(これが、地球の海か。)
水陸両用MSズゴックに搭乗し、海中に潜るたび、キース・ロス伍長はえもいわれぬ感動が胸を満たすのを感じる。
鋼の機体が、ドプン、と水に漬かる瞬間、なぜか懐かしい感じを覚える。スペースノイドは、スペースコロニーという人口の大地で生まれ育つということを、幾世代と重ねている。もうとっくの昔に、自分たちは地球人類とは別の生き物になってしまっている、という感覚があった。あったのだが、この懐かしさは何なのだろう。
かつて、すべての生物が、この海から発祥したのだ。宇宙の果てに暮らしてなお、その遺伝子に刻まれた記憶を、本能は、捨てきれないのか。
(地球が欲しくなるってのは、きっと理屈じゃないんだな。)
本大戦の命題は、スペースノイドの自治独立ではなかったか。
それならば、緒戦におけるルウムでの勝利で、十分果たすことができたはずだ。スペースコロニーの生活は、実のところ市井にとっては不自由が大きいとは言えなかった。むしろ、多様で気まぐれな地球よりも、ずっと清潔で、安定して、過ごしやすい環境だ。自分たちの生活を圧迫していたのは、地球に住む特権階級の敷く、不平等な政策に他ならない。
ルウムで手を引いていれば、独立権は得られたかもしれない。
それでも、地球に手をかけずにいられなかった我々の野心は、理屈では割り切れない。
(静かだな。)
キースの故郷である、宇宙も、静かだった。だがその静けさは、命を拒絶する闇と真空の静けさだった。この海の静けさは違う。全てを覆い尽くし、おし抱くような、そんな静けさだった。
「こんなところで、戦いたくねえなぁ……」
皆がそう思っているはずなのに、どうしてこうも自分たちは愚かなのか。
海に潜ると、妙に哲学的になる自分に、キースはばかばかしいとため息をついた。
そうだ、自分は、これから敵地に向かうのだ。
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「鑑の設備を使えば、食事ももう少しまともなものが食べられると思うのですが。」
表情はいつもとたいして変わらないが、何となく不満が混じった声に聞こえた。ミヤギ曹長が、レーションのカレーが乗ったスプーンの匙をじっと見つめていた。
第22独立部隊の面々は、先日攻撃したジオンの軍港に張られたキャンプで、夕食を取っていた。周囲は、上陸作戦の際に自分たちで破壊し尽くしてしまったため、瓦礫の山だ。ミヤギの言うとおり、港に停泊中の空母を使えば、もっとしっかりした食事が取れる。
「偉い人たちで満員だ、とか?ブライトマン少佐みたいな人ばかりじゃないだろうし。」
マーク曹長も会話に混じる。
ヘントも、火を入れたまま屈ませたガンダムのコクピットで、レーションのヌードルをすすりながら、2人の会話を聞いていた。アフリカは敵地だ。22部隊も、第2種配備のまま、準警戒態勢を命じられていた。MS2機はいつでも稼働できるようにしておき、あとのパイロットには休養を取らせている。
ここから内陸に向けて進軍を開始する、という作戦は、ヘントも理解していたが、確かに妙に慌てて戦力を上陸させていた。その上、鑑に収容できる戦力や装備も軒並み露天駐機だ。上陸させた全戦力で、一斉に戦線を押し上げるという、作戦内容は理解していたが、それにしても急いているように感じる。
轟音と共に、港に接弦していた艦艇から火の手が上がった。海からの奇襲か。
『分かっていたな、こいつを!』
通信機から声が聞こえると同時に、隣のイギーの機体が立ち上がった。反応が速い。ヘントも機体をたち上がらせる。
『キャノンに火は入っている!?』
ミヤギ曹長が、整備兵に掛ける声も、オープンの通信に入る。
「曹長は、キャノンの準備が出来次第合流しろ。ライオンズは、乱戦には加わるな。港を突破してくる敵があれば狙撃しろ。」
了解、と言う複数の声を聞いた後、既に港に向かって駆け出しているイギーの機体の後を追った。
港に着くと、既に敵機が上陸していた。水棲生物を思わせる、ずんぐりとしたフォルムの見慣れない機体だ。港の守備についていてたジムが数機、撃破されて黒煙を吐いている。
『思ったとおりだな、軟弱者!』
イギーの悪態は、どうやら"にせガンダム"ことジムに向けたものらしい。
「援護だ。」
ヘントはジムを屠った敵機の"海獣"に。100mmマシンガンを放ちながら突貫する。合流したジムがもう1機、援護に入る。同じく100mmマシンガンを装備している。
「……堅いっ!」
"海獣"の装甲は意外にも厚く、マシンガンは装甲を軽く抉っただけで、弾かれてしまった。全くの無傷とはいかないようだが、致命傷ではないのは明らかだ。
『少尉!危険です!』
援護に入ったジムのパイロットの声に、咄嗟に機体を退けた。機体の真横を、黄色い熱線が走った。
「ビームだと!?」
ジオンのMSにはビーム兵器を搭載する技術がないと聞いていたはずだ。堅牢な装甲に、ビーム兵器、これではまるで……
『ヘント、どけっ!』
イギーのジムが、シールドを構えて突っ込んできた。いつもの体当たりをかますと同時に、ビームスピアを起動させ、敵機を貫いた。
『多対1の言い出しっぺはお前だろう、演習どおりやれ!』
イギーの気合いに、そうだった、と我に帰る。
「すまん、舞い上がっていた。敵の装甲はマシンガンでは貫ききれない。俺が牽制する。とどめはお前だ。」
『了解、いつも通りだな。ビーム、気をつけろ。』
援護のジムにも意図は伝わったらしい。港を突破しようとする"海獣"を、今度は、2機で囲い込んだ。
港に上がってきた"海獣"は4機だった。最後の1機を、遅れてきたミヤギのガンキャノンが、ビームライフルで狙撃した。
『少尉、無事ですか。』
『どっちの少尉だ。』
イギーの軽口に、どちらもです、と特に取り合う様子もなく、ミヤギは事務的に応じた。
22部隊を乗せてきた空母は、あちこちから黒煙をあげてはいるが、沈没まではしないようだ。
『よくやってくれた。』
ブライトマン少佐から通信が入った。陸戦戦力も兵員もあらかた上陸済みで、鑑はほとんど空っぽだったらしく、大した被害はなかった。ジオンの水陸両用MS。ジャブロー攻めを想定して生産が進められているであろう機体群の性能の優秀さは、確かに噂には聞いていた。指揮系統はその存在を分かっていたのだろう。
「この奇襲、予見されていたのですか。」
『ある程度はな。ジオンの水陸両用機が強力だという噂があったから、警戒はしていた。しかし、ジャブローと西欧方面への展開が中心と思っていた。アフリカへの増援はもう少しかかると思っていたが、予想より早かった。おまけに、敵機の性能がこちらの予想を上回っていた。』
こちらも、港の守備についていたジムが3機潰された。
『鑑を餌にして、新型を釣りあげてやるつもりだったが、何機か海の中から上がって来なかった。』
旧世紀の艦艇とは言え、あれだけの戦力を輸送できる鑑をおとりにするとは、随分豪気な発想だが、果たして、それに見合う戦果はあったのか。幸い、護衛艦が2隻沈んだだけで、空母に大きな被害はなかった。
『どの道、ここから陸に上がって東進する予定だった。明日からは我が隊は予定通り陸路を進軍する。海の敵は、欧州から下ってくる航空戦力が駆逐してくれるさ。』
然るのち、増援部隊が上陸すると言うが、しばらくは海路を使った補給は期待するな、とも付け加えられた。
『何、制空権はこちらが抑えているようなものだ。この戦いも早めに片がつくさ。』
ヘントは、ふう、とため息をついた。
『随分雑な作戦だな。不安になるよな。』
イギーが気を遣って通信を送る。
「いや、それもそうだが、敵の装備も強力になってきているからな。」
東の、既に暗くなった空に目を向ける。果たして、どんな敵が待っているのか。自分は生き残れるのだろうか。
『港の守備任務には第59部隊が就く。第22遊撃隊はE15地点まで前進し休息を取れ。明日は山越えだ。ダマスカスに入るぞ。』
ブライトマン少佐の指示に、機体をゆっくり歩ませる。発進した際にぶちまけたヌードルが、ノーマルスーツの腹を汚していることに気づいた。
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(連邦のMS、流石に強力だったな。)
海中に機体を進ませながら、キース・ロス伍長は敵機の姿を思い出していた。独立戦争の開戦後に、慌てて作った後出しの急増品と思っていたが、すでに携行可能な小型のビーム兵器まで持っていた。ジオンは水冷を応用して、ようやくこのズゴックで実用に足るビーム兵器を装備したようなものだというのに、やはり連邦との国力差は恐ろしいと感じた。
『"センゴク"より中隊各機へ。無事の者は応答しろ。』
戦闘隊長のコールサインだ。
「"クラッシュ"より"センゴク"。こちらは無事です。」
キースが通信に応じると、2名のパイロットからも無事を伝える通信が入った。8機で奇襲を仕掛け、半数の4機を失った。ここまで快進撃を続けてきたジオンのMSパイロットにとっては、想定を遥かに超える被害だった。
『各機、よく戻った。戦力を整え、然る後、奪還作戦を発動する。』
隊長の声は気力に満ちている。流石であった。
(もう、戦いたくはねえなあ……。)
キースの正直な感想はそうであるが、またこの海に潜れるのなら、出撃という言葉は胸を躍らせる。
「人殺しのためでなくちゃあ、母なる海を堪能できんのか……寒い世の中だね。」
通信機を切って、一人、呟いた。
【#14 / Nov.19.0079 / Sea monster fin.】
今回、ちょっと絵面が似通った写真ばかりになってしまいました(gundam-kao10)以前YouTubeで「地上戦の描写は嘘がつきづらくて作りづらい」と聞いたことがありますが、なんとなくわかる気がしました。
ビルダーズノートのデジラマメーカーは、いまいち作りたい画が作れないのであまり使ってきませんでしたが、海中の表現は自力では難しく、今回は活用してみました。
それからいつもコメントを頂いているSenGokuさんからのアイディアを受けて、今回”センゴク”隊長が登場しています笑
登場への依頼に対するご快諾、ありがとうございました。
SenGokuさんの美麗な作品はこちらからご覧になれます。
ズゴックって、かっこいいですよね。
ズゴック、すごっくかっこいい。
…………。
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
オリジナルストーリー第14話
コメント
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ついに水陸両用が😆 ズゴックはかなりの強敵。第22部隊の活躍😁 ジオン軍の戦闘、楽しみです😆
艦船や基地に対してならゴッグも有効ですよね😉
いつもありがとうございます。
最近ずっと、ズゴックて超つよんじゃないかと思っていたので、ズゴックが活躍する話を描きたかったんです笑
あと、近藤和久先生の漫画で、UC90年代も、アフリカにいるマッドアングラー隊がつかっていたりして、いい機体なんだろうなー、と思っていました笑
ズゴックはたまたまジャンクが手に入りましたが、他の水泳部は手に入らず……アフリカではなくジャブロー攻めと欧州再奪還に出払っているのでしょう笑
海獣=ズゴック いい表現ですね。なんだろ子供の頃はそうでもなかったのにこの年になるとガンキャノンカッコいい
いつもありがとうございます。
怪獣にしようかどうしようか、ちょっと迷いました笑
ガンキャノン、かっこいいですよね。わかります。ーミサイルポッドも手に入りました(gandam-hand1)ミヤギ曹長はキャノン砲より、ビームライフルが得意みたいなので、次の出撃あたりは、ミサイルポッドでもいいかもしれません(gundam-kao6)
まさか隊長とは(爆笑)
いゃ~ありがとうございます!文面で伝えれない感動がありました
特別な14話にしていただき本当にありがとうございました。
ジオラマ製作開始するズゴックは自分が搭乗する隊長機コンセプトで製作していきますwww
いつもありがとうございます。
あくまでコールサインですので、あとは適当にさばいていただければと思います。押しつけになってしまったような気もしますが、ジオラマ、楽しみにしております(gundam-kao6)
キースがビビってたせいで負けちゃって、すみません笑
押しつけなんてとんでもない
楽しむ妄想のヒントいただいてる感じなんで、感謝です
ジオラマも何か背景(ストーリー)があれば妄想爆発していきますからwwその火付け役していただけたと思っています。
これからもストーリー読まさせていただいて、勝手に妄想爆発させていただきますwww
いつの間にか、ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントと化してしまいましたので、監督気取りで、幻之介から、押忍やすじろうに改名いたしました。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、どうぞお気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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