(見つけた、キョウ・ミヤギ!)
戦場にそぐわない、明るい調子の、女の声だった。
(あなたは……?)
(ジンは、まだあなたにこだわっている。)
ジン?ジン・サナダのことか?
(ジンはまだ、あなたのことを愛しているんだ!!)
(何……?)
ジン・サナダが、自分を、愛している——ミヤギにとって、そのフレーズはこの世で最も不快で嫌悪感のある響きを持っている。
(ジンはあなたを欲しがっているし、壊したがってる。)
(何を言っているんだ、お前は!?)
欲しがっている?壊したがっている?酷く身勝手な言葉と感情が、魂の奥底まで、不快に響く。
(……あなたを壊せば、わたしだけを愛してくれる——!)
強烈な殺意と共に、ミヤギにとっては矛盾としか思えないような、無垢な感情とが、ないまぜになって押し寄せる。ミヤギは、自分の魂がその奔流に飲み込まれ、窒息するような感覚を覚えた。
またか。
今度は、泥の中に引き摺り込まれて、息を止められるようなプレッシャーだ。
苦しい。
動けない。
またなのか。
さっきまでは、自在に宇宙を駆けて、敵を討つことができたが、また、お荷物に逆戻りか。
ヘントが傍にいる。
ヘントなら助けてくれる。
……だが——
「貴様らの、勝手な都合など……!」
ミヤギは、その、琥珀色の瞳を鋭く光らせた。
「愛、だと——貴様らは——……」
ジン・サナダが、わたしを欲しがっている?
ジン・サナダに愛されるために、わたしを壊すだと?
「違う……愛とは、そういうものじゃないっ!」
そうだ。
お前たちは、自分のためだけに欲している。
だが、違う。
彼は——
たとえば、命令に背いても、
たとえば、自分の決意に待ったをかけられても、
たとえば、傍にいられなくても、
自分の使命より、
自分の面子より、
自分の希望より、
その何よりも、わたしを、わたしのために、
今も待ち続けている彼の——
「自分よりも、相手を大切に思うことこそが——」
そうだ、それが、それこそが—
「それが、愛だろうが!!」
(黙れ!死ねっ!わたしとジンの愛のために、死ねっ!!)
「ジン・サナダになど、興味はないっ!」
もちろん、貴様にもだ。
そうだ。
わたしにとって重要なのは、彼との——ヘントとの未来だ。
そのためには、こんなところで止まっていられない。
お荷物には、戻れない。
こんな、身勝手な悪意に晒されて、怯え、足を止めている暇などないのだ。
彼への依存から脱し、自分の力で戦えるようになって、そうして初めて、彼から差し出された未来を受け取ることができる。未だ続くあのマジックアワーの中、決めた——与えられるだけでない、未来を、この手に——二人で——!
「遊ぶなら、お前たちだけで勝手にやれ!」
ミヤギは、止まった刻の中、絶叫する。
求め合えぬものを、愛などとは、認めない!
「どけ!わたしは……
——わたしたちは、前に進む——2人で!!」
凍った刻を叩き壊すように、ミヤギは、動き出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ミヤギに殺到する敵機の、激しい憎悪と敵意が、ヘントにも確かに感じられた。
これは、まずい。ミヤギがまた、戦闘不能に陥ってしまう。敵機は、あの時の獣のような黒い機体だ。あの性能では、行動不能の機体は一瞬で屠られる。
そこまで、一瞬で思考する。
ヘントは、敵機とミヤギの間に割って入ろうと、機体を動かしたが、同時に、ミヤギのジムもバーニアを噴射させた。
(動いた——自分で……!?)
ミヤギは、向かってくる敵機の脇腹に潜り込むと、イギーのように体当たりを喰らわせた。いや、違う。砂漠で、二人で出撃した時も、彼女は自ら突っ込んで、接近戦に臨んだ。狙撃だけではない。インファイトも、彼女の戦術には含まれている。
『宙域の外へ!』
ミヤギから鋭い声で通信が入る。サイド5の宙域内では、武器を使えない。宙域外なら、仲間もいる。
そうだ、そこまで押し出せば、武装した仲間の火器が使える。こいつとも、戦える。
ヘントは、理解した。黒い機体に取り付いて、一緒にバーニアをふかす。例の高出力サーベルがミヤギを切り裂かぬよう、ヘントは、右腕をがっしりと押さえ込む。
『邪魔するな!ヘント・ミューラー!!』
接触回線で、敵のパイロットの声が届く。女の声だった。
「その声、貴様……やはり、あの時の!」
レセプション会場で会った、あの不気味な女だ。ジン・サナダの名を口にしていた。
『キョウ・ミヤギを壊したら、お前も壊してやる!じっとしていろ!!』
女は、ヒステリックに喚き、機体をグングンと動かす。捕縛を振り払おうとしている。
「させない!」
『離せっ!』
やがて、宙域の外に敵機を押し出した。
『どけ、ヘント・ミューラー!』
今度は、甲高い男の声が通信機に飛び混んでくる。EFMP第1部隊のバギー・ブッシュ中尉だ。
「離れるぞ、キョウ!!」
黒い敵機から、自機を離すと、ミヤギの機体も腕を引くようにして連れて行く。
シュトゥルム・ザックが3機、ビームガトリングを容赦なく放ちながら突っ込んできた。敵機は、その火線の隙間を縫うように、ぬるぬると機体をかわした。
ヘントとミヤギの機体は、模擬戦用に武装の出力を抑えている。交戦しても不利だ。二人は急速に、敵機と距離を取る。すれ違うように、"イーグルス"のジムや、EFMPの予備機が殺到し、敵機を取り囲む。
(待て!逃げるな!!)
真空を引き裂いて、女の叫びが聞こえた気がした。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「待て!逃げるな!!」
逃げていくヘント・ミューラーの白い機体と、キョウ・ミヤギの青い機体を目で追いながら、カルア・ヘイズは絶叫した。
しかし、敵が押し寄せてくる。
ビームガトリングの黒い3機は、ハエのようにうるさく飛び回っていて墜とせそうもない。赤いジムも数機、旧型のくせに立ち回りがうまく、間合いに入ってこない。
「邪魔だっ!!」
迂闊に近づいてきたEFMPのジムを2機、引き裂いてみせた。ティターンズの機体は、新型のくせに遠巻きに見ている。さっきの模擬戦の、つまらない狙撃野郎の部下だろう。指揮官がつまらないクズならば、部下も腑抜けだ。
(イライラする……っ!)
かわすことはできるが、数がいるのがうっとうしい。こちらも1機では、攻勢に転じられない。
『何やってんだ!』
通信機に、粗暴な男の声が入る。
別の黒い機体が一機、飛び込んできてEFMPのジムを引き裂く。カルア機の手を取ると、凄まじい勢いで戦線を離脱する。
『終わりだ、帰るぞ!』
「まだ、アイツらが!」
カルアは駄々をこねる。
『この数は突破できない、今日は諦めろ!』
「やっぱり"2人"じゃなきゃ——!だめなんだ!!」
『あぁ!?』
「アイツらも"2人"だった!愛し合う2人でじゃなきゃ……ちゃんと、壊せない!あの時みたいには!!」
コイツは、何を倒錯していやがる、と、粗暴な男——アイザック・クラークは思うが、いつものことだ、と思い直した。
『その、愛する野郎が、呼んでるんだよ!』
(そうだ、カルア、帰ってこい——。)
カルアの頭に、遥か遠くから、愛しい、あの声が届く。
「なら……仕方ない。」
急に、落ち着きを取り戻した声になる。宇宙空間を切り裂くように、突如、ピンクに輝く閃光が走る。その光の中に飲み込まれるように、黒い2機は姿を消した——。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「ヘント、無事……!?」
通信機の向こうに、ミヤギは呼びかけた。
無事だよ、と、返事が返ってくる。
『ありがとう、助けられた。』
いえ、そんな、と、ミヤギは口籠る。
『帰ってきたようだね、"シングルモルトの戦乙女"。』
ヘントの優しい声を聞いて、ミヤギは、ああ、そうか、と呟いた。
「やった……やれた?わたし……。」
実感のないまま、ヘントの言葉と、自分の口から出た言葉とを反芻する。
機体を通して感じた、敵とぶつかった感触も、蘇る。
そうだーーそうだ。敵のプレッシャーから、ミヤギは、自力で回復した。
「戦えた、わたし……自分で……ヘント!」
ミヤギは、震える声で、ヘントに呼びかける。
「やれた、ヘント……わたし……わたし……!」
『ああ、分かっている……分かっているよ。』
スピーカーから聞こえるヘントの声が、コクピットに優しく充ちる。
『よく、頑張ったな。』
うん、うん、と、涙ぐみながらミヤギは返事をする。
『よく頑張った。君は自分の力と意志で、帰ってきた。』
ヘントのその言葉が、そう、彼が、自分の戦いを認めてくれることが、何より嬉しかった。
『君は、また戦える。おかえり、俺のヴァルキュリア……キョウ・ミヤギ。』
『動くな、ヘント・ミューラー、キョウ・ミヤギ。』
突如、甲高い、鋭い声が通信機に入る。
第1部隊、バギー中尉だ。
『貴様を逮捕する。コクピットを開けろ。』
威圧的なバギーの声と一緒に、他の2機も、ヘントとミヤギの間に割って入る。
『先ほどの敵機との直通会話、そしてキョウ・ミヤギとの通信は聞いた。キャバルリーの会話ログも確認させてもらっていた。』
まさか、と思ったがな、と、冷たい声で続ける。
『エゥーゴパイロットとの内通、ブライトマン中佐と共謀しての本模擬戦の無理な介入、敵機の手引きに、敵機パイロットとの内通……そして、キョウ・ミヤギとの結託と、戦闘行為への扇動。』
「言いがかりです!」
ミヤギが叫んだが、バギーは無視した。
『これだけの状況がそろえば言い逃れはできん。ヘント・ミューラー、貴様を叛逆罪で逮捕する。』
【#51 MIYAGI's counterattack - 3 / Oct.25.0087 fin.】
使わなかった画像は製作中へ!
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#52 “Der Process”
裁かれし者——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。















オリジナルストーリー第51話
コメント
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ミヤギの復活。ヘントとの未来をイメージだけどした事で脱しましたね😊
しかし、喜びも束の間、反逆罪😣 監視下にあるとは言え、無情ですね😭
戦えてしまったミヤギと捕らわれたヘント、果たして🧐
んー次回作品もめちゃ楽しみです😊
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
ベタかなぁ、と思いつつ、ヘント捕縛はどこかで入れようと思っていた第4部です(gandam-hand2)でも、捕縛しちゃうとその後大変なんですよね……どうやって脱出させるのか、或いは●すのか……笑
次回は、久々に”バーミヤ”が出ます(gandam-hand2)
ミヤギが壁を破った❗️と思った途端、叛逆罪に⁉️
オッスも出てきたし👍️
ホント面白いです‼️
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
今回は4部のクライマックスのひとつのつもりで書きました(gandam-hand2)
次はまた少しダレますが、ラストスパートに差し掛かっております。どうぞ最後までお付き合いください(gundam-kao6)
コメント失礼します。あらゆる思惑が絡み合った人間ドラマあってこそのガンダムシリーズだと思います。ジンとカルアは絶対ロクな目に遭わないだろうな、と思えます
コメントありがとうございます(gundam-kao6)
思惑と人間模様の第4部……のつもりで書いてきましたが、次回はまたまた思惑回でダレそうです(gundam-kao10)
ジンとカルア、3部でもあれだけのことをしでかして、AIからも今後罰を受けて然るべきと評価を受けているカップルです笑 ……が、最後に倒してしまうかどうか、まだ迷っております(gundam-kao10)
今後もよろしくお願いします(gundam-kao6)
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想、ぜひ!お聞かせください!コメント嬉しいです!誤字脱字の訂正なども、あったらこっそり教えてください笑
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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