連中の連れていたもう1機のジムは、ヘントが撃墜した。しかし、バギー・ブッシュともう1機のシュトゥルム・ザックの追撃は、振りほどけない。MSに釘付けになっているため、艦に向かう気配がないのは幸いだが、”シラウメ”が”サクラ”に向けて、徐々に距離を詰めていた。
「やば……ごめん!」
アンナ・ベルクは、自機の被弾を確認して叫んだ。脚部から火を吹いてふらつく。
ヘント・ミューラーが即座に、鋭角な軌道で機体をターンさせ、アンナ機を追うシュトゥルム・ザックに体当たりをする。
「構わないでいい!」
アンナは通信機に叫ぶ。これでは、あんたも、死ぬ——!
『バカ言うな、艦に戻れ!!』
ヘント機は近づくと、そっと機体を押す。
「ちょっと!」
『応急処置を!すぐ出てこい!』
言うや、再び機体を走らせる。2機のシュトゥルム・ザックがヘント機を取り囲もうとしている。
「死なないでよ!?夢見悪くなるから!」
『なら、早く行って、戻ってこい!!』
ごめん、と、通信機に呼びかけ、"サクラ"の滑走路に向かう。"キッド"らメカニックが、応急処置用の機材を出して待ち構えているのが見えた。
「お願い、急いで!!ヘントくんがやられる!!」
アンナは、機体を寝そべらせたまま、叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ティターンズに反乱を起こしたEFMP第2部隊と、それに呼応したキョウ・ミヤギへの対応を命じられた。久々に、武装して飛ぶ。ミヤギが離反した今、"ブルーウイング"を率いるのは、アラン・ボーモント中尉だ。
(ティターンズめ、どこまでも下衆だ……。)
僚機のジム・スナイパーⅡを3機引き連れ、アランは迷っていた。"ブルーウイング"に明確に命じられたのは"反乱分子に呼応した離反者、キョウ・ミヤギの処分"だ。自分たちに与えられた役割は、ミヤギへの討手ではない。
(手前ぇらの弾除けだろうが……。)
キョウ・ミヤギの高潔さなら、チームの元同僚に銃を向けられない。その発想の卑劣さが、彼らティターンズに素直に従うことを逡巡させた。加えて、先程のシャアの演説だ。
「間も無く接敵する。だが、ミヤギ中尉と戦う必要はない。」
アランは、全機に通信を送る。
「狙うのはEFMPの白いヤツだけでいい。そっちは殺しても構わん。」
ヘント・ミューラーが死ねば、ミヤギ中尉は無力化できる、と付け加える。
「ついでに、お花のマークの母艦もやれ。それで退くも進むもできなくなるはずだ。」
ふと、チタ・ハヤミの顔が思い浮かんだ。
(殺すのは、惜しいな。)
愛嬌がありながらも気が強く、案外可愛いヤツだった。キョウ・ミヤギのような最上級の獲物がいなければ、"口説いてやっても"良いと思えた。
たぶん、艦内にいるだろうが、その時は、仕方なかろう。
(俺も大概下衆じゃないか……。)
仲間だった相手の命を切り捨てる選択に加え、こんなときに、アタマではないところから発されたような思考が過ってしまう。アランは、自嘲気味に笑う。ここ最近で、そういう笑い方がすっかり癖になってしまったように思う。
ティターンズはたぶん、正しくない。だが、エゥーゴも何者なのかも分からない。アランは、軍人としての矜持をどこに持つべきか分からなくなっている。だが、ただ一つ、自分に嫌悪すべき癖を植え付け、キョウ・ミヤギへの敵わぬ熱を生み出す元凶——ヘント・ミューラーへの憎悪だけは、ハッキリとしている。
嘆かわしいが、頼りにすべきはその思いのようだ。
アランは、再び自身を嗤い、青い機体を宇宙に走らせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(一発、入りさえすれば……!)
ヘントは焦っていた。シュトゥルム・ザックは高機動だが、その機動性を実現するために、巨大なプロペラントタンクが剥き出しのように機体各所に積まれている。それらに着弾さえすれば、派手に火を吹いて沈むはずだ。
だが、それが、できない。
バギー・ブッシュ中尉の戦い方が巧みなのだ。360°すべての空間を活用できる宇宙での戦い方を知り尽くしている。
上下左右に奥行きを加えた複雑で立体的な機動に、加えて、黒い機体が宇宙では抜群に視認しづらい。
しかし、ヘントの操縦も負けてはいない。2機の連携をぎりぎりでかわし続けている。
『復帰します!』
アンナ機から通信が入る。
「駄目だ!艦を守れ!」
片足のキャバルリーの機動ではシュトゥルム・ザックのカモになる。
『さっきは早く戻れって言ったじゃん!』
言いながらも、アンナは意図を汲んだらしく、乱戦には加わらず、"サクラ"の守りに就く。
(まだか——!?)
ヘントは、待っている。
(キョウ——頼む!)
(ヘント——!)
聞こえた——
「来たか、キョウ!」
『なにっ!?』
ヘントが叫び、思い切り機体を後退させるのと、バギーがプレッシャーを感じ取るとの——そして、遥か遠くから走ったプラズマ光が、もう1機のシュトゥルム・ザックを貫いたのは、同時だった。
『すみません、遅くなりました!!』
待ちに待った、涼やかで凛とした声が、ヘントのスピーカーに飛び込んでくる。
キョウ・ミヤギの乗るガンダム・ヴァルキュリアがビームライフルを放ちながら突っ込んでくる。バギーはそれも、巧みに交わしながらも一度距離を取った。
ミヤギは、ヘントのキャバルリーと背中合わせになるように寄り添う。カイルのキャバルリーも、"サクラ"の掩護に向かうのが見えた。
「さすがだな"琥珀の鷹の目"。」
『恐縮です。』
再び、シュトゥルム・ザックが突っ込んでくる。と、同時に、7時方向に別の熱源が4つ——
『ジム・スナイパーⅡ……"ブルーウイング"!?』
ミヤギが声をあげた。
すぐに機体が入り乱れ、再び乱戦になる。
一度シュトゥルム・ザックを退け後退しかけた"シラウメ"も、再び前進し始めた。
「アンナ少尉とカイル曹長はそのま"サクラ"を守れ!キョウは俺と"シングルモルト"だ!」
『ただの乱戦です、それ!』
応えながら、ミヤギはすでに機体を動かしている。
「キョウ……頼むぞ、俺の背中は君に守ってほしい!」
『当然——!』
「違う——これからも——ずっとだ!俺も君の背中を守り続ける、生涯懸けて——!」
『何……何です!?』
ヘント機とすれ違いながら、ミヤギはジム・スナイパーⅡの脚部をビームサーベルで切り裂き、無力化する。
『もしかして、プロポーズのつもりですか、それ!?』
「そうだ!」
ヘントも、ミヤギ機の背後に迫ったジムにライフルを放つ。ヘントの腕では、殺さずに無力化はできない。威嚇程度だが、敵機が離れたところをミヤギが切り裂き、無力化する。
『何考えてるの、こんなときに!』
「いつだって——」
シュトゥルム・ザックが、間近に迫った。
「考えているのは——君との未来のことだけだ!」
シュトゥルム・ザックと組み合う形になる。
「これだけ戦えるならもう受けられるだろう!さすがの俺ももう待てん!復命しろ、キョウ・ミヤギ!」
叫びながら、ヘントは機体を回転させ、巴投げのように敵機を投げ飛ばした。
『復命て……最悪!そのフレーズ!!』
言って、ヘントの後ろにつきながら、敵を捌いていく。
「返事は——!?」
『断る理由がないでしょう!!!!』
『お二人とも、回線、オープンですけどぉ!?』
アンナが、呆れたような、茶化すような口調で割り込んでくる。
『2人ともすごい機動、完璧な連携だ……まるでダンスだ……。』
カイルは、感動しているらしかった。
『舐めているのか、貴様ら!!』
激昂するのは、バギー・ブッシュだ。
「うるさい!」
『邪魔だ!』
『何っ……!』
これまでの奮戦もあっけなく、バギーの機体は火を吹いて爆散した。同時に、"シラウメ"にも火柱があがる。
サラミスが迫り、砲撃を加えいる。赤い機体が数機、周囲を飛び回るのも見えた。ようやく、エゥーゴも合流した。
『全機帰投しろ!離脱する!!』
ブライトマンからの通信だ。ヘントは、ミヤギ機の手を引いて全力で"サクラ"に戻った。
とにかく、生き残った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(脇役もいいところじゃないか……。)
すっかり癖になった自嘲気味な表情を浮かべ、アランは宇宙を漂っていた。自分でも、いつやられたか分からない。アイツらのふざけた公開プロポーズを聞かされ、すべて、どうでもよくなった。
(はじめから、付け入る隙など、これっぽっちもなかったか……。)
まあ、いいだろう。
アイツのダンスの相手は、これまで嫌と言うほど楽しんできた。
「ラストダンスは譲ってやるよ、ヘント・ミューラー……。」
せいぜい、彼女の力を、世界に魅せてみろ。
「楽しかったぜ、"シングルモルトの戦乙女"……俺の限界を引き出せたのも、お前だけだった。」
アランは、ため息をつくと、憑き物が落ちたような顔で笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
機体から降りると、ミヤギが膨れ面でこちらを見ている。
「無事でよかった。」
ヘントはその姿を認め、まず、そう言った。
「それは……そうなんですけど……なんですか、あれ?」
「それだ。」
ヘントは神妙な顔つきで言葉を続ける。
「この戦いをもってキョウ・ミヤギの戦いは終わりにしてもらう。」
は!?と、ミヤギは怒気を含んだ声を上げた。
「何を言って……あなた、7年前の約束の意味分かってないでしょう!?」
「もう8年と言っていいだろう。」
「あの約束をしたのは12月!今はまだ11月!!まだ8年は経ってない!!」
「今は、そんな話をしていない。」
「"そんな話"!?そう、"そんな話"……"そんな話"にわたしは1人で7年も胸を痛めていたわけね!?」
「待て、落ち着け。」
「落ち着け!?落ち着けるもんですか……わたしが、どんな思いであなたを……ああ、もう!"朴念仁"もここまで来ると、殺意すら湧いてくる!」
「話を聞け。」
2人が、というか、主にミヤギが大声を上げる様子を、ドック内の皆がにやにやして見ている。そういえば昔もこんなことがあった、と、ヘントは思い出していた。
「おアツいところ失礼しまぁ〜す。」
無重力のドック内をふわふわと漂いながら、アンナが緊張感のない声で割って入る。
「別の意味で熱くなってる気がしますけど……。」
一緒に流れてきたチタ・ハヤミが、苦笑を浮かべながら言う。
「これ、必要ですよね、ヘント中尉。」
チタが持っていた小さな箱をヘントの方に流して寄越した。
「約束通り、チーちゃんに渡してたからね、例の"超重要機密"。」
にやにや笑いながら、褒めてくれていいよぉ、と言う。
「ホラ、あとは邪魔になりますから……!」
チタがアンナの手を引いて流れていく。
「すまない。説明が足りなかった。」
ヘントは言いながら、その小さな箱の無機質な包みを解く。
「君に機体を降りろとか、退役しろと言っているんじゃない。」
包みの中からは、深い紺色のベルベット生地に包まれた、小さな箱が出てきた。
それは、どう見ても——
「"キョウ・ミヤギ"としての戦いは、これで終わりだ。これからは、"キョウ・ミューラー"として、俺の隣で戦ってもらう。」
開けた箱を、そっと差し出す。
そこには、美しく輝く、白銀の小さな環が収められている。
「構わないな?」
ミヤギ——いや、キョウは、涙を浮かべてその箱を受け取る。生涯を預けることを決意した愛しい相手を抱きしめると、衆人環視の中にもかかわらず、深く、唇を重ねた——。
"サクラ"は、一路、グラナダへ向かっていた——。
U.C.0087、11月16日に、中立コロニーであるサイド5宙域内で行われた戦闘行為は、エゥーゴとティターンズによる抗争として記録された。
本事変はサイド5の主権を著しく侵害する事案として、サイド5政府側から問題視され、地球連邦政府に対して厳重な抗議が行われた。しかし、その後のグリプス戦役終盤の激戦と、続くアクシズもといネオ・ジオンとの抗争によって、地球連邦政府が混乱、統治機構が著しく低下したことで、うやむやのうちにその詳細は歴史の闇に葬られた。
ケイン・マーキュリー少佐はその後もティターンズに在籍したが、後方予備戦力として待機のまま、終戦。その後の動向も、歴史の混乱の中で、杳として知れない。
EFMP第1部隊はエゥーゴとの交戦で、壊滅。その構成員のほとんどが戦死した。同戦闘に参加したT4教導大隊麾下第11広報MS部隊"ブルーウイング"も、装備に壊滅的損害を受けて解隊。こちらは、奇跡的に人的損害は殆ど無かったと言う。
エゥーゴに合流したEFMP第2部隊は、その後、地球連邦軍の特務部隊に改編されたとの記録も見られるが、グリプス戦役後の混乱の中においてその詳細も不明である。
歴史の幻影の中、朧げな伝説に近しいものである——が、彼らがそこに生きていたと言うことは、確かなことであるーー。
【#56 Dance your last dance with me. / Nov.16.0087 fin.】
Continued in the final episode of season 4.
※動画化したイラストの元イラストは、pixivに投稿します。
















オリジナルストーリー第56話
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ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想、ぜひ!お聞かせください!コメント嬉しいです!誤字脱字の訂正なども、あったらこっそり教えてください笑
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
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