマンジャロ基地襲撃が開始された。

 キリマンジャロ。

 地球におけるティターンズの一大拠点と言える。

 1年戦争におけるオデッサ作戦、あるいは、ジオンによるジャブロー空襲——そういう、歴史の潮目とも言うべき戦いになる。この一報に触れた者は、誰もがそう思った。もちろん、ラッキー・ブライトマン中佐麾下のキアヌ・ファーブル少尉もだ。

 キアヌ少尉は、報告文書を抱え、執務室に急いだ。

~~~~~~~~~~~~~~~

「いや、確かにキャバルリーやジム・スナイパーⅡも……ええ、試作機のパーツも、ありますけど……俺、元ジオンですよ?目を付けられたくないです。」

 アナハイム・エレクトロニクス社サイド5支社の技術主任、サイラスは、癖のある黒髪をわしわしと掻きながら、小声で電話に応じていた。かけている眼鏡も、鼻の上で半ばずれ落ちている。

 サイド5のアナハイム支社では、EFMPの補給を行うためのパーツ類を扱っている。扱ってはいるが、中立コロニー内では補給も戦争行為への加担として禁じられている。EFMPは積極的に戦闘行為に及ばない、連邦軍からある程度独立した組織——つまり、軍隊ではない、と強引に解釈し、燃料や推進剤の補給、パーツ交換や調整の整備程度は、多少柔軟に対応している。だが、その扱いは非常にデリケートだ。

(だからですよ。お前さんだって、ティターンズは好かんでしょうが。)

 電話口の向こうの相手は、声をワントーン下げる。脅しではない。切実な響きだった。

「やめてください!」

サイラスは小声で、しかし叫ぶように相手を制する。

 その後も、二言、三言と言葉を交わす様子が続いたが、やがて、サイラスが根負けしたようにため息をつく。

「……主義なんかはいいんですよ、元ジオンが今はアナハイムで連邦の兵器作りをしてるんだ。」

だけど、と、サイラスは意を決したように、目つきを鋭くする。

「俺は、世話になったあなたの力には、なりたいと思ってますよ。」

 辺りを見回してから、小声で続ける。

「やれるだけはやれるよう、努力はします……でも、あまり期待はしないでください。」

そう言って、サイラスは回線を切った。

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 ティターンズのキリマンジャロ基地への攻撃。攻め手は、エゥーゴとカラバ。先頭には、アムロ・レイが立っていると言う。伝説の白いMS

 ティターンズのキリマンジャロ基地への攻撃。攻め手は、エゥーゴとカラバ。先頭には、アムロ・レイが立っていると言う。伝説の白いMS"ガンダム"の姿も、エゥーゴ陣営にはある。

「いよいよ動き出したか……。」

 EFMP第2部隊司令ラッキー・ブライトマン中佐は呟いた。部屋には下士官が1人、緊張した面持ちで立っていた。キアヌ・ファーブルの下で動く、諜報員だ。

 部下のヘント・ミューラー中尉は、叛逆の疑いで逮捕された。

 あれから、1週間ほどが経っているが、大きな動きがない。最前線の混乱のせいだ。ニュータイプだ反逆だと騒いでみても、こんな末端の小競り合いなど、戦況にはほとんど影響はない。放っておかれているのだろう。ブライトマンも、その反逆に積極的に手を貸したとして、一時軟禁状態となったが、旧知のハクシュウ大佐が動いて、ある程度自由が効くようになった。

「持つべきものは友だな。」

 ヘントと自分の逮捕後に忙しく動いたらしい、ティターンズのケイン・マーキュリー少佐は、やはり大した力はなさそうだ。ティターンズの割に、肝心なところで押しが効かないと見える。

 だが、ヘントの身柄は勾留されたままだし、部隊の他の面々は"リボー"の宿舎に軟禁状態だ。

「まだだぞ。」

 反撃の機を伺う諜報員を、ブライトマンは制している。

 部隊の一部の者は逃亡した。諜報部隊を指揮していたキアヌ・ファーブル少尉も、うまく身を隠しているようだ。"キッド"もティターンズの連中の前では動かしていない。ブライトマンの待つ"その時"が来れば、そのあたりの連中がうまくやってくれるだろう。

「なぜです。キリマンジャロの動き……時代が動いている。エゥーゴに付くのでしょう?」

 まだだ、と、ブライトマンはもう一度制して、諜報員の下士官に戻るよう伝えた。

「だが、準備だけはしておけ、と、キアヌや"キッド"に伝えろ。」

 キマンジャロの動向、アムロ・レイ、そして、"ガンダム"の勇躍。そいういうことを聞くと、待っていた時代のうねりが来ているような気がして、ブライトマンの心も逸った。だが、まだだ。まだ、足りない。

(シャア・アズナブル……。) エゥーゴの陣頭指揮を取っている者に、紛れているという。 もはや、前線では周知の事実で、ブレックス・フォーラ准将暗殺後は、実質のエゥーゴの指導者になっているとも聞く。 ブライトマンの情報の網には、彼の1年戦争当時からのニュータイプへのこだわりや、アステロイドベルトでの動向の一部が流れてきている。もしかすると、あの、ジオン・ズム・ダイクンとの繋がりも、という話もあるが、それは未だ都市伝説の域を出ない噂である。しかし、事実ではないか、と、ブライトマンは何となく、そう思っている。 だが、その、ニュータイプにかかわるビッグネーム、赤い彗星のシャアが、この機に乗じて何かをやると、ブライトマンは信じている。ブライトマンは、動くとしたらその時である、と直感していた。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(シャア・アズナブル……。)

 エゥーゴの陣頭指揮を取っている者に、紛れているという。

 もはや、前線では周知の事実で、ブレックス・フォーラ准将暗殺後は、実質のエゥーゴの指導者になっているとも聞く。

 ブライトマンの情報の網には、彼の1年戦争当時からのニュータイプへのこだわりや、アステロイドベルトでの動向の一部が流れてきている。もしかすると、あの、ジオン・ズム・ダイクンとの繋がりも、という話もあるが、それは未だ都市伝説の域を出ない噂である。しかし、事実ではないか、と、ブライトマンは何となく、そう思っている。

 だが、その、ニュータイプにかかわるビッグネーム、赤い彗星のシャアが、この機に乗じて何かをやると、ブライトマンは信じている。ブライトマンは、動くとしたらその時である、と直感していた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「なんだ?仕様変更なんて聞いてないぞ?」 アラン・ボーモント中尉は、突然始まった機体の整備に対して不審を述べた。「何です。文句なら上に言ってください。」ちゃんと指令書だってあるんですから、と、チーフメカニックマンらしき、小柄な男が言った。「良いんだけどな。何か意味があるのか。」 こんな情勢で、と、アランは呟いた。「さあ?おいらたちは命じられた仕事をするだけですから。」 それだけ応え、小男は作業階段を上がって、機体の頭部付近に行った。(

「なんだ?仕様変更なんて聞いてないぞ?」

 アラン・ボーモント中尉は、突然始まった機体の整備に対して不審を述べた。

「何です。文句なら上に言ってください。」

ちゃんと指令書だってあるんですから、と、チーフメカニックマンらしき、小柄な男が言った。

「良いんだけどな。何か意味があるのか。」

 こんな情勢で、と、アランは呟いた。

「さあ?おいらたちは命じられた仕事をするだけですから。」

 それだけ応え、小男は作業階段を上がって、機体の頭部付近に行った。

("おいら"って、変わったヤツだな……。)

 だが、応答には妙な愛嬌があり、嫌味や棘を感じない。気のいい平凡なメカニックマンだ。同じ地球連邦軍籍でも、こんな連中には情勢も何も関係ないのだろうと、アランは思った。

(それは、"お飾り"の俺らも同じ、か。)

アランは、自嘲気味に笑みを浮かべた。メカニックの小男を侮ってみたものの、広報部隊の自分達も、戦線にかかわりがないことは変わらない。

 航空宇宙祭の乱入事件、は、一つの要員としても、エゥーゴとティターンズの抗争が激化している情勢のせいで、”ブルーウイング”は未だにサイド5で足止めを喰らっていた。地上でも、大きな戦いが始まっているらしく、本拠地のオデッサには帰れそうもない。

 何より、キョウ・ミヤギ中尉だ。

 地球にいる、T4教導大隊司令のハクシュウ大佐が動いたらしく、拘束はされていない。しかし、ヘント・ミューラー少尉と結託しての反乱の疑惑もあり、厳重な監視が敷かれている。専属の衛生兵、チタ・ハヤミ少尉は傍についているようだが、軟禁のような状態になっている。彼女の進退が不透明なことも、足止めの理由の一つだろう。

 見上げると先ほどの小柄な男が、7機のジム・スナイパーⅡのうち1機に取り付いている。機体は頭が取り外されていた。意外と大袈裟な作業に見える。”ブルーウイング”は非戦闘部隊なので、サイド5内でもそれなりの作業が許されている。

「なにしてんだ、ホントに……。」

アームで釣られている頭部は、妙なシーリングがされていて全貌がよく分からない。ごつごつしたシルエットをしていて、通常のジムの頭部に似ている気がした。ジム・スナイパーⅡの頭部の方が、光学式カメラシステムを搭載したバイザーを装備している分、性能は良さそうに思うが、なぜ、わざわざ付け替える必要があるのだろうか。

(なんだ、それも、ミヤギ中尉の1番機じゃないか。)

 頭部と胴体の接合部を覗き込んでいるのは、アナハイム社の作業着を羽織った、若い黒髪の男だった。眼鏡をかけた柔和な顔つきが、いかにも民間の作業員と言った雰囲気を漂わせている。

「ちょっと待ってください、これ、繋ぐのは時間がかかりますよ。」

「時間て、どれくらいです?」

「分かりませんけど、ちょっと一回データを持ち帰らないとです。そうかあ、こんなに違うかあ。」

「じゃあ、一旦元のアタマをくっつけますか。」

本当に正式な手続きで行われている作業のようだ。ジム・スナイパーⅡの頭部が、また元の位置に運ばれていく。

「でも、なんでわざわざ?」

 アナハイムの黒髪眼鏡が、メカニックの小男に尋ねる。

「理由よりも、技術、仕事でしょう。」

 アランは一応、二人の会話に耳をそば立てた。

「まあ、これから必要になるんじゃないかな、と思いますよ。」

 最後に、小男がそれだけ言うと、後は皆、黙々と作業に取り掛かった。

 "ブルーウイング"は、旧式ながらポテンシャルの高いジム・スナイパーⅡに、新技術の実験的な装備を積んで飛ぶことも多い。今回もその類の変更だろうと、アランは想像した。いずれにしても、すぐに知らせが来ないところを見ると、大した変更ではなさそうだ。

 作業風景をぼんやりと眺めていると、機体のあちこちに、大げさなマスキングも始まった。機体色も塗り替えてしまうつもりらしい。もしかすると、司令のニコラ・ボーデン少佐あたりが「1番機はかっこいい見た目にしたい」などと言って、ガンダムタイプの頭でも乗せるつもりなのかもしれない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ミヤギの元を儀仗隊の、ジョンと言う若い男が尋ねてきた。ミヤギは一応基地内を自由に行き来できることになっているが、露骨に監視の目がついて回る。実質の行動エリアは、"リボー"の軍港内の、来賓用宿舎と、MSの整備を行なっているドックにギリギリ立ち入れない程度の場所までだった。

 来訪者は、おそらくまだ十代の、若い男だった。ミヤギと一緒にいることを許されているチタがまず対応したが、来訪者があると言うことが驚きだった。それも、これまでしつこかった監視の目が明らかに薄い。尋ねてきた男も、大きな箱を抱えている。ジョンという名前も、いかにも偽名のように感じられた。

(スパイかーーまさか、暗殺か?)

 これまでもある程度覚悟していたが、警戒心が一気に高まる。だが、目の前の男が、愛嬌のある可愛らしい笑顔を見せると、その警戒心が一気に解けるのを、チタは感じた。ベイビーフェイスの年下という、チタの好みにドンピシャな特徴も、警戒心を解く手助けをしたのかもしれない。

「ミヤギ中尉は、お腹を空かせていませんか?士官食堂は、自由に立ち入れないエリアになっていましたよね。」

「……は?」

あまりに緊張感のない声に、チタは拍子抜けした。

「これ、差し入れです。」

と言って、抱えていた箱を開けると、弁当が三包み見えた。

「"バーミヤ"も持ってきたと言えば、僕が味方だということが伝わりますか?」

 

 "バーミヤ"と言う言葉を聞くと、この1週間浮かない顔つきだったミヤギの顔色に、明らかな喜色が浮かんだ。そうだ。中東由来のその料理は、かつてあの桜の紋様の下に集ったものにとって、一つの合言葉のようになっている。

 儀仗隊の男は、”ジョン・K・ビックスJr.”と名乗った。連邦軍のマーチング専門部隊で、航空宇宙祭のためにサイド5に来ていたのだが、どうやら”ブルーウイング”同様、足止めを喰らっているらしかった。この男が持ってきた弁当、”バーミヤ”は、かつてラッキー・ブライトマンの指揮する第22遊撃MS部隊にいた、”キッド”の得意料理だった。

「"キッド"は僕の父です。」

"キッド"と違い、すらりと背が高いが、愛嬌のある笑顔は同じで、確かな血の繋がりを感じさせた。ミドルネームのKは、”キッド”のKだろう。

「父も、すぐそこに。正規の整備兵として、ミヤギ中尉の機体をいじっている最中です。わたしの儀仗隊も、父の整備兵も、偽りのない正式な身分なので、しばらくはお二人の近くにいられます。」

”ジョン”もとい、”キッド・ジュニア”は、微笑みながら話した。育ちのよさそうな爽やかな印象がある。"お二人の近くに"と言った時、チタは思わず、微かに身悶えた。ミヤギが一瞬こちらを見て微笑んだので、たぶん、気づかれた。

「いつも思いますが、本当に漫画のような……何と言うか、ご都合主義がすぎる気がしますね。」

ミヤギは、バーミヤを食べながら言う。

「でも、心強いです。」

 言うまでもなく、ブライトマンの差し金だろう。

「音楽は好きでしたから、”ボス”の後押しはありがたかったですよ。何より、父が頑張ってくれたおかげで、こんなご時世でも音楽で飯が食っていけている。」

 だから、父や、その友達の力になりたい、と”ジュニア”は語る。

「幼少の頃から、それなりに、父には鍛えられています。いざと言うときは必ず、助けになります。」

 父親譲りの愛嬌のある笑顔を浮かべて、"ジュニア"が言う。チタは、思わず、可愛い、と嘆息を漏らすと、”ジュニア”はまたニコリと微笑んだ。

 軟禁、スパイ、と不穏な言葉が背景に浮かぶ状況であるにもかかわらず、この場所ーーミヤギのコンパートメントで、三人ともすっかりくつろいで腰掛けている。”ジュニア"という男が、場の雰囲気を作っていると、チタには感じられた。”キッド”と同じだ。

「地上では、ティターンズとエゥーゴが派手にやり合っています。」

 バーミヤを平らげると、"ジュニア"が話し始めた。

「たぶん、エゥーゴが、ダカールの議会で、何かやらかす気ですね。」

キリマンジャロのティターンズ基地を巡る攻防が続いているが、おそらくその先の狙いは、地球連邦政府の首都ダカール、そこで開催される議会への工作であろうとのことだ。

「うちのボスの情報網、すごいでしょう?」

 "ジュニア"がにっと笑う。

「その、議会への……何か、の時に、事を起こすと?」

ミヤギが静かに言う。

「そう言うことでしょうね。心の準備はしておいてください。」

 ミヤギにもチタにも、当然"ボス"の正体は、言外に伝わった。

「先ほども申し上げましたとおり、父もしばらくそこのドックにいます。何かあれば頼りにしてやってください。」

ご用の際は、遠慮なく、と、笑って、"ジュニア"は席を立つ。

「遠慮なく、て言ったって……」

どうやって、と、チタは困ったように声をあげる。

「そこは、"策士"のハヤミ少尉のお手並みを拝見します。」

 策士だなんてそんな、と、チタはしおらしく猫撫で声を出す。「頼りにしていますよ、少尉。」 ま、任せて、とチタは思わず胸を張る。

 策士だなんてそんな、と、チタはしおらしく猫撫で声を出す。

「頼りにしていますよ、少尉。」

 ま、任せて、とチタは思わず胸を張る。"ジュニア"を、気に入ってしまった。

 にこりと笑って、では、と"ジュニア"は部屋を去った。

 本当に、顔を見せにきただけらしかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「元気?」 ヘントが収容されている小さなコンパートメントを、アンナ・ベルク少尉が訪ねてきた。「1班の面々は実質の軟禁状態と聞いていたのだがな。」ヘントは、椅子に拘束されてアンナに”歓迎の言葉”を述べる。「……とっくに知ってんでしょ、あたしが何なのか。」 ヘントは応えない。その様子に、アンナは、好い奴だなあ、と、ため息をつく。「拘束されてるなら大丈夫。たぶん、二人きりなら、もう少し話してくれると思う。」 小銃を構えた見張りの二人を振り返り、アンナが言う。「ちょっと、席を外して。セクシー女スパイの本領を見せてあげるから。」 見張りは、部屋の外に出た。「セクシー女スパイて、誰の話をしている?」 ヘントにしては珍しい軽口で応じる。やはり、ヘントにとってアンナはまだ、気心の知れた同期なのだ。「仕方ないでしょ、ホントにそんな感じの指示を受けて赴任してきたんだから。」 ヘントとミヤギは——特にミヤギにとって、この二人が肩を並べて戦場に立つことこそが、上層部の恐れる”ニュータイプ”の権能の発動条件なのだ。それを引き裂くため、いわゆるハニートラップとして、それぞれに異性のアプローチを任務として授けた者がいるのだ。ミヤギを籠絡するのはアラン・ボーモント。そしてヘントには、この、アンナ・ベルクが当てられていたわけだ。一応、連絡を取り合ったこともあるが、2人が特に連携しているわけではない。「……どう考えても不適任だ。」「みなまで言わないでくんない?発想自体がバカとしか思えないんだから、あたしだって最初からやる気ないし。」 そうだ。この男の想いに、誰かが入り込む余地などない。 普通、考えられないだろう。宇宙と地球。張り巡らされてた監視の目の中で、ただただ健気に待つような、古の純文学作品にもないような”超遠距離恋愛”。普通の人間ならば、とっくに終わらせている関係だ。 そもそも、もっと若く、訓練生だった頃。感性が瑞々しかったあの頃から、この男に惹かれたことなどないのだ。むしろ、こいつと仲のよかったイギー・ドレイクの方が、アンナの好みだったが、あいつはあいつで早々に家庭を持ってしまい、ヘント以上に相手にされなかった。 ヘントとは、友達にはなれる。だが、これまで散々罵り合ってきたように、恋人とか、そういう関係を築くには、決定的な何かが重ならないのだ。 アンナは、椅子に腰かけ、ヘントと目線を合わせる。ヘントの瞳を覗き込むと、自分の姿が映っているのが見えたが、なかなか美人だと思う。一応、すり寄る気配は見せてみたのだが、ピクリとも反応しなかったこいつに、少しだけ自尊心を傷つけられた。そういう、腹立たしさはある。「でもね、一個だけ言わせてもらうと。」意地悪に笑って続ける。「あんたたちの暗号メール。あれの解析だけは、”ずぼら”なあたしでも、サボんないでやったからね。」「……デバガメか、趣味が悪い。」「失礼ね、仕事よ、仕事。」 業務連絡に見せかけた、暗号文で、2人は頻繁にやり取りしていた。頻繁、と言っても、月に2、3度程度だが、それでも監視下にある2人の不自然なやり取りだ。マークされないはずがないと、当人たちもわかっていたはずだ。 アンナは、暗号を解析した。 だが、その内容は——……   食堂でカレーが出た。君の作ったカレーが恋しい。  チタがあなたのプロポーズを、さっさと受けろとうるさい。  カイルは素直でやる気があって、見込みがある。  アランの誘いがうっとうしい。  今朝のコーヒーはうまく淹れられた。君と飲めたらなおよかった。  夢見の悪い時も、朝のコーヒーが気分を紛らわす。  アンナが貸した金を返す気配がない。  チタと2人で

「元気?」

 ヘントが収容されている小さなコンパートメントを、アンナ・ベルク少尉が訪ねてきた。

「1班の面々は実質の軟禁状態と聞いていたのだがな。」

ヘントは、椅子に拘束されてアンナに”歓迎の言葉”を述べる。

「……とっくに知ってんでしょ、あたしが何なのか。」

 ヘントは応えない。その様子に、アンナは、好い奴だなあ、と、ため息をつく。

「拘束されてるなら大丈夫。たぶん、二人きりなら、もう少し話してくれると思う。」

 小銃を構えた見張りの二人を振り返り、アンナが言う。

「ちょっと、席を外して。セクシー女スパイの本領を見せてあげるから。」

 見張りは、部屋の外に出た。

「セクシー女スパイて、誰の話をしている?」

 ヘントにしては珍しい軽口で応じる。やはり、ヘントにとってアンナはまだ、気心の知れた同期なのだ。

「仕方ないでしょ、ホントにそんな感じの指示を受けて赴任してきたんだから。」

 ヘントとミヤギは——特にミヤギにとって、この二人が肩を並べて戦場に立つことこそが、上層部の恐れる”ニュータイプ”の権能の発動条件なのだ。それを引き裂くため、いわゆるハニートラップとして、それぞれに異性のアプローチを任務として授けた者がいるのだ。ミヤギを籠絡するのはアラン・ボーモント。そしてヘントには、この、アンナ・ベルクが当てられていたわけだ。一応、連絡を取り合ったこともあるが、2人が特に連携しているわけではない。

「……どう考えても不適任だ。」

「みなまで言わないでくんない?発想自体がバカとしか思えないんだから、あたしだって最初からやる気ないし。」

 そうだ。この男の想いに、誰かが入り込む余地などない。

 普通、考えられないだろう。宇宙と地球。張り巡らされてた監視の目の中で、ただただ健気に待つような、古の純文学作品にもないような”超遠距離恋愛”。普通の人間ならば、とっくに終わらせている関係だ。

 そもそも、もっと若く、訓練生だった頃。感性が瑞々しかったあの頃から、この男に惹かれたことなどないのだ。むしろ、こいつと仲のよかったイギー・ドレイクの方が、アンナの好みだったが、あいつはあいつで早々に家庭を持ってしまい、ヘント以上に相手にされなかった。

 ヘントとは、友達にはなれる。だが、これまで散々罵り合ってきたように、恋人とか、そういう関係を築くには、決定的な何かが重ならないのだ。

 アンナは、椅子に腰かけ、ヘントと目線を合わせる。ヘントの瞳を覗き込むと、自分の姿が映っているのが見えたが、なかなか美人だと思う。一応、すり寄る気配は見せてみたのだが、ピクリとも反応しなかったこいつに、少しだけ自尊心を傷つけられた。そういう、腹立たしさはある。

「でもね、一個だけ言わせてもらうと。」

意地悪に笑って続ける。

「あんたたちの暗号メール。あれの解析だけは、”ずぼら”なあたしでも、サボんないでやったからね。」

「……デバガメか、趣味が悪い。」

「失礼ね、仕事よ、仕事。」

 業務連絡に見せかけた、暗号文で、2人は頻繁にやり取りしていた。頻繁、と言っても、月に2、3度程度だが、それでも監視下にある2人の不自然なやり取りだ。マークされないはずがないと、当人たちもわかっていたはずだ。

 アンナは、暗号を解析した。

 だが、その内容は——……

 

 

 食堂でカレーが出た。君の作ったカレーが恋しい。

 

 チタがあなたのプロポーズを、さっさと受けろとうるさい。

 

 カイルは素直でやる気があって、見込みがある。

 

 アランの誘いがうっとうしい。

 

 今朝のコーヒーはうまく淹れられた。君と飲めたらなおよかった。

 

 夢見の悪い時も、朝のコーヒーが気分を紛らわす。

 

 アンナが貸した金を返す気配がない。

 

 チタと2人で"バーミヤ"作りに挑戦した。

 

 今年は航空宇宙祭を見られそうだ。

 

 見てもらえるのは、嬉しい。頑張りたい。

 

 …………。

 

 

 2人は本当に、ただの日常的な、どうと言うこともないやり取りしか行っていなかった。

「感謝しなさいよ。」

 アンナは、2人の暗号を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。初めて恋人ができた、ハイスクールの優等生同士の、文通のような内容は、思い出すだけでこちらが恥ずかしくなった。

「全部ちゃんと報告したから。」

「……プライベートが著しく侵害されている。」

「違うでしょうが、あんなくっっっだらないやり取りしかしてないって、上も分かってたからあのメールは放置されてたの。あたしのおかげ!」

 ヘントは、フッと笑って、一応小さくありがとう、と礼を述べた。

「……でも、ごめん。ちょっと、ここからは、止められそうもないわ。」

 ハクシュウ大佐やブライトマン中佐は頑張ってくれているようだが、恐らく、ヘントは処刑される。

「覚悟はしている。」

ヘントは、落ち着いて応えた。ただ、と、真っ直ぐにアンナを見つめたまま続けた。

「一つだけ、頼みがある。同期のよしみで、聞いてはくれないか。」

「あたしのには応じなかったじゃん。」

「結局貸した金は返ってきていない。しつこく督促しなかったのは、十分な同期のよしみだろう。」

「……嘘、こうやってしつこくネチネチ言うじゃん、あんた。」

で、何?と、アンナは先を促した。

「俺の荷物に"超重要機密"がある。あれだけは、すまんが、ハヤミ少尉に渡るように手配してくれ。」

「……何それ?」

 どういうことだ。ヘントの動向は逐一、あらゆる監視網にチェックされている。アンナも、一応"監視役"なのだ。情報網のデータは共有しているが、ヘントの言うことに、一切の心当たりがない。

「"サクラ"の、俺用のコンパートメントだ。机の裏の壁、どこかが開く。君だけで回収して、ハヤミ少尉に渡せ。」

 キョウ・ミヤギに張り付いている衛生兵のチタ・ハヤミ。あの女も、監視を命じられていそうだが、アンナが見たデータからはただの衛生兵に過ぎないのは間違いない。だが、おそらく、長年側近くにいたことで情が湧いたのだろう。チタ・ハヤミが巧みに動いて、キョウ・ミヤギを守っているのも、何となく分かった。なかなかにやり手だ。

 その、チタ・ハヤミがかかわって、あらゆる監視の目をすり抜けた機密情報とは、一体——……。

「何?」

「見つければ、君なら分かる。」

 相変わらず言葉足らずなんだから、と、アンナは呆れた口調で言う。

「まあ良いわ。武士の情けじゃ。承って進ぜよう。」

「その、下手な芝居はやめろ。場がしらける。」

「うっさいわね!」

 お願い、聞いてやんないよ、と喚いてみる。

「まあ、信じてもらえないかもしんないけどさ。」 アンナは、椅子から立ち上がった。「気心の知れた同期と一緒に仕事できたのは、心地よかったよ。あたしは、この1年、結構楽しかった。」「別に、疑ってはいないさ。

「まあ、信じてもらえないかもしんないけどさ。」

 アンナは、椅子から立ち上がった。

「気心の知れた同期と一緒に仕事できたのは、心地よかったよ。あたしは、この1年、結構楽しかった。」

「別に、疑ってはいないさ。"仕事"の話も、君は嘘をついていない。それくらいは分かる。」

ありがとう、と、ヘントは言って、口を閉じた。

「じゃあね、ヘントくん……もう少し、一緒に仕事したかったかな、あたしは。」

寂しそうな笑みを浮かべ、アンナが言う。応えないヘントを見て、アンナはもう一度、ふっと笑った。

「カノジョさんは何とかあたしらで守るから。」

 そう言って、アンナはくるりと背を向け、部屋を出た。

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 U.C.0087、11月6日。 ヘント・ミューラーは、現場検証を兼ねた取り調べの為に、サイド5

 U.C.0087、11月6日。

 ヘント・ミューラーは、現場検証を兼ねた取り調べの為に、サイド5"リボー"コロニー内、地球連邦軍軍事宿舎に護送された。サイド5滞在時の私室として使用していたコンパートメントでの現場検証に赴くところ、同宿舎に軟禁中だったEFMP第2部隊第1班MS隊隊員、カイル・ルーカス曹長により襲撃を受けた。

 ヘント・ミューラーは死亡。

 暗殺の実行犯、カイル・ルーカスも護送に付き添っていた、地球連邦軍諜報部所属アンナ・ベルク少尉にその場で射殺された。

 尚、その後の調査の結果、暗殺はカイル・ルーカスによる突発的なもので、計画性や共犯者の存在は無いものと判断された。

 航空宇宙祭への謎のMSの乱入事件から、一連の事変と判断された本事案を持って、EFMP第2部隊は解隊が決定。

 第2班の人員は、そのまま第1部隊に接収。第1班の人員は、10日後、ルナ2へ送られ、配置転換の旨を通達された。

 

【#52 “Der Process” / Nov.3.0087 fin.】

えーと……今回、手を抜いたわけではなく、本当にこれしかキットがらなかったんです(gundam-kao10)ゼータ系の機体はGフレームしか持ってないんですよね(gundam-kao9)そして、雪山、ジェミニに作ってもらおうと思ったら、生成の上限が来てしまいました。なので、今回は久しぶりにフォトルームの背景生成機能を使ってみました。話もダレましたね(gundam-kao10)次回は、最後に、ちゃんと、用意しております。大変失礼しました。

えーと……

今回、手を抜いたわけではなく、本当にこれしかキットがらなかったんです(gundam-kao10)

ゼータ系の機体はGフレームしか持ってないんですよね(gundam-kao9)

そして、雪山、ジェミニに作ってもらおうと思ったら、生成の上限が来てしまいました。なので、今回は久しぶりにフォトルームの背景生成機能を使ってみました。

話もダレましたね(gundam-kao10)

次回は、最後に、ちゃんと、用意しております。大変失礼しました。

本編画像が少なかったので、機体紹介をします。以前登場させたリックディアスです。Gフレームですが、全塗装してあります。1番好きなMSなので、ようやく登場させられ嬉しいです(gundam-kao6)

本編画像が少なかったので、機体紹介をします。

以前登場させたリックディアスです。

Gフレームですが、全塗装してあります。

1番好きなMSなので、ようやく登場させられ嬉しいです(gundam-kao6)

Gフレームのケレンの効いたデザイン、結構好きです。そしてなんと!旧版ですが、HGUCのディアス入手できました!(gundam-kao9)第5部に登場させるときはHGUCになっていることでしょう笑

Gフレームのケレンの効いたデザイン、結構好きです。

そしてなんと!旧版ですが、HGUCのディアス入手できました!(gundam-kao9)

第5部に登場させるときはHGUCになっていることでしょう笑

MS戦記異聞シャドウファントム#52 “Der Process” / Nov.3.0087–5枚目/制作者:押忍やすじろう
あと、カルアからも酷い言われようだったティターンズの少佐殿。スナイパーライフル持たせたら結構かっこよかったです笑たぶん、まだ生きているので、最終決戦にも参戦することでしょう……果たして、活躍できるのか笑

あと、カルアからも酷い言われようだったティターンズの少佐殿。

スナイパーライフル持たせたら結構かっこよかったです笑

たぶん、まだ生きているので、最終決戦にも参戦することでしょう……果たして、活躍できるのか笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

#53 ◾️◾️◾️◾️時代が、動く——。 なんちゃって笑 今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております。              (gundam-kao6)

#53 ◾️◾️◾️◾️

時代が、動く——。

 

なんちゃって笑

 

今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

またのお越しを心よりお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(gundam-kao6)

MS戦記異聞シャドウファントム#52 “Der Process” / Nov.3.0087–9枚目/制作者:押忍やすじろう

オリジナルストーリー第52話

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