「亡霊狩り。」
地球連邦軍特務G13MS部隊の戦闘隊長、”ノーススター”ケーン・ディッパー中尉は、その現実味のない言葉を反芻して、困惑していた。
「そう、亡霊狩りだ。」
司令の、コヴ・ブラック少佐は眠そうな目つきのまま繰り返した。
「シャア・アズナブルって、知っているだろ。」
「ジオンの”赤い彗星”ですね。知らないヤツなんているんですか。」
ジンは口にした後、自分と同じ”赤”をトレードカラーにしていることが、気に食わないなと思った。
ジオン公国軍の英雄的パイロットである。天才的な操縦技術を持つパイロットで、敵味方を問わずその名を知られ、恐れられている。今、地球圏で、おそらく彼の名を知らぬ者はいない。ギレンやレビルと並び、間違いなくこの宇宙世紀の歴史に名を遺す人物だろう。
「その、シャアのザクが、この辺に、出る。」
どうにもだらしない印象を与える声の出し方だ。
本大戦の緒戦、ジオン公国軍が劇的な勝利を収めた宇宙海戦、後にルウム戦役と呼ばれた戦いで、シャアは赤いザクを駆り、一人で戦艦5隻を撃沈させた。”シャアの五艘跳び””ルウムの鬼武者”などとも呼ばれ、もはや神話のような語り草になっている。
「シャアのザクって……ただ同じ色にしているだけでしょう。」
ばかばかしい、と、トニーが笑いながら応じる。
「そうだと思うのだが、マーキングやエンブレムもなあ、データとしっかり一致しているらしい。」
「そんなもの、いくらでも再現可能でしょうが。」
「いずれにしても……。」
珍しく、”デューク”が口を開いた。
「……敵がいるなら、討つだけだ。」
酷く低い声の後に、沈黙が続いた
「そのとおりだ。」
ケーンの快活な一言で、沈黙が破られる。
「データは見ました。味方もまあまあやられている。そのザク1機でやったとは思えませんね。」
ケーンは、モニターに映し出されたデータを眺めながら、コヴ少佐に確認する。
「ドムが随伴している。戦果らしい戦果はそいつらの手柄だな。」
コヴ少佐が言うと、そら見ろ、やっぱりニセモノだ、とトニーがわめいた。
「……”チージー”の言うとおりだと思う。」
また、”デューク”が口を開いた。”チージー”とは、トニーのコールサインだ。それ、作戦以外では呼ばないでくださいよ、と、トニーが抗議する。
「今日はやけに口数が多いな。」
ケーンが以外そうに言う。
「ルウムで、赤い彗星を見た……。」
”デューク”はもともと、艦隊の砲撃手だった。その時に見たと言うのだろう。
「……あの男は、いつも自らが、先陣に立つ……他人に譲るとは、思えん……。」
「何でもいい。」
”赤い彗星論議”を打ち切ったのは、ジンだった。
「"デューク"少尉のおっしゃるとおりです。"赤い彗星"だろうがその亡霊だろうが、何が来ようと、敵ならば打ち砕くだけです。」
我々は連邦軍でも頭抜けている戦力の一つです、見せつけてやりましょう、と力強く言うと、一同は爽やかに笑った。
~~~~~~~~~~~~~~
(特に面白みのないデータだ。)
ブリーフィングを終え、”レッドウォーリア”のコクピット内で、ジン・サナダ曹長は内省した。地球連邦軍第22遊撃MS部隊から共有を受けた、ガンダム陸戦強襲型の運用データを見たが、特に目を引くようなものはない。配備されてから、たった一度しか実戦に出ていないのだから当然かもしれないが、それにしても、せっかくの運動性を十分に活かしきれていない。装甲の厚さに任せて、被弾ありきで力任せに運用されている。自分が先日試したやり方と大して変わらない。
ルーマニアでもう1機、稼働していた機体があったようだが、そちらはコクピットを潰されてしまったらしく、データが残っていない。ニュータイプ兵が運用していたと言うから、残念に思う。
(なぜ、パイロットはあいつではなかったんだ。)
キョウ・ミヤギなら、もっと上手く扱ったのではないかと言う考えを頭が過った後、もう彼女のことを考えるのは止そうと思い直した。
「おい、そのデータ、こっちにも回せ。」
トニーが、コクピットの外からこちらを覗き込んでくる。
「大したデータじゃないぞ。何に使うんだ。」
「たいしたって、お前も結構言うな。あ、わかった。」
いつも以上ににやにやとしながら、言葉を続けようとしている。嫌な予感がする。
「例の”シングルモルトの戦乙女(ヴァルキュリア)”。彼氏はそのガンダムのパイロットだろ。基地内であっという間に噂になってた。」
「だから何だ。」
「不愉快だね。こちとら命懸けで戦争してんのに、隊内で熱愛かまして、後方の安全地帯で哨戒と教導任務で慰労だと。MS戦は学生のクラブ活動じゃないんだぜ。」
それは、理解できる。ジンがミヤギに対して感じた失望も、そういうところからきているのかもしれないと思った。しかし、それで片付けてしまうと、自分の感情がひどく矮小化されてしまうような気がした。
「お前こそ、同期のよしみでワンチャン狙ってたんじゃないのか。つけ入る隙がなくなって、拗ねているのはお前だろ。」
こういう、下世話で低俗なゴシップに集約されてしまうのが、1番不愉快だったが、ジンの"擬態"には都合のいい隠れ蓑だ。否定も肯定もしておかないことにした。
「冷やかしなら帰れ。」
「違う、データだ。」
「だから、何に使う。」
トニーが言うには、この後、空挺作戦ではなく、地上を行軍するらしい。ジム・ナイトシーカーは、高高度からの空挺作戦時に、姿勢制御をするためのスラスターが各所に装備されている。それらを有効に活用すれば、地上でもある程度の高速戦闘が可能と見られていたので、その実験をするのだろう。
先程までジンが見ていた、ガンダム陸戦強襲型も、フレキシブルに稼働する背面スラスターで、地面を滑るように飛び回っていた。ジム・ナイトシーカーなら、同じやり方でも、もっと速度が出るかもしれない。
「なるほど。じゃあ、ここだ。元々率いていた中隊から離れて、砂漠を横断するところ。それと、片腕のグフとの近接戦闘。ここのバーニアのふかし方はなかなかうまい。」
言いながら、搭載データをディスクに移す。サーバー管理のデータはハッキングの可能性もあるため、MS開発に関わる機密事項は、いまだにディスクなどを使うことが多い。
「研究熱心だな、助かる。」
データを移しながら、MSは好きだからね、と応じる。こいつだけが、純粋に自分に応えてくれる気がしていた。
「お前、教え方も、うまいよな。北米で手柄を立てて、T4部隊に戻るかナイメーヘンにでも赴任して、教官でもやれよ。まさしく"トップガン"だ、ロマンがある。」
相変わらず余計なことばかりへらへらと、よく喋る男だ、と、内心嫌悪しつつも、柄じゃないさ、と笑顔で返事をする。
(誰が、下らない教導任務になど就くものか。)
俺は、俺が死ぬまで、あるいは、敵が全て死に絶えるまで、戦場に居続けてやる。平穏や、未来など、どうでもいい。ジンが望むのは、ただ、破壊だけだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『夜に慣れすぎた。明るい中の進軍は目がチカチカする。』
「お前、少しは黙ってられないのか。」
トレーラー上で揺られる機体で、相変わらずのトニーに思わず釘を刺す。
『会敵予想地点まで、あと600秒だ、気を引き締めろ。』
ケーンから通信が入ると、トレーラーが止まった。ここからは、徒歩で進軍する。この先に、ジオンの小規模拠点がある。確認している敵機は、せいぜいMS2個小隊程度だが、数時間前からミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布している。敵も襲撃に備えているだろう。
『事前に確認したフォーメーション”ドラゴン・ジョーズ”でいく。』
『……了解。』
何のことはない、2機1組に分かれての挟撃だ。楕円軌道での突撃が、竜の咢のようだというネーミングらしい。
『Aユニットは、”ノーススター””チージー”、Bユニットは、”デューク””チェリー”。』
ケーンが最終確認の通信を送る。ジンは、先ほどあてがわれた自分のコールサインに、不快感を感じる。自身は”レックス”を提案したが、トニーが機体色を理由に、ジンの提案を覆した。
(こいつ、思考が思春期ですから。ほら、”俺の傷がうずく”とか言ってそうなタイプですよ。ジュニアハイのときいませんでした、そういうやつ。)
ジンは思わず優等生の擬態を解き掛けたが、まあ、呼び名などどうでもいいと思うことにした。お前、隙があったら撃ち落してやるからな、と、ジンも、軽口で応じた。
『では、行くぞ。』
ケーンの、快活だが深みのある声に、ハッと我に返る。
ジンは、舌なめずりをして、機体を走らせた
~~~~~~~~~~~~~~~
”デューク”の操縦は、隙も無駄もなく、静かに、しかし確実に敵機を打ち抜いた。ジンは思わず見惚れる思いがした。ああいう壊し方も、ある。
前方から、ドムが来る。
「もらいますよ!」
ジンも突出して、敵機を撃墜する。
事前の分析よりも、敵の数が多いが、"デューク"にもジンにも、大した問題ではなかった。機体性能も、パイロットの腕も、不安材料がない。
数分もせず、自分たちの担当した方面の敵は沈黙していた。
「隊長とトニーと合流しましょう。」
ジンの通信に、"デューク"は応えないが、代わりに機体を走らせる。
前方、僅かに戦闘光が見える。
(苦戦しているのか……?)
ケーンはもちろん、トニーも腕は確かだ。闇に紛れていないとは言え、今さらドムやグフ程度に苦戦するとは思えない。
不意に、戦場に不似合いは、パステルカラーの物体が視界に飛び込んできた。
『……何だと!?』
"デューク"の動揺した声がスピーカーから響く。
そいつは、空中に勢いよく飛び出すと、思い切りバーニアを噴射させながら、鋭い機動を描いてみせた。
赤いザク——
「赤い、彗星……!?」
ジンも、思わず声が出た。
呆気に取られているうちに、赤いザクは空を走り、あっという間に視界から消えた。
『"チェリー"助けてくれ!』
トニーの声に、視界を巡らせる。
真っ黒なドムが3機、トニーとケーンのジムに襲いかかっていた。二人とも、なんとか凌いでいるが、防戦一方だ。
先程確認した、赤い彗星の随伴機とは、こいつらだろう。
"デューク"と共に加勢に加わるが、敵はすぐに散開する。
3対4。数的不利を認めて、撤退する気だ。それぞれが全く違った方向に、勢いよく後退していく。判断の速さが、腕の良さを示している。
逃がすか。
ジンはすかさず、一機に追いすがる。
瞬間、視界に閃光が走る。
時間が異常にゆっくり流れるような、奇妙な感覚の後、視界いっぱいを、眩い光が充した。
(なんだーー!?)
時間が、止まる。
目の前から、モニターがなくなる。
光の中に、敵の姿が映し出される。
だが、その姿は、ドムではない。
気配、いや、敵の、息遣いを感じた。
(女……?)
柔らかく、心地よい気配に、一瞬、心を満たされるような感覚を覚える。
(キョウ・ミヤギ……?)
その名が、イメージが、頭に浮かんだ瞬間、時の向こうに見えた桃源郷は、一瞬のうちに破壊された。
ジンの目の前には、モニター越し、遠ざかっていくドムの姿が見えた。動揺して、やはり一瞬、機体を止めてしまっていたらしい。
(あいつ、邪魔しやがって……!)
ここにはいない同期の女に、胸の内で悪態をつく。
『追うな。帰りの推進剤がもたん。』
ケーンが制止に従い、機体を止める。間もなく、上空にガンペリーが迎えに来る。ガンペリーのいる高度まで、バーニアで無理やり上がらねばならない。
(なんだったんだ、あれは……。)
感じたことのない感覚、そうだ、快楽に近かった。今まで、破壊でしか感じたことのないものを、予期せぬことで感じたことに、そして、その正体がまったく分からないということが、ジンを戸惑わせた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……戦場で、遊ぶのはやめろ。」
作戦が終わり、基地に戻ると、”デューク”が釘を刺してきた。
「これまでは性能差で何とかなったかもしれんが、今日のような腕利き相手では、その舐めた態度が命取りになる。」
こいつ、普通に喋れるのか、と思うと、そのことが癪に障った。しかし、指摘は最もだ。ジンはいつも通り、従順な態度で応じた。
「申し訳ございません。確かに、機体性能を過信しすぎていました。」
「……。」
何か言いたげだったが、”デューク”はそれ以上何も言わなかった。
自分の擬態は、案外うまくいっていないのだろうか。トニーにも、”デューク”にも、自分の本性が見抜かれている。
だとしても、構わない。
ここ、北米は、もうひと暴れできそうだ。
俺と、”レッドウォーリア”の、”遊び場”にはちょうどいい。
【#30 Unknown / Dec.4.0079 fin.】
第3部、テキストはだいぶ書き進めて、最終決戦近くまでストック済みです。そろそろ登場予定のニューヒロインの力で、ぐいぐい進みましたが、サイコホラーテイストを帯び、ダークな展開が続きます。ここまでお付き合いくださっている、読者の皆様についてきていただけるのか、ちょっぴり不安です(gundam-kao10)
が、ミヤギとヘントが主役になる予定の第4部に向け、重要な部になるので、描き切りたいと思っています。どうか、最後までお付き合いください。
・
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#interlude Fever
or
#31 Demon slaver
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しもお待ちしております。
オリジナルストーリー第30話
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いつも オリジナルストーリーありがとうございます! 小説書くの大変だと思いますが 次回も楽しみにしてます
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想・誤字脱字の訂正など、ぜひお気軽にお寄せください。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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