UC0079、12月24日——
宇宙要塞ソロモン
凄まじい閃光が視界を覆う。
すさまじい熱量と共に、一瞬、スピーカーに断末魔の声が溢れた。
次いで、完全な静寂を経て、巨大な火球があちこちで炸裂する。
気付くと、敵は、艦隊まるごと火を吹いて爆散していた。
地球連邦軍の新兵器、ソーラ・システムが、ジオン公国軍の宇宙要塞ソロモンを、文字通り焼き払っていた。
そして、これまで見たこともないような、おびただしい数のMS——地球連邦軍のジムが、ソロモンの岸壁に取り付き、次々内部に突入していく。
やがて、ソロモンの中から現れたのは、緑色の、巨大な機体だ。
トゲのついたラグビーボールか、出来損ないのハンバーガーのような体に、奇妙にほっそりとした脚が2本ぶら下がっている。2本の脚は、艶かしくすら見えた。
どういう理屈か分からないが、そのMAは、艦砲射撃のビームを弾いている。異形の巨体は、艦隊中央まで突貫すると、四方からメガ粒子砲を放ち、地球連邦軍の艦艇とMSを薙ぎ払った。
「死ぬっ!」
新型MAの放ったメガ粒子砲が、自機の真横を走ると、隣にいたジムが跡形もなく蒸発して消え失せていた。自分でも気づかなかったが、よほど焦ったのだろう。ヘルメットの中の額が、汗でぐっしょりと濡れている。その嫌な臭いに、思わず、バイザーを開けた。
「やばい、やばいって!」
叫びながら、アンナ・ベルク曹長は、思わず機体を後退させる。付近を浮遊していた、サラミスの残骸に身を隠した。だが、次またあのような砲撃が来たら、こんなものは何の防御にもならないことを、アンナは理解していた。それでも、隠れずにはいられない。
『アイツは、何だ!?』
指揮官機のジムからも通信が聞こえる。
『まるで、イドの怪物だ。』
意味不明なことを口走っている。
「なんの話です!?」
『知らんのか、"禁じられた惑星"。』
この指揮官の男は、旧世紀の映画が好きな男だった。大方、映画にさっきのMAのようなバケモノでも登場するのだろう。
「知りませんよ!」
生きるか死ぬかの瀬戸際だ。気取ったバカの蘊蓄に付き合っている場合ではない。
しばらく身を潜めていたが、戦闘宙域に復帰する。巨大MAはかなり先まで進んで行き、状況はだいぶ落ち着いていた。ジオン軍はすでに崩れ、潰走が始まっている。あちこちで、脱出した兵士を曳いて、宙域を離脱していくザクやドムが見えた。
随伴しているボールが、撤退していくザクの背中に砲塔を向ける。
「あんなのまで、わざわざやることない!」
アンナは、ボールの機体に触れて制する。こうすると、直通回線も届く。
「かわいそうだろ!」
『しかし、敵です、曹長!』
若く、普段は気弱そうにしているくせに、声を荒げる。まだ伍長だ。手柄が欲しいのか。或いは、普段の気弱な姿と裏腹に、案外残忍なのだろうか。
「いいんだ、情けは巡る。ここでアイツらを見逃してやった情けが、いずれアンタの身を救ける……!」
そう思って、生きてきた。これだけ過酷な戦場でも、それは、それだけは、忘れたくはない。
「子どもの頃なら今頃ワクワクしてるだろうに……何が悲しくて、こんな思いしてなきゃなんないのかなあ……。」
アンナは、緊張感のない声で呟く。今日は12月24日——クリスマス・イブだ。だが、目の前を彩るのは、イルミネーションではなく戦場の爆光だった。
『さっきの殺気は……どうしたんです。』
「何それ、駄洒落?」
若い伍長も、いつものアンナの様子に多少落ち着きを取り戻したようだ。
「今頃、成層圏ギリギリを、サンタのおじさんが最大戦速で飛び回ってるかな。」
『サンタは……戦いませんよ。』
2人で軽口を叩き合っていると、近くの宙域を凄まじい速さで、大型の戦闘機と白いMSが飛び去っていった。
(そういえば弟が、あんなののおもちゃを欲しがったっけな。)
アンナには、年の離れた弟がいる。見渡すと、あちこちで銃を撃ち合っているのは、弟が幼い頃に欲しがったおもちゃのロボットそのもののような連中だ。
(弟に、いい土産話になるかな……?)
だが、弟には軍に入ってから、もう随分会っていないことを思い出す。もう、おもちゃのロボットや戦闘機を欲しがるような年齢でもないかもしれない。
(ここを生き延びたら、休暇を取るのも悪くない……。)
『ジオンの艦艇が接近中だ。』
考えていると、指揮官の蘊蓄バカが通信を寄越す。
向かって、墜とすつもりだと言う。目的地に向かうべく、隊列を組み直す。
(なんだ……?)
何か、切実な空気が戦場を充たしていると、アンナは感じた。
不意に、何かが、弾けるような感覚。
命の、弾ける、感覚——……?
白い稲妻のような慟哭が真空を走る。
(やらせはせん、やらせはせんぞ——!)
そして、戦場の彼方から、邪悪なプレッシャーのようなものを感じた。
先ほどの白い機体と、戦闘機が向かった先から、発せられている気がする。
他の皆も、感じたらしかった。皆、機体を停めて、プレッシャーの先に機体の視線を向けていた。
『やはり、イドの怪物か——?』
蘊蓄バカが、呟くのが聞こえた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
UC0087、12月24日——
グラナダ
「アンナ先輩、ソロモン攻略戦に参加されていたんですか!?」
グラナダのバーカウンターで、カイル・ルーカスが興奮して話題に食いついた。
1年戦争の頃は、まだほんの少年だったカイルにとって、MS戦の黎明期とも言える1年戦争の、その最大の激戦の一つだったソロモン戦の従軍兵は、伝説的な英雄に見えた。
「……そんけーしてくれんのは良いんだけどさ。」
アンナは、黒いビールをぐいっと飲み干してから続けた。
「なんか、自分がすごいオバサンみたいに思えてくるから、あんまし”ソロモン”て強調しないでくんないかな?」
恨めし気な目で、カイルを見る。目の前の育ちの良さそうな若者より、あの頃の自分の方が年上だったという事実は、自称”宇宙(そら)を駆けるセクシー・エースお姉さん”には、ちょっと傷けられる内容なのだ。
「弟ももう子どももいるしさぁ……どーすんのよ、あたし。」
そういえば、弟とカイルは、同い年ではないか、と、いつもより熱っぽい視線を送る後輩の顔を見て思い出した。
「逃げるのが上手いのは、その当時かららしいな。」
黙って聞いていたヘント・ミューラーも会話に加わる。
「うっさいわね!アンタ、なんであたしにいつもちくちく言うわけ?好きな子に意地悪するタイプ?」
「ふざけるな、妻帯者に言っていい冗談ではない。」
「うるさい!バカ!アホ!朴念仁!ニンジン、要らないよ!」
「子どもの悪態ですよ、それ。敗北宣言と同じです。」
カイルがいつもの調子で言いながら、つまみのバーニャカウダのニンジンをつまんだ。
アンナは、ワイングラスにウイスキーをストレートで注ぐよう注文する。
「うわ、何ですかその飲み方!」
あまり酒に強くないカイルが驚いている。
「こうすると香りがしっかり集まってくんのよ。せっかくシングルモルトの香りは、余すことなく楽しみたいじゃん。」
「……でも、ストレートって……。」
「……飲みすぎるなよ。誰も面倒は見ないからな。」
若い後輩に、旧世紀のオタク趣味の上官。
そう言えば、ソロモン攻めのときと同じような部隊構成だ。ちなみに、アンナたちの隊はア・バオア・クーでは後方の予備戦力のまま終戦を迎えた。しかし、上官と若い伍長はその後のジオン残党の包囲戦で戦死している。
「しかし、”イドの怪物”とは、よく言ったものだな。あの時、コンペイトウでは、ビグ・ザム付近で、そういう邪悪な思念が具現化したかのような影を見たと言う証言もあるらしい。」
ヘントが感心したように言うのを聞いて、アンナは頬杖をついたまま、その横顔をじっとりと見た。
「……アンタ、ホントはニュータイプなんじゃないの?」
当時の編成に思いを馳せていたところだったので、心を読んだかのようなタイミングだ。しかし、当のヘントは不思議そうな顔をしている。まあ、この朴念仁がニュータイプのはずはないか、とアンナはくらだない発想を捨て去った。
「……で、なに?”井戸のカイブツ”って?テレビから出てくる女の幽霊?」
「それは違う映画だ。」
「やっぱ映画の話か。」
「そうだ。増幅された潜在意識が具現化された怪物で、登場人物の憎悪と執着が生み出した、という演出がされていた。獅子のような頭に、奇妙に長い脚が生えていると言う見た目も、似ていると言えば似ている。」
ふぅん、とアンナは興味がなさそうに相槌を打った。
(執着、ねぇ……。)
アンナはグラスを揺らす。あの時、あのMA——ビグザムと言うらしい——に乗っていたのは、ジオン公国軍のドズル・ザビ中将だったと言う。
(やらせはせんぞ——!)
あのとき、戦場でそう叫んだ声は、確かにドズル・ザビのものだった。戦後に見た映像で、彼の声を聞いたのだ。聞けば、直前に妻子を戦場から逃がしているとのことだ。
(そりゃあ、"やらせはせん"わな……。)
アンナは、話を聞いてそんなことを思った。それとも、国の威信のため?どちらにせよ、今となっては、誰にも分からない。
そして、あの時見た連邦の白い機体は、伝説の”ガンダム”だった。
ガンダムに、ビグ・ザム。そのパイロットたちが持っていた”強すぎる思念”や”英雄願望”。それこそが怪物を生み、死を招く。 自分にはそれがなかった。ただ、ずぼらに、臆病に、生にしがみついた。だから今、こうして美味い酒が飲めている。
「憎悪が渦巻く戦場に、突如として現れたとてつもない力も持った化け物、というのは、言い得て妙だ。」
「……ま、あたしには関係ない話かな。お化けなんて、ごめんだし。」
あの時の蘊蓄バカには、知識をひけらかすような鼻に付く空気があったし、若い伍長は臆病者特有の残忍さが感じられた。だが、今、ここにいる連中は、ただ、心地が良い。
「あの人たちも、悪い人たちではなかったと思うんだけどね……。」
「何です?」
アンナがぽつりと言うと、カイルが不思議そうに訊ねる。
「何でもない。生きててよかったなって、今回も。」
言って、アンナはニッと笑った。
「ほら、ヘントくんは今日はもう帰んな!」
「……自分で呼んだんだろうが。」
イブの夜も1人だと、電話口で喚くアンナに、2人は呼び出されて来たが、ヘントはまだ、一杯しか飲んでいない。
「いいから、あとはカイルくんと、チーちゃんでも呼んでやる。」
「彼女は家に来る予定だ。」
「あの娘も野暮ねぇ……。」
「……キョウが呼んだ。」
「ますます野暮じゃん!」
ま、いいわ、とアンナは笑う。
「そこの朴念仁くんは、奥さんにちゃんとプレゼント、用意してるんでしょうね?」
ひとしきり飲んだら、レーザー通信で故郷のサイドに連絡を入れてみるとしよう。久しぶりに、弟と、甥っ子の声を聞きたいな、と、アンナは思った。
【#58 The memory of Solomon / Dec.24.0079 to 0087 fin.】
MS戦記異聞シャドウファントム 4.1部
「乾杯、生き抜いた者たちへ」
クリスマスはなんとなく、皆さんポケ戦の投稿やられるのかなという気がして、少し違うことをしたいな、と思いました。ビグザムて愛嬌ありますよね笑
ビグザムを遠巻きに見て「こえー……」て言ってる兵士の話(先週Xにも似た話が投稿されてましたが、パクったわけではありません(gundam-kao5))を書きたかったのですが、だったらいっそ逃げ足の速い?アンナにしちゃおう、と思い、書いてみました。
あと、"イドの怪物"の話は、岡田斗司夫先生の話のパクリです。
【キャラクターについてのどうでもいい話】
さて、キャラクターについて。
じつは、各話でキャラクターが登場するたび、最初はフルネームに階級で紹介しています。しかし、第4部最終話からは、ヘントやキョウに階級が付きません。今回の主役のアンナも、突然「先輩」とか呼ばれています。
これは、彼らが一度正規軍を出奔しているからです。(おまけに偽装死までやってる)
実は第4部最終話時点のヘントは大尉なのですが、おそらく第5部でも彼はあまり大尉と呼ばれないと思います。"シャドウファントム隊"は"そういう部隊"になる予定です。
さて、朴念仁くんこと、ヘントくんは、一応奥様にプレゼントを用意しているようですが……そちらの話は明日投稿いたします。
明日のはめちゃくちゃヌルい話なので……たぶん、シャドウファントム読んできてくださった方以外はお楽しみいただけないかもしれませんが、自己満足で投稿させていただきます(gundam-kao6)
アンナ先輩は酔い潰れて、結局チタが迎えにでもくるのでしょう笑
アンナとチタ、かなり気に入ってます笑
2人とも、5部ではレギュラーにする予定です。
それでは、また明日!
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました(gundam-kao6)












オリジナルストーリー第58話
コメント
コメントをして応援しよう
コメントにはログインが必要です
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想、ぜひ!お聞かせください!コメント嬉しいです!
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
(作品投稿のないアカウントはフォローバックしかねますのでご了承ください。)
押忍やすじろうさんがお薦めする作品
目次(MS戦記異聞シャドウファントム)
これから読んでくださる方のための「シャドウファントム」総集編…
HG 陸戦型ガンダム+ジム改・改修型 "パッチーズ"
ガンキャノン(親子搭乗機)
【自己満】今年制作のお気に入りキットを振り返る。
シャドウファントムのストーリーを進めていくうちに、アレも出し…
RSP-003X/a ガンダム・シャドウファントム/アサルト
本機は、地球連邦軍所属特務MS部隊である、第22遊撃MS部隊…
目次(MS戦記異聞シャドウファントム)
オリジナルぶんどどデジラマストーリー「MS戦記異聞シャドウフ…
MS戦記異聞シャドウファントム#57 “SHADOW PHA…
地球連邦軍が密かに管理している、小惑星型基地の付近を、デュ…