『逃すくらいなら、サイド5宙域内でも撃つ。』
ティターンズの馬鹿が、ようやく心を決めたらしい。ケイン・マーキュリー少佐から、全隊に通信が入る。
『だが、戦闘行為は極力宙域外で行え。』
EFMP第2部隊の連中は、”リボー”付近を通過して、キョウ・ミヤギと合流したらしい。今のコースから予測するに、”アガルタ”付近から宙域外に脱出つもりに見えた。
「我々は宙域内を突っ切って追撃を掛けます。」
EFMP第1部隊のバギー・ブッシュ中尉が言う。
『”ブルーウイング”の連中にも圧をかけた。4機は出せると言うから合流しろ。』
下衆が、と、バギーは心中で吐き捨てるが、口には出さず、了解と復命する。
『我々は脱出予定地点に先回りし、宙域外から艦砲射撃と狙撃を行う。』
挟撃を仕掛けるつもりだ。しかし、中立コロニー宙域内で火砲を撒き散らかすのには加担しないつもりか。発想がとことん小心で、腐っている。
まあ良い。汚れ仕事は引き受けてやる。
EFMPの仕事でも、第2部隊のやりたがらない荒事は、自分たちが請け負ってきた。
これまでは、敵を殺すなと言われてきた。だが、今回の相手には容赦はいらない。ヘント・ミューラーの反乱に対しては、殺傷もやむ無しと、始めから指示を受けている。バギーは、仄暗い渇望を、ようやく満たされる思いがして、思わずニヤリと笑い、スロットルレバーを握った。
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『来た、来た来た!!』
後方から迫る熱源を探知すると、アンナ・ベルクが叫んだ。やはり、素直に逃してはくれない。散開を指示するまでもなく、アンナ機は複雑な軌道を取りながら、ヘント・ミューラーの機体から離れた。
シュトゥルム・ザックが3機と、ジムIIが1機。ジムIIはあと2機いるはずだが、おそらく、ティターンズの方に接収されたのだろう。小心者のハイザックの少佐らしい判断だと、ヘントは思った。
「敵には狙撃型がいるはずだ、動きを止めるな!」
ヘントは警告しながら、自身も激しく機体を動かした。
やはり、振り切って終わり、とはいかないらしい。第1部隊の"シラウメ"と、ティターンズのマゼランは、動けなくしたい。
(しかし、厳しいな……!)
そのためには、まとわりついてくるこのMS隊を撃破せねばならない。ミヤギに引き金を引けるのかと問うたものの、それは自分に対しても同じだ。
『当たったら、ごめん!』
言いながら、アンナが、敵機にビームライフルを放った。
アンナを追撃しているシュトゥルム・ザックが散開して距離を取る。
『ヘントくん、迷ってる暇、ないよ!』
気持ちは分かる!と、付け加え、アンナは再び加速する。
そうだ。
相手は、こちらを殺す気だ。もともとそういう部隊なのだ。ヘントが反乱を起こすと判断すれば、それを制圧することも任務に入っている。制圧さえできれば、ヘントの命など、問いはしない——。
『ヘント・ミューラー!!』
甲高い声がスピーカーに飛び込む。
バギー・ブッシュだ。こいつは、手強い。
ミヤギの、アウトレンジからの援護射撃が来ない。ティターンズの機体がそちらに向かっているのかもしれない。
(やはり、そう、都合よくはいかんか——!)
考えていると、アンナの声がまた聞こえた。
『よし……っ、ホント、ごめんねっ!』
シュトゥルム・ザックが1機、盛大に火を吹くのが見えた。
ヘントも、覚悟を決めるしかないと思い始めている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(馬鹿な人——。)
ミヤギは、離れた宙域から、自分に弱々しい敵意を向けるその気配を感じ取っていた。模擬戦でやり合った、ティターンズの少佐だろう。また、狙撃型ライフルでねらっているのか。
おそらく、相手は、自分の手でミヤギを殺すことにこだわっている。どうしてそんなにも憎まれているのか、一切心当たりはないが、どうしても同じ土俵でねじ伏せたいらしい。だが——己惚れるつもりはないが——模擬戦で相対したときに、確信した。MS戦で彼に敗れ、ひれ伏す自分は、想像できない。
「先に、ティターンズを叩きましょう。」
ミヤギは、カイル・ルーカスに通信を送ると、敵意を放ってくる方向へ機体を旋回させた。
『作戦は!?』
「ヘントとアンナ少尉なら大丈夫。それより、マゼランを沈黙させなければ。」
エゥーゴからの増援が、マゼランを叩くと聞いていたが、まだ来ている様子がない。"サクラ"がやられれば、自分たちも脱出できない。
「カイル曹長はマゼランを叩いてください。MS隊はわたしが制圧します。」
『無茶です!』
「やります。頼みます。」
やるしか、ないのだ。
「左へ!」
叫ぶや、ビームが一条飛んでくる。
まだ機影は見えないが、敵の狙撃の射程圏に入った。
「行って!頼みます!!」
ミヤギが気合を入れると、カイルの機体は大きくコースを外れた。マゼランのだいたいの位置は把握している。
ミヤギは、何も見えない空間にライフルを構えた。アナハイムからエゥーゴに供出されている新型のライフルで、今までジムスナイパーが装備していたものよりも精度が高い。敵は見えないが、おそらくは届くはずだ。
(あなたに恨みはないが……すみません!)
ミヤギは、既に覚悟を決めている。暗闇に向けて、ビームを一条放った。
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(少佐、お避けしてください!)
頭の中に、聞き慣れた声が響いた。
「だから、その言い方は謙譲語だ!!」
叫びながら、ケイン・マーキュリー少佐は機体を大きく右に滑らせた。先ほどまでいたところにビームが走る。
(マルコの声だと……!?)
かつて、アングラの記事で読んだ。ニュータイプは、宇宙と意識が繋がると言う。宇宙に溶けていった死者の魂とすらも、交信できると言う。ケインが読んだ記事は、新興宗教の教祖じみた、”自称ニュータイプ”の怪しげな男のインタビューだった。
ミノフスキー粒子を媒介した感染症のようなもので、人類の未だ目覚めていない器官が活性化した状態だ、という学者もいる。
(”ニュータイプ”を感染つされたか―—気色悪い……!)
キョウ・ミヤギや、あの乱入してきた謎の敵機。いずれも、戦闘濃度のミノフスキー粒子の中で、異常なプレッシャーを振りまいていた。そのせいか。なりたくもない”ニュータイプ”に、自分も目覚めつつあるのか。
(だが、ならば——)
熱源が迫るのを告げる表示を見ながら、ケインは内省する。
「——なぜ、当たらん!!」
スコープには、まるでガンダムのようなふざけた頭を乗せた、青と白の機体が確かに映っている。キョウ・ミヤギの機体に違いない。なぜか、分かってしまう。
(少佐、止まっていては!!)
「うるさいぞ!!」
頭に響くマルコの声に悪態を告げながらも、ケインは機体を滑らせ、射撃を続ける。キョウ・ミヤギも応戦するが、ケインはそれをかわしてみせた。
「行け!全機で囲め!!」
自身は機体を後退させながら、随伴してきたジムをけしかける。
(何としても——!)
このサイド5の混乱の元凶は、アイツだ——忌むべき異端者、”ニュータイプ”の、キョウ・ミヤギ。
(わたしの手で——!)
息の根を、止めてやる。ケインは、その胸に殺意を燃やした。
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「何っ!?」
必殺必中のつもりで放ったライフルが空を切るのを感じて、ミヤギは驚愕した。あの少佐に、そんな腕があるとは思えなかったからだ。
慣性の減退しない宇宙空間を、加速した機体はすぐに有視界戦闘宙域内に敵機を捉えた。やはり、いたのは模擬戦で対峙した青いハイザックだ。ジムⅡを2機連れている。
ミヤギは、ハイザックをねらって、また数発ビームを放つが、やはりかわされた。
(何だ……?)
何か、パイロットとは別の意思が、ハイザックにまとわりついているように感じられた。
だが、狙撃の腕は変わらないと見える。間近で見ると、相当に高性能なライフルを使っているのが分かったが、その射撃はことごく空を切った。チャージに時間が掛かるらしく、連射もしてこない。
(だが——こちらにこだわってくれるのは、僥倖……!)
あれで、”サクラ”をねらわれたらひとたまりもない。”サクラ”くらい大きな的なら、あの少佐でもさすがに何発かは当てられたはずだ。戦略的視点よりも、個人の意地を優先させる。
(指揮官としての、底が知れる。)
ジムがこちらに殺到する。バーザムはマゼランの掩護についているのか。後方にマゼランの艦影が見える。そちらからも艦砲射撃がとんで来たが、直後、艦体に火柱があがった。カイルの奇襲も始まっている。
EFMPのジムは、機動が単純だった。今のミヤギには、もはや、ほとんどスローモーションに見える。
サーベルはシールドの先端に装備されている。マウントされたまま起動させられる構造で、その合理性に、ミヤギは好感を覚える。その場で機体をグルリと回転させると、殺到してきた敵機の脚部と腕部を薙ぎ払った。バランスを崩した敵機をそれぞれ、宇宙の彼方へ蹴飛ばしてやる。
(次は……!)
神速とも言える早業で、敵機を制圧すると、視界の隅の青い機体に向かう。ビームが、また機体を掠めるが、機体を捻りながら進めれば、造作もなくかわすことができる。
先ほどの射撃は、かわしてくれて、むしろ良かった。このやり方ーー接近戦なら殺さずに制圧できる。奪いたくもない生命を、奪わずに済む。
黒い敵機と対峙した時とは全く違う。ミヤギは、冷静にハイザックに迫った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ミヤギからの指示は大体理解したつもりだ。真っ直ぐにマゼランに向かう。マゼラン級は艦体の側面にもブリッジがあり、死角も少ないが、ねらうとしたら艦の下方だ。艦影を有視界に捉えると、下方に潜り込むようにコースをとる。マゼランの巨体の腹に、ビームライフルを数発叩き込んだ。
(ヘント……中尉から、聞いていました。若いが、聡明で腕がいい。優秀なパイロットだと。)
ここまでの行軍の道すがら、涼やかな声でそう告げられると、こそばゆい気持ちになった。
(頼りにしています。)
その、涼やかなで凛とした声を聞くと、スロットルレバーを握る手に、俄然力が入ったのを覚えている。
(やってやる——!)
バーザムがすぐに気づき、 艦の下に潜り込んでくる。3機だ。他にも、機体がいないか警戒しながら、艦に張り付き、構造物を盾にするようにして飛ぶ。
エンジンにダメージを与えて、脚を止めたい。しかし、エンジン側に通さないように、敵もうまく展開して威嚇してくる。
(せめてもう1機いれば——!)
その考えは甘い。それは分かっている。戦いは、持っている駒で進めねばならないのだ。
とりあえず、手近に見える砲塔にライフルを叩き込むが、同時に、バーザムが2機こちらに突撃してきた。
「そりゃ、そうなるよな!!」
艦体スレスレを飛んでかわしたいが、あまり動き回ると、艦の対空砲にまで捕まる。自然、艦から機体が離れた。
(これでは——囲まれる!)
即座に戦略を変える。
カイルは機体をバレルロールさせながら、鋭角な軌道を描きながら離脱していく。
(すみません、ミヤギ中尉!)
期待に添えなかった。マゼランの艦体に多少のダメージは与えたが、脚は止められなかった。追ってくるMSから逃げ回るので精一杯だ。
(いえ、十分です——。)
通信機ではなく、頭に直接、涼やかな声が響く。
同時に、幾筋かのビームが、マゼランの後方、エンジンブロックを貫いた。激しい爆光と共に、艦体が傾く。
続けて、カイル機を追っていたバーザムも1機、後方からのビームに射抜かれる。
『離脱する!"サクラ"に合流を!』
ミヤギの声が、今度はスピーカーから聞こえた。
動揺する様子を見せたバーザムを、カイルも1機墜とす。そして即座に、大きく軌道を変えて戦闘宙域から離脱する。残った1機は無視した。追ってくるならば、墜とすだけだ。
「すみません、ありがとうございます。」
ミヤギに礼を言う。
『いえ、当初の作戦を変更したのはわたしです。』
でも、これなら結果オーライです、と、意外と軽い口調で続けた。
『……だが、先程のバーザム。1人、殺してしまいました。』
後悔を含んだ声だ。
「1人、て……じゃあ、展開していた別の戦力は……?」
『無力化しました。たぶん、死んではいないと思います。』
バケモノだ、カイルは舌を巻く。やはり、"伝説のシングルモルト"は伊達ではない。
「……でも、あのエンジンブロックの爆発……俺も、砲塔をいくつか潰しました。乗組員は少なからず……。」
つい、正論を口にする。
『そうです……そうですね。すみません、最初から、分かっているはずなのに。』
いや、分かるのは、むしろ、ミヤギの感覚だ。そうして奪った命は、さっきまで同僚だった者たちの命だ。MSは、パイロットの死の瞬間が見えなくとも、人型の機体が失われる瞬間に、その命を奪ったという実感が迫る。だが、艦への攻撃は、そこで失われている命の姿が見えない分、罪の実感を遠ざける。欺瞞だと理解していても、目の前にはない死からは、目を逸らしてしまう。だが、こうしてMSを稼働させ戦闘行為に及べば、多かれ少なかれ、人は、死ぬ。
"バケモノ"という彼女に対する認識を、カイルは改める。やはり、彼女も人間なのだ。
『急ぎましょう。ヘントが——!』
そうだ、そして、こうして——愛する男のために、こんな大それたことに加担してしまうのだ。この、どうしようもない魂の滾りに引きずられる生き方も、彼女が人間である証だ。
了解、と、短く返事をすると、カイルは最大戦速で機体を走らせた。
【#55 Rebels / Nov.16.0087 fin.】
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#56 Dance your lastdance with you.
ラストダンスは、わたしに——。
なんちゃって笑
今回も最後までおつきあいくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。














オリジナルストーリー第55話
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ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想、ぜひ!お聞かせください!コメント嬉しいです!誤字脱字の訂正なども、あったらこっそり教えてください笑
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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