「少佐には危険なお役目をお願いすることになりますが、よろしいですね。」
ハンガーに駐機中の、機体の足許で、ウォルフガング・クリンガー大尉が集まったパイロットたちを前に言う。ジオン公国軍グレン・G・モーレン少佐相当官は、無論だ、と応じた。やはり、ノーマルスーツは着用していない。
敵が、赤いザクを目標にしている。
ウォルフガング大尉の情報網が掴んだ敵の動向に、そういった情報があった。グレンのザクを囮に、敵の主力を引っ張り出して迎え撃ちにする。そのために、グレンのザクの存在を知らしめるべく、目立つところを飛び回らせる。
「迎え撃ちに、と言っても、我々の火力で可能なんですか。」
アイザック。クラーク中尉が口にする疑問。敵のMSは新型の装甲材を用いており、ザクの標準装備マシンガンでは歯が立たないという。ジオンでは、MSの携行に耐えうるビーム兵器の実装もまだ出来ていない。迎え撃とうにも、火力が心許ない。
「それには、秘策がある。」
妙に自信ありげに、グレンが言う。
「今日は、おそらく敵と接触しても、早々に引き上げることになるだろうが、数日待てば、必ずや。」
この素人は、何を言っていやがる、とアイザックは苛立った。秘策と言うものは、作戦の中核を為すもので、その完遂のために兵たちは命を懸けるのだ。そんなものがあるなら、はっきりと、明確に説明すべきだ。
「数日も待てませんよ。」
「待つんだよ、少佐の言うとおりなんだ。」
ウォルフガングもグレンに口添えする。
「明日には、行けますか。」
「分からんが、急がせよう。」
もったいぶりやがって、と、アイザックはますます苛立ちを募らせる。お前も含めて、いつ死ぬか分からんと言うことが、理解できないのか。
「連中の十八番はおそらく夜襲だ。」
実質的な指揮官である、ウォルフガングが作戦の確認を始める。
「幸い、現在我々のいる拠点は、後方の拠点との連携を前提とした二段構えの配置になっている。この後、我々グレン隊を含めて中隊2個を、後方の拠点に後退させる。」
おそらく夜半に、前方の拠点に夜襲が掛かるはずだ。夜襲の第1撃を、拠点に残った部隊が持ち堪える。そこに、後退していた部隊が増援として奇襲を掛け、挟撃の形を取る。
(無理だ。あの”赤鬼”が出てきたら、あっという間に殲滅される。)
結局は、第2撃を担当する自分達との正面衝突になる、と、アイザックは冷静に分析した。
(とにかく、逃げられる前に追いつくさ。)
敵は空挺奇襲部隊だ。目標を片付ければ、鮮やかに退く。そこに間に合うかが、この作戦の要だろう。
「自分を前衛の拠点に残していただけますか。」
作戦打合せでは、と言うか、普段から滅多に口を開かないカルア・ヘイズ軍曹が、ぼそりと呟く。あまり喋らないせいか、声帯が退化しかけているのかというようなか細い声のようだが、妙にはっきりと、皆の耳に響いた。
「なんだと?」
最も分かりやすく動揺の声を上げたのは、"愛人"のウォルフガングだった。
「敵が手強いのなら、せめて自分かアイザック中尉が前衛にいなければ、後衛部隊が合流する前に全滅します。敵が引き上げたところに合流しても、何の意味もありません。」
「駄目だ。お前とアイザックは、我が隊のエースだ。後衛の奇襲はお前たちがいて始めて成功する。」
どちらの言うことももっともだが、ウォルフガングの場合、カルアを自分の傍から離したくないという、稚拙な欲望が見える。アイザックはフン、と嗤った。
「でも、今日決着をつけるのではないでしょう?秘策とやらが到着しなければ、勝てないのなら、場合によっては合流前に引き上げることもあり得るのでは?」
「下士官ごときが、作戦の核心に口出しするな!」
普段は作戦でも寝屋の中でも、人形のように従順な"愛人"が、妙に食い下がることに苛立ち、ウォルフガングは声を荒げる。
「いいや、賛成ですね。この間も、助かったのは軍曹の判断のおかげだ。例の"赤鬼"が見えた途端に、退けと、なあ?」
アイザックがカルアに加勢する。軍曹はニュータイプかもしれないですよ、とも付け加える。
「軍曹が拠点の連中みんなを指揮するのは難しいと思いますが、ジョッシュ少尉あたりを指揮官に立ててやれば、まあ、格好はつくでしょう。」
どうだ、と、名指しされた少尉に声を掛けると、光栄です!と元気な返事が返ってきた。
「決まりでしょう、ねえ、少佐。」
アイザックは、ウォルフガングを無視して、グレンに詰め寄ると、ニヤリと笑った。
「気に入ったよ、中尉。」
グレンも、貴公子然とした美しい笑顔を浮かべ、許可しよう、と応じた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ありがとうございます、中尉。』
機体に乗り込むと、カルアが個人通話でアイザックに礼を述べた。
「何の礼だ。どう考えてもお前の具申が正しい。正直に言ってこの戦線はクソだ。命を懸ける理由がどこにもない。」
アイザックはぶっきらぼうに応える。カルアは、しばらく沈黙した後、現状にそぐわない明るい声で続けた。
『わたし、彼に会いたくて。』
「……あ?」
はにかみながら、つとつとと話す、その少女のような声を聞き、アイザックは思わず不審の声をあげた。まるで、コクピットの中で浮かべている柔らかな微笑みが見えるようだった。
『連邦のガンダム、例の"赤鬼"です。あなたは、感じなかったの?』
カルアは、うっとりとした顔でアイザックに問い掛ける。アイザックにはその顔色までは見えなかったが、異様な艶っぽさを帯びたその声に、思わずゾッとした。
『わたし、たぶん、生まれて初めて恋をしたの。前の戦いで、"赤鬼"のパイロットの存在を、はっきり感じたわ……ねえ、アイザック、あなたも、もう、どう死ぬかしか考えていないのでしょう。』
ここはバーや寝室じゃない。そんな猫撫で声を出して、こいつは、一体何を言っているんだ。
『彼ならちゃんと殺してくれるわ。あなたが望ように、死力を出し尽くした戦いの果てに。わたしが望むように、跡形もなく、粉々に壊して。わたしたちを、このくだらない戦場ごと。』
素敵でしょう?と、言うカルアの囁きに、アイザックは応えなかった。
どうやら、ここにはまともな人間は、自分しかいないらしい。
陽動のために、グレンのザクが出撃する。アイザックはその掩護のために、機体を走らせた。
~~~~~~~~~~~~~~~
夜襲に備え、パイロット達はコクピットの中で仮眠を取った。カルアは、コックピットの固いシートでも深い眠りに就ける。だが、どんなに深い眠りでも、敵の襲撃を感じれば、直ちに覚醒できるという特技を持っていた。孤児のころから、生き抜くのに精いっぱいだった。ニュータイプ的な感性と言われればそうなのかもしれないが、野生の獣の直感に近いように思う。どちらでも、カルアにとってはどうでもいいことだ。
(……来た——。)
カルアは、目を覚ました。露天駐機中の機体に火を入れ、グン、と小さく旋回させると、周囲のパイロットも目を覚ました。
『敵か?』
隣のザクに乗る、ジョッシュ少尉が尋ねる。レーダーは、まだなにも補足していないが、地上も空中もミノフスキー粒子の濃度が異常に高い。襲撃の予兆はある。
「ええ、もう、来ます。皆を起こしてください。」
『信じるぞ、ニュータイプ。』
少尉の応答も、カルアには聞こえていない。カルアは、目を輝かせて空を見上げる。
(来るのね、やっと、会える。やっと、殺してくれる!)
はやく、わたしの元に来てほしい。
この胸の高鳴りは、歪んでいても、間違いなく恋だ。
(この感覚、とっても嬉しい。とっても、気持ちいい。楽しいわ、わたし、いま、とても……。)
カルアは、今、生まれて初めて生を実感している。
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ガンペリーのカーゴの中でジン・サナダ曹長は、誰かに呼ばれるような違和感を覚えた。
(女の声——?)
もう、女性という言葉とキョウ・ミヤギのイメージが、固く結びついてしまい、離れない。ヘント・ミューラーとトニー・ローズが、下世話で生々しいイメージを俺に押し付けたせいだと、ジンは苛立つ。
通信機には、降下のカウントがコールされている。ジンは眉間に力を入れ、スロットルレバーをいつもよりきつく握って気合を入れる。
ゼロのカウント共に、機体を闇夜に放った。
(なんだ——?)
何が、か、分からないが、昨日までの戦場と雰囲気が違う。
『敵が既に展開している。』
通信機から聞こえるケーン・ディッパー中尉の声は、いつも通り冷静だったが、わずかな動揺があった。
ここまでのこちらの戦い方から、夜襲を主体とするこちらの戦術に、敵が適応してくることは十分予想はできた。だが、地上から上ってくる火線を見ると、まるでこちらの布陣を把握していたかのような場所から反撃してきている。
恐らく敵の主力はザクが中心だ。レッドウォーリアとナイトシーカーの性能ならば、注意を払えば余裕を持って対応できる。部隊の誰もが、これしきの逆襲で算を乱す程、惰弱なパイロットではない。
ジンは、バーニアをふかして機体を横に滑らせる。地表に並んで、マシンガンを天上に撃つザクが3機見えたので、空中からビームライフルで狙撃した。
(他愛もない、無駄なことを!)
どんな小細工を弄しようと、ザクごときでは何機揃えようと、俺を止められるはずがない。
ジンは、機体を着陸させると、次の獲物を求めてレーダーとモニターに視線を滑らせる。
(見つけた——!)
レーダーに反応するのと同時に、いや、それよりもコンマ数秒早く、ジンの精神に、ダイレクトに思考がぶつかってきた。女の声だ。それも、少女のように、明るく、無邪気な感覚だ。まるで、テーマパークに連れてこられてはしゃぐ、子どものような気配がぶつかってくる。
「遊びにきたのか!?戦場だぞ!?」
”デューク”から釘を刺された自分のことを棚にあげ、ジンは思わず叫んだ。
(なんでさ、遊んでよ、わたしと!)
少女の声が応える。
(相手にも、聞こえているのか!?俺の声が!?)
(聞こえるよ!待ってたんだ、昨日から、ずっと!)
言われて、モニターに映っているのが昨日の黒いドムだと気付いた。よく見ると、胴体の中央には金の釦のような意匠が並んでいて、軍服か学生服のように見えた。
「ふざけた格好で、ふざけたことを——!」
ジンは吐き捨て、距離を取ろうと後退する。こいつには接近しすぎると、狂気に当てられる気がした。
背後から、敵意を感じた。迫ってきたザクを2機、ビームライフルで撃ち抜き、またすぐ機体を反転させる。さっきのドムが、バズーカを2発放って迫る。ジンはかわして、いつもの癖で距離を詰めた。
(壊してしまえば、黙るだろう!)
ビームサーベルユニットを起動させる。
(いいよ、殺してよ、思い切り、気持ちよく——!)
予想を完璧に覆す反応に、ジンは思わず動揺した。ビームサーベルの刃を仕舞うと、ドムと組み合う姿勢になった。
「何なんだ、貴様は——っ!!」
■■■■■■■■■■■■■■■
『何なんだ、貴様は——っ!!』
機体同士が接触したため、直通回線がつながってしまったらしい。敵パイロットの、狼狽えた声が、カルアのいるコクピットに響いた。ウォルフガングとは違う、若々しさを感じさせる男の、張りのある声だった。
『昨日の”アレ”も、貴様かっ!?』
魂が揺れているような、震える声に、愛おしさを感じる。
「あなたも、感じていたのね……可愛いよ、そういうの。」
カルアは、うっとりと目を細める。敵のパイロットの心が、解け合うように自分に入り込んでくるように感じた。ウォルフガングとの、麻痺した関係よりも、ずっと生々しい快楽が、カルアの肉体と魂を満たす。
『ふざけるな、貴様、俺に、勝手に——何なんだ、一体!!』
「怖がらなくていい。わたしたちは運命でつながれている。」
『おかしいぞ、貴様!』
「愛や恋なんて、おかしくなくちゃできないでしょう!?」
■■■■■■■■■■■■■■■
何だ?
何を言っている、こいつは?
ジンは、自分を上回る狂気に対面し、完全に狼狽していた。
『”チェリー”、何をしてる!』
”デューク”の声に、ハッとする。気づくと、敵機の後ろから、”デューク”のナイトシーカーが表れ、ビームガンを構えている。
ドムは通信が入るより早く、レッドウォーリアを振りほどくと、鋭い機動を取って”デューク”の狙撃をかわした。”デューク”が外すのを、ジンは初めて見た。
(邪魔をして——!!)
敵の女の、ヒステリックな叫びが、また頭に直接響いた。
”デューク”は敵機に直接当てるのではなく、追い詰めるように敵機の機動を防ぐ位置に射撃を続ける。
『”チェリー”とどめはお前だ。』
本当は、バズーカかライフルで撃ちぬくべきだった。だが、ジンはビームサーベルユニットを起動させると、敵機のバズーカを持つ右腕と、続けて両脚を薙ぎ払い、戦闘不能に追い込んだ。
(ヘント・ミューラー、お前のつまらんデータが、初めて役に立ったぞ。)
地上に青天井となった敵機に向け、”デューク”がとどめの一撃を打ち込もうとしたが、ジンは、わざと射線に割って入った。
動揺したのは確かだ。
だが、なんだ。
こんなに無遠慮にぐいぐいと、自分の心に入ってくるやつは、一体どんなヤツだ。
ジンは、敵に対する微かな興味を覚えると共に、奇妙な高揚感を感じながら、無力に寝転ぶ敵機を見下ろした。
ドムのコクピットをこじ開け、パイロットを引きずり出す。抵抗しないよう拳銃を突きつけ、拘束して捕虜にする。
「やっと会えた。」
敵のパイロットは、上気した頬と、潤んだ瞳を向けて囁く。
「殺してほしいと思っていたけど、ごめん、興味がわいちゃった。ねえ、もう少し一緒にいよう。」
倒錯した囁きは無視した。こいつは間違いなく狂人だ。
『第2撃が来るぞ。』
周囲を警戒していた"デューク"の通信を聞き、ジンは捕虜にした女を引きずり、コクピットの端に押し込めた。
『上空にガンペリーが迎えに来ている。帰るぞ。』
"デューク"の指示で、機体を宙に浮かせる。
「ねえ、聞かせてよ、あなたのこと。」
相変わらず、わけの分からないことを楽しげに話し続けている。女の囁きを無視しながら、ジンは、なぜこいつを殺さなかったのだろうと考えた。
【#32 Lovesickness and madness / Dec.5.0079 fin.】
・
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#33 Pison
その毒は、魂に、まわってゆく——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。
オリジナルストーリー第32話
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技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
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