二人で、楽しく踊ろう。そして、行けるところまで、行こうよ——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
特務G13MS部隊は、夜襲を得意としている。今回も、真夜中を回ってから出撃して行った。
「夜明け前には作戦は完遂するかな。」
予備戦力としてパイロット用の控室に待機中の第22遊撃MS部隊所属のヘント・ミューラー少尉は、作戦指示書に目を通しながら、呟いた。
「うまくいけば、マジックアワーを目にできる。」
「何だよそれ。」
イギー・ドレイク少尉があくびをしながら応じる。
「知らないんですか、イギー少尉。」
珍しく、”地球文化・文学オタク談義”に、キョウ・ミヤギ少尉が加わる。知らん知らん、とイギーは取り合わない姿勢を見せたが、解説の機会を奪われたミヤギの不満そうな顔が見える。
「……はいはい、聞いてさしあげればいーんでしょ。」
どーぞ、と、イギーが言うのを見ながら、ヘントがくすくすと笑っている。
では、僭越ながら、とミヤギは口角をあげる。
「日没後や、夜明け前、つまり、太陽が水平線に対して0度から6度までの角度に位置する時間帯で数十分見られる現象のことです。空が幻想的な色に輝いて、それは美しい光景が見られるんです。」
ウェブ上の知識を丸暗記したみたいなセリフだな、とイギーが茶化す。それは失礼しました、と言って、ミヤギは引き下がった。蘊蓄を披露し終えて、満足したらしい。
「要するに、夕焼け小焼けね。」
今回は夜明けだがな、と、ヘントが補足する。
「コロニーでも、太陽光の調整をして再現することもありますが、本物は違うでしょうね。」
再び、ミヤギが会話に加わる。
「地球に降りてきてからは、そういうことに気を向ける余裕はありませんでしたが、そっか、地球なら本物を見られるんだ。」
ミヤギの瞳が、期待の光を帯びるのを横目に、イギーが話題を変える。
「先に出た部隊の装備や練度、敵との兵力差を見ても、まあ、作戦の失敗ということはまず心配はなかろうが……」
背伸びをしながら続ける。
「お前らがそうやっていちゃつくの、俺はもう構わんが、一応ここは戦場だ。前線に出ていく連中の前では、少し気を遣えよ。」
珍しく、イギーが真剣な口調で釘を刺す。ミヤギが気まずそうに口をつぐんでしまったので、ヘントが話を引き継ぐ。
「それは、そのとおりだ。後方での任務のせいで感覚が鈍っていたかもな。」
席を立ち、ミヤギの横に立つ。
「ミヤギ少尉もあまり気にするな。これから気を付ければいい。」
「だから、そういうのを言っている。」
「お前の前では構わないと、お前が言った、さっきな。」
イギーの方を振り返ると、にやりと笑う。
「くそ、ホントにやるようになりやがって、プレイボーイが。」
「なんならキスでもしてみせようか?」
ヘントにしては随分と攻めたことを言う。訓戒を述べながらも、2人も、まあ、それなりに順調なのだろうと、イギーは微笑ましく思う。
「いえ、イギー少尉のご指摘に従いましょう。ここは、気を引き締めます。すみません。」
いつものように耳まで真っ赤にして慌てるかと思いきや、意外な成り行きに、二人とも目を丸くした。
「……どうした?」
ヘントも少しの落胆と、微かな違和感に、思わず尋ねる。
「あ、いえ。何でもありません、大丈夫です。」
そんな顔しないでください、と慌てて言う。
「そう言うことは、人目のないところで……ね?気をつけましょう?」
小声で囁くのを、イギーは笑いながら、ほら、そういうのだっての、と茶化す。
「でも、ホントに大丈夫なのか?お前、最近顔色悪いぞ。」
イギーも心配しているらしい。
「とにかく、作戦の成功を祈ろう。そうすれば出撃もしなくて済む。然る後に、マジックアワーだ。」
その時は、イギーも付き合うんだ、とヘントは軽く微笑んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~
(何だ?先鋒の様子がおかしい……?)
陸路から進軍中の地球連邦軍MS中隊を率いる、ジェームズ中尉は、戦場の空気が揺らぐようなプレッシャーを感じていた。G13部隊の攻撃は予定どおり始まっているはずだ。遠く前方の地平が、火灯りでほのかに明るくなっているのが見えた。
だが、なんだろうか。
言葉にできない不吉な感じが、その火灯りから漂っている。兵士のそういう勘は、当たるものだと、ジェームズ中尉は知っている。
突如、暗闇の中から、一つ目の巨人たちが踊り込んだ。
「やはりか!」
敵の陸戦隊の夜襲だ。ジェームズ中尉の隊は応戦するが、敵は闇夜の戦いに慣れている。木々の群れと、闇夜に紛れながら、巧みに攻めてくる。
(だが、火力はこちらが上だ!)
ザクのマシンガンでは、決定的な火力が足りない。こちらはビーム兵器を携行している。
闇夜の中、機体を走らせながら照準を絞ろうとしたが、横合いから激しい衝撃がジェームズを襲った。
闇夜に溶け込むような、暗い青いグフがぶつかってきていた。そいつは、倒れたジェームズの機体のコクピットに、持っていた剣を深々と突き刺した。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
(連邦のMS隊も練度が上がってきていると聞いていたが……。)
さして手応えがなかったと、ジオン公国軍”ナハト・イェーガー”ことウォルフガング・クリンガー大尉には感じられた。
『意外と大したことありませんでしたね。』
別動隊を率いてきたアイザック・クラーク中尉も、同じことを感じたらしい。合流するなり、そんなことを口にした。
『どうも、後方の様子がおかしいと思いますね。』
ただの勘ですが、と前置きをしながらも続ける。
『この間、カルア軍曹の奪還作戦のときと同じだ。不気味なプレッシャーを感じる。』
「おう、やはりか。俺もだ。感じるな。」
『カルア軍曹は上にあがったんでしょう。大丈夫なんですか、”赤鬼”と接触しているはずだ。』
先日の、あの、戦場を覆いつくした気味の悪いプレッシャー。あれは、カルアを乗せた敵の赤いガンダムから発せられていた。
(あれが”ガンダム”ならば、ニュータイプ用の兵器ということか……?連邦はジオンよりも、研究が遅れていると聞いていたが……。)
ウォルフガングは一人、考える。
いわゆる”ニュータイプ”と呼ばれる特殊なパイロットの、脳波を増幅させて兵器に転用する。軍部内には、そんなことを本気で研究している部門もあると聞く。現場の兵たちの間では、オカルトじみた噂話とばかにされているが、かつては地球外生命体の存在を、軍が予算を組んで研究していた時代もあるのだ。そうそうばかげた話でもないのかもしれない。実際、ジオンには、エスパーのような兵士についての研究機関があるのだ。まだ宇宙にいた頃、ウォルフガングはその研究員たちを見たことがあった。
「とにかく、一度退がるぞ。」
ウォルフガングは、部下に号令をかける。今は、得体の知れないエスパーや、その研究機関について考えていても仕方ない。ここは戦場なのだ。
敵の陸戦隊は阻んだ。空挺奇襲部隊は、陸戦隊ほどの数はいないはずだ。カルアがうまく立ち回っていれば、壊滅できるかもしれない。
(運が向いてきた。)
ここで、敵を退けられれば、宇宙に帰れるのではなかろうか。こんな不潔な地球の大地で、アホのボンボンと一緒に心中はしたくはない。そう言い放ったアイザックの気持ちは、ウォルフガングにだって理解できていた。
「カルアは、幸運の女神かもしれないな。」
ウォルフガングが呟くと、アイザックは、何言ってんです、と呆れた声で応じる。
『同じ女神でも、混沌の女神の類だ、アレは。後方の戦線なんて、どうなっているか分かったもんじゃないですよ。』
~~~~~~~~~~~~~~~
『助けてください、中尉!』
森の中に分け入るや、ザクが逃げるようにこちらに駆けてきた。後ろから、ゆっくりと、赤いMSが姿を表し、ザクを後ろから撃ちぬいた。どうやら、拠点に残してきた連中は、こいつにやられたらしい。
拠点に到達しているはずの敵を、守備に残した戦力と挟撃する算段だった。さらに立体的に攻めるために、ウォルフガングの隊とは、一度別れていた。
「出てきたな、”赤鬼”!」
アイザックが叫ぶのを聞いて、味方が一斉に散開する。
闇に溶けるような見事な散開だったが、”赤鬼”は全て見えているかのようにあっという間に3機を撃ちぬいた。
アイザックは動揺しながらも、とにかく動け、と残った味方に喝を入れた。
”赤鬼”は、闇の中に飛び込むと、ぴたりとザクに機体を寄せ、ビームサーベルで切り裂いていく。お前は最後だ、と、言わんばかりに、アイザックの機体には目もくれない。
(遊んでいやがる——こいつ!)
アイザックは、”赤鬼”に向けてバズーカを放ったが、かすりもしない。
”赤鬼”が、こちらを向く。火器を放たず、推進剤を思い切り噴射させ、組み付いてきた。
『貴様は、腕が立つな。』
接触回線で通信が入る。ひどく虚ろで、危なげな声だ。
『貴様も、カルアを弄んだヤツの一人か?』
「あぁ!?なんだ、てめえは!?」
そういえば、カルアはどうなった。こいつにやられたのか。それとも——
『貴様もカルアを、モノのように扱ったのかと聞いているんだ!』
「うるせぇな、そんなこと聞いてどうすんだ!!」
『カルアを傷つけるモノは、全て壊スと言っていル!!!!』
怒り——?こいつは、怒っているのか?呂律が回っていない。
"赤鬼"が、何か攻撃を仕掛けようと、抑え込んでいた手を離す。その隙をつき、全力で機体を退がらせる。
(カルアと言ったな、アイツら、やはり——!)
どういう繋がりかは分からないが、やはり通じていた。この戦場の異様な混乱も、こいつらが作り出している。
考える暇も与えず、"赤鬼"は追撃を続ける。
(話が違うぞ、カルア——ここまでやるのか、こいつ……!?)
以前、カルアは、アイザックが望むように、力を出し尽くした戦いができると言っていた。だが、どうだ。”赤鬼”の猛攻撃を、ぎりぎりかわすので精一杯だ。
気づけば、僚機の反応はことごとくロストしている。
(俺も、もう無理だな……。)
稲妻のような軌道を取りながら、なんとか敵の砲撃をかわしていたが、バズーカ砲のナパーム弾に機体を焼かれ、アイザックの意識は途絶えた。
~~~~~~~~~~~~~~~
拠点まで後退したウォルフガングは、炎に包まれた戦場のその異常さにすぐに気がついた。
敵はいなかった。ここに来るまでに、敵MSと、それを空輸してきたと思しきカーゴ型航空機の残骸もあった。カルアが、空でうまくやったのだろう。敵を壊滅させたか、退けたらしい。
だが、味方もいない。
味方も悉く、その無惨な亡骸を大地に横たえていた。
不意に、味方の反応を示すアラートが鳴る。
「カルアか——?」
呟くと、炎の中から、光帯が勢いよくこちらに向かって伸びてきた。
それが何であるかを理解する間もなく、部下が3機撃破された。
『おかえりなさい、大尉。』
通信機に、カルアの声が入った。
今のは、グレン少佐の"秘策"、ゲルググのビーム兵器だ。カルアが、撃ったのか?
炎の中からゆらりと現れたゲルググは、ビームライフルを無造作に3発放った。瞬く間に、また3機、火を吹いた。
「貴様!?」
ウォルフガングはようやく、自分の"お気に入り"が敵に寝返ったことを理解した。残った部下の3機も、ゲルググを囲い込もうと散開する。
今度は、背後から、閃光が襲う。
「何っ!?」
ウォルフガングは、機体を反転させる。赤い機体が、勢いよくこちらに突進してくる。
「貴様ら……っ!」
2機は、示し合わせて自分を追い詰めている。
(ここにくるまでの、敵も、味方も、こいつら二人で葬ったと言うのか?あの数を——拠点に残してきた連中も——!?)
人間業ではない。動機も、経緯も、理解できない。
先ほどの、アイザックの言葉を思い出す。アイザックの言うとおりだ。カルアは幸運の女神などではない。混沌の化身、いや、この戦場を支配している、混沌と狂気そのものだ。
部下は全滅している。2機は、ウォルフガングの機体の周囲をぐるぐる回って牽制を続けるが、撃破しようとはしない。
(なぶり殺しにするつもりか……?)
ウォルフガングは、自身の行く末を思い、全身の血の気が引いていくのを感じた。これまで、物のように扱ってきた相手に、今度は、自分がおもちゃのように痛ぶられている。
(報いを受けるのか……だが、なんの報いだ?)
俺よりも、もっと狂った、人間の所業に背いたような、残忍な連中はいたじゃないか。これは、戦争なんだ、と、自分自身に言い訳をする。しかし、何に対しての言い訳だろうか。
機体に刻んだ狼の紋様が、虚しく輝く。
ウォルフガングはもはや、闇の戦場を駆ける猛々しい獣などではない。闇夜を這い回る、惨めな敗残兵に過ぎなかった——。
【#37 The mad beauty and the crimson beast of the madness / Dec.10.U.C.0079 fin.】
今回のポイントはミヤギさんのドヤ顔です笑
ヒロイン対決、間も無く終了です笑。
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#38 All you need is ...
あなたに、望むものは——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。
オリジナルストーリー第37話
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