「意外と広いね。」
コクピットシートの後ろの、わずかな隙間に身を縮こめ、カルアが言った。念の為、ノーマルスーツを着せられてはいるが、手足はもちろん拘束されている。
レッドウォーリアのコクピットは、視界が前方にドーム状に広く、コクピットシートの後ろにも、人一人が潜り込める程度の余裕がある。コアブロックシステムはオミットされているものの、次世代機用コクピットモニターへの移行に向けた技術が取り入れられている。
『準備はできたな?』
出撃前のハンガーで、ジン・サナダ曹長といつものように個人通話に興じるべく、トニー・ローズ曹長が回線を開いた。
『一か八か、なんて言ってもさ。お前の腕とその機体の性能なら、どんな敵が来てもイチコロだろう。』
「どうかな、カルアが一緒に乗っているから、いつものようにはいかないかも知れない。」
『惚気るな、そんないい女とタンデムなんて、てめえだけいい思いしやがって。』
トニーの声はあからさまに敵意を含んでいる。トニーの人生の目標の一つが、顔かスタイルのいい女と寝ることであるのは、これまでの彼とのやり取りからも明白だ。カルアはそのどちらも満たしている。つい数日前まで、キョウ・ミヤギの男に向けられていた感情の矛先が、自分に向いているとジンは感じた。
「不快に思わせてすまないな。戦いが終わって落ち着いたら、ルナ2でオペレーターをやっていた娘を紹介するよ。たぶんお前の好みのタイプだ。」
ジンは、適当なことを言ったが、トニーは、忘れるなよ、と念を押して、機体をトレーラーに乗せた。声色から機嫌を直したように感じられた。
「カルア、大丈夫か?」
シートの後ろ側に首を伸ばし、ジンは、恋人を労うような優しい声を出した。トニーに聞かれると面倒なので、こちらからの回線は一度切っている。カルアの前では、彼女を思いやる心優しい恋人に擬態するのが、ジンの新たな習慣となった。
「平気。あなたと一緒にいられるなら。」
カルアも、陶酔した表情と声で応える。こいつのニュータイプ能力は本物だと思う。ジンの本心も、とっくに見抜いているはずだが、彼女もまるで舞台劇でも演じる女優かのように、恋する乙女になりきっている。
「ねえ、ルナ2の女って、何?」
カルアは膨れつらを作る。
「何って、ここにくる前の同僚だよ。何度か食事をした。」
「ふーん……そいつ、ジンに気があるんだ。」
「どうかな。誘ってきたのは確かにどちらも向こうだったけど。」
「気がなきゃ誘わないよ。ハンター気取りで、ワンチャン狙いの男たちと、女は違う。」
カルアのような境遇でも、こんな普通の発想ができることが、ジンには驚きだった。
「安心してくれていいよ。カルア以外に興味はない。」
「今はね。前はどうかなんて分かんないよ。」
困ったな、と、苦笑いを浮かべてみせると、自分たちが本当に、普通の学生のカップルかのように思えてくる。カルアを調略するために始めたこの新たな擬態は、思いの外ジンに楽しさを感じさていた。
「なら試しに俺の心を覗いてみればいいさ。君なら全部、分かってしまうんだろう?」
「しないよ。せっかくお互い楽しんでるんだから、もう少し、続けよう。こういうの。」
やはり、ジンの態度が”擬態”に過ぎないことは見抜かれている。
ねえ、とカルアが猫撫で声を出す。振り向くと、瞳を閉じている。ジンは、ヘルメットを脱ぎ、そっと口接けてやった。
後頭部がしびれるような快感を味わいながら、どちらが相手の思惑に付き合っているのか、分からなくなってきている自分に気づく。”デューク”の言うとおり、この女に絆されてしまっているのかもしれない。
「あ……来る。」
唇を離すと、うっとりとした目つきのまま、カルアが呟く。3秒後、斥候が敵の進軍を始めのを確認したと、通信が入る。
情報が来るよりも、カルアの察知の方が早い。やはり、本物だ。
今回は、陸路で迎え撃つ。G13部隊に加えて、増援で合流したジムも1個中隊を引き連れる。敵も動員できる戦力は、せいぜいMS中隊1個程度らしい。数が同じなら、武器の性能の分、こちらの戦力は実質の倍がけだ。負けることは、まずあるまい。
ジンは、ヘルメットを被り直すと、一度、カルアの存在を思考から消し去った。
~~~~~~~~~~~~~~~
『……ジン・サナダは、危険だ。』
"デューク"こと、クリント・トーゴ少尉からの個人通話に、ケーン・ディッパー中尉も同意する。
「ああ、互いの狂気に、当てられているな、二人とも。」
『不審があれば、撃つぞ、俺は。』
"デューク"なら、それが出来るだろう。
「そうならないことを願おう。それに、敵にも手練がいる。」
まずは、目の前の敵に集中しろ、と言う意味のことを言ったつもりだった。だが、"デューク"の懸念は分かる。獅子心中の虫、というか、ジンの狂気と、この作戦提案は、どう考えても正常ではない。
だが、コヴ少佐だ。
事務処理は遅く、積極的に兵と交わる気質でもない。現場からの信頼は薄く、上層部からも仕事のできないお荷物扱いだが、戦争では生き生きする男なのだ。抜群に冴える勘で、大胆な作戦を成功させてきた。その男が、ギラつく眼光を見せたことが、ジンの提案に賛成させるだけの非合理的な確信をケーンに持たせた。
(俺も、この戦場の毒気に当てられている……。)
そう考えた直後、
(大丈夫。その狂気に身を委ねればいい……。)
カルアの、少女のような、無邪気な声が頭に響いた気がした。
ケーンは、僅かに目眩を感じた。
■■■■■■■■■■■■■■■
どうやら、敵はカルアを前線に連れて来るらしい。グレンの赤いザクが狙いで、カルアを餌におびき出すつものようだと、敵のスパイから、情報が入る。いや、グレンという英雄気取りの男の性格を見抜いて、あちらから故意に流された情報ではなかろうかと、アイザック・クラーク中尉は思った。だとしたら、カルアが喋った。こちらの情報は、どこまで伝わっているだろうか。
「やはり、わたしは神に選ばれた英雄だな。向こうから、おとぎ話の悪役を買って出てくれるとは。」
情報を聞いたグレンは嬉しそうに言うが、カルアを乗せて前線に出てくるのは、例の”赤鬼”だと言うではないか。
「あんたの腕じゃ、あいつは落とせないでしょうが。」
アイザックが吐き捨てるように言ってから、グレンの前を通り過ぎていく。昨日、テキサスの荒野で拾ってきた新型MS、MS-14ゲルググには、アイザックが乗ることになった。”赤鬼”にとどめを刺すとすれば、自分がその役目を担うことになるだろう。
(さて、俺の腕と、こいつの性能で、どこまで食い下がれるかな。)
ハンガーから機体を出し、地表を少し滑らせてみる。ザクやグフのように、歩行主体の機動だが、下半身各所に設置されたバーニアをふかせば、ホバーの真似事もできそうだ。俺好みだ、と思った。これなら、少しはやれるか、と思った矢先、先日自分の目で見た”赤鬼”の猛威を思い返す。
(彼ならちゃんと殺してくれるわ。あなたが望ように、死力を出し尽くした戦いの果てに。)
同時に、カルアの熱っぽい囁きも蘇る。
本当か?
ビームもある。
機動力も申し分ない。
だが、本当に、それで、あのバケモノに太刀打ちできるのか。
アイツの戦い方には、機体性能やパイロットの技量以上の、不気味なプレッシャーを感じた。機体そのものなのか、パイロットになのか、とにかく"赤鬼"には何かがある。そう、まるで、夢うつつに狂気を囁くカルアのような不気味さだ。
(”赤鬼”の中に、あいつがいるだと?)
ふと、これから向かう戦場のことを思う。
なんだそれは。
バケモノが、バケモノを抱き込んで、俺たちを待ち受けている。
「地獄じゃねえか……。」
本当に、一刻も早く、こんなところから抜け出したい。誰か、俺を宇宙に帰してくれ。
全軍に、出動の号令がかかる。赤いザクを先頭に、巨人たちが列をなして荒野を進む。こいつらは、一体何を思って死地へ向かうというのか。いや、それは、俺も同じだ。アイザックは、自分ももうとっくに壊れているということを自覚してしまった。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「来たよ!来たよ、来たよ!」
シートの後ろで、カルアが歓声をあげる。
「黙ってろ、舌を噛むぞ!」
目の前のザクの腹に、ビームライフルで風穴を開ける。
「素敵!壊してるとき、そういう顔してるのね!」
首を伸ばして、ヘルメットの中の横顔をのぞき込もうとしてくる。
「おい、邪魔だ!」
「ほら、右!」
今度はドムだ。レッドウォーリアは右のバズーカで敵機を粉砕する。カルアや、アイザックとかいうのが乗っていた黒いドムではない。
「少佐やアイザックは来ないのか!?」
「分かんない、みんな飛び回っているから、感じない!」
「分かったら教えろ!」
言いながら、敵陣のさらに奥へと機体を走らせる。
『”チェリー”先行しすぎだ!』
ケーン中尉から通信が入るが、ジンは機体を止めない。
「だって、赤いのと俺との、一騎打ちをお望みでしょう!」
「”チェリー”って、コールサイン?」
カルアが楽しそうに笑う。
「そうなの?」
「うるさい!」
「そうなんだ!可愛い!」
「うるさいと言った!」
「あ、来た!」
カルアが叫ぶ。
瞬間、あの時の、時が止まる感覚に没入する。 三方向から、他とは違う敵意が迫る。
群がる巨人の群れの後方に、明確な殺意が走っていた。
(わかる?真ん中が少佐。右がアイザック。左が大尉。)
(わかる。これは、なんだ?この感覚は?)
(あなたと、わたしの魂が、繋がっている——。)
(何?)
(あなたも、ニュータイプでしょう?わかる?ニュータイプの共鳴は、こうやって、時間も空間も支配できる——。)
(感覚が、拡張しているのか?)
(そう、二人で、全部壊そう——!!)
カルアの殺意が、いや、もっと、純粋な、破壊衝動が、レッドウォーリアを中心に、戦場全体に広がっていく。
(何だ!?)
ケーン、トニー、デューク、アイザック、グレン、ウォルフガング——他、この戦場にいるすべての兵士が、その毒気に当てられたように、動きを止めた。
「気色わりい!」
叫んだのはトニーだ。スピーカーを介さず、全員がその声を聞いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「悪霊め!」
戦場を包む狂気の中を、赤い彗星が疾駆する。
グレン少佐の狂気だけが、このプレッシャーの中で自由を得た。
「どっちが!!」
向こうから来てくれた。
やってやる。
ジンは、敵を串刺しにしようとビームサーベルユニットを起動させようとした。
「ごめんね、ジン。」
瞬間、カルアがシートの後ろから這い出してきた。なぜか、拘束が解かれている。
「ねえ、わたし、思いついちゃったの。ちょっと、あっちに戻るね。」
時間が止まっているのか——?
誰も仕掛けてこない。
「もっといっしょに壊そうよ。そのためには、MSが要る。ちょっと、もらってくるから、待ってて。」
ふっと微笑みを浮かべ、コクピットハッチを開ける。
「少佐!」
カルアが叫ぶと、ザクのコクピットも開いた。金色の長髪をなびかせた、青い瞳の美しい男が見える。ノーマルスーツは着ておらず、赤い、ジオンの軍服姿だった。
宙に飛び出したカルアを、ザクのマニピュレーターが優しく受け止めると、そのままカルアをコクピットへと運ぶ。コクピットの中で、"少佐"はカルアを抱き締めるように回収した。
「よく、戻った!」
「じゃあね、ジン!また会おう!」
待て、行くな、カルア——俺は——!
止まったままの時間の中で、赤いザクだけが、勢いよく後退していく。
「目的は果たした!全機、撤退せよ!」
赤いザクから、鼻につく気取った声が放たれた。
狂気の魔女に支配された戦場が、ようやく息を吹き返す。ジオンの巨人たちは、一斉に後退してしていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「なんだったんだ、今の感覚は……?」
ケーンは、コクピットの中で、息を切らしながら呟く。
現実のこととは思えない。前方には、ジンのレッドウォーリアが、力なく地面に四肢をついて、座り込んでいる。
「なんだ……まるでおとぎ話ではないか。」
敵は、本当にあの女を奪還するためだけに、あの規模の戦力をぶつけてきたと言うのか。囚われの姫を、救い出すために、派手な装束の騎士たちが敵地に踊り込んできた。そんな、馬鹿馬鹿しさだけが印象に残った。自分たち、G13部隊を含めた、15機でぶつかり、失ったのは、4機。敵も同程度の戦力をぶつけてきたようだ。こちらが食ったのは、先行していたレッドウォーリアが撃破した5、6機。いったい、彼らは、何のために死んでいったのか。これは、何のための戦いだったのか。
敵も味方も、正体不明の狂気に当てられたまま、虚しく、戦場を後にした。
【#34 The battlefield of madness / Dec.8.0079 fin.】
お気づきでしょうか。
学ラン風のドム、3機いたんですよ。
1機はカルア。これはロスト。
1機はアイザック。現在です。
あともう1機。初登場時は"3機のドム"と明記されていました。
パイロットは誰なんでしょうね??
まあ、第3部はこれ以上名前付きのキャラを増やす予定はありません。誰か、もう一人、腕利きのパイロットがいると思っておいてください。
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#35 Before the storm of the madness
獣は、狂った風を待つ——。
・
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心からお待ちしております。
オリジナルストーリー第34話
コメント
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どう展開していくのか、ムズムズするぅ
早い投稿お願いしますヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
毎回やすじろうさんに妄想させられてるので、ミヤギの娘妄想して睡眠不足なって下さい。
ご馳走いたします(笑)
再来週ぐらいキャノン投稿できると思います^o^
カルア奪還っ!!ナイス少佐、良くピリ付く空気感の中動けました!!カルアへの占有欲が戦場の皆を上回りましたね!!最後、カルアの良い事思い付いちゃった的な無邪気な笑顔素敵でした!!正座では無く残業終わり至福の読み物でした(*^▽^*)!!
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想・誤字脱字の訂正など、ぜひお気軽にお寄せください。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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