ジオンの拠点を攻めていた部隊が、一切の連絡を絶った。
壊滅していることも懸念された。予備戦力だった第22遊撃MS部隊が、前線への偵察に出ることになった。ハンガー内が、俄かに慌ただしくなる。
「ヘント・ミューラー少尉。」
機体に乗り込もうとしたところを、ラッキー・ブライトマン少佐に呼び止められる。
「戦場では、キョウ・ミヤギ少尉から離れるなよ。」
「何ですか、藪から棒に。」
先ほど、イギーからも二人の仲について”訓戒”を受けたばかりだ。
「そういうのじゃない。聞いてないのか?」
ヘントは思わず眉をひそめた。
「そうか。詳しいことは、ちゃんと彼女から聞け。いいから、とにかく、離れるな。いいな、言ったぞ。」
それだけ言って立ち去ろうとする。
「……何です?」
切羽詰まった様子だが、妙にはぐらかすような言い方が気になり、思わずブライトマンを呼び止める。
「説明が難しい。」
ブライトマンにしては珍しく、受け答えに要領を得ない。
「何と言うか……お前がいないと、戦えないと思う、彼女は。いれば、大丈夫だ。」
要領は得ないが、真剣だった。ならば、信じるしかない。分かりました、と返答する。
お前がいれば大丈夫だ、とブライトマンはもう一度呟くが、ヘントに、と言うよりも、自分自身に言い聞かせているように見えた。
「この戦場は異常だ。」
最後に、そう呟く。それについては、ヘントも完全に同意できる。
「十分に注意してくれ。俺は、お前らの誰も死なせたくないんだ。」
~~~~~~~~~~~~~~~
『どういうことだ?』
イギー・ドレイク少尉が怪訝な声をあげる。
戦場には、敵も味方も関係なく、MSの残骸が転がっていた。
生き残っている者は、いない。
「後方に報告の必要があるな。」
率いてきた小隊は4個。そのうち1個を、輸送してきたガンペリーのところまで後退するよう指示する。残った3個小隊は、散開させ、生存者の捜索に当たらせることにした。ガンタンク隊として稼働していた”ライオンズ”も、ジムに乗り換えている。
ヘントは編成を指示する。イギーと、スコット・ヤング軍曹に、それぞれ小隊を率いさせ、自分の小隊にはジムを一機とミヤギを付けた。
『お前さぁ……。』
イギーが呆れた声を出す。
「すまん。私情ではないということは理解してくれ。」
まあ、良いけど、とイギーもそれ以上は詮索しない。もう、ここは戦場なのだ。
「代わりに、というわけではないが。」
我々の小隊が先行する、と、イギーに告げる。
「60分後、E18地点で合流する。イギーの隊は2時、スコットの隊は10時に展開してから回り込んで来い。何かあれば互いに信号弾を上げて知らせよう。信号弾が上がったところには予定を押して集合だ。我々は行軍スピードを上げてこのまま直進する。」
了解、と各機が明瞭に答えた。
ミヤギは、乗機を改良型のジムからガンキャノンに戻していた。ヘントのガンダムと、ミヤギのガンキャノン。戦力としては、他の小隊を上回ることになるので、自分たちが突出するのが合理的だと判断した。ミヤギの探知力も、先鋒を務めるのに相応しいと言える。
『久々の"シングルモルト"か。』
"シングルモルト戦法"とは、第22遊撃MS部隊が得意とする、突撃隊形を主体とした戦い方だ。高性能機、もしくはエースパイロットが全隊の先鋒となり、敵を探知し、先制攻撃を仕掛け、その後に後続の突撃で掃討する。今回は、その"シングルモルト"の先鋒を、ヘントとミヤギの2人が務めるということだ。
『すみません……。』
ミヤギが、か細い声で通信を入れてくる。
「違うな、合理的判断の結果だ。」
それよりも、まずは目の前の任務だ、と、ミヤギを励ます。
「砂漠の時のように、2人で敵を蹴散らすぞ。」
『……ええ、後続の、みんなを守りましょう。』
しかし、何だろうか、この重苦しい空気は。
不気味なプレッシャーが、戦場を包んでいるのを感じる。
『ヘント少尉、感じますか……?』
ミヤギも、何かを感じ取っている。ミヤギの鋭い感性は、こういう戦場の悪意や狂気を、必要以上に感じ取ってしまうのではないか。もしかすると、ブライトマンが念を押してきたのは、こういうことに対してなのだろうか。
「大丈夫だ。」
ヘントは、静かに、だが、力強く言う。
「大丈夫だ、俺がついている。」
『もしもーし、回線、オープンのままですけどー?』
イギーは、まったく、とため息をつく。
『ホントに気をつけるんだぞ、不死身の"被"撃墜王も、毎度生還とはいかんだろうからな。』
ヘントは過去に二度、自身の乗機を撃ち落とされている。イギーなりに心配しているらしい。
「ああ、お前もな。頼んだぞ。」
『了解。』
イギーは応え、自身の小隊を率い、闇の森に消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『来たのか……?』
ウォルフガングの機体を引き裂いた後、西の空を見上げて、ジンが呟いた。
「何?」
『嫌なヤツらが来た。』
ジンが、不機嫌そうに応じる。
「じゃあ、今度は、わたしが壊してあげる。」
カルアが猫撫で声で応えるが、いや、とジンは否定しながら、弾を撃ち尽くしたバズーカをパージして棄てる。
「どうして?あなたがウォルフガングを壊してくれたみたいに、わたしもあなたのために壊したいのに……!」
『ありがとう、カルア。』
ジンは”恋人”を労う。
『だが、アレは……今から来るヤツらは、俺のこだわりだ。俺が壊さないと……。』
「……っ!!」
ジンの脳裏に走った別の女の気配を感じ取り、カルアが声をあげる。
「また!あの女の!やっぱり好きなんだ!」
『違う。』
「違わないよ!自分で壊したがってる。それは特別なことだ!」
カルアは駄々をこねる子どものようにわめいた。
「ずるい!わたしだってホントは、ジンに壊してもらいたいのに……!!」
涙を浮かべて、本気で抗議する。
『違うよ、カルア。俺は、アイツを壊して、生まれ変わるんだ。君と生まれ直すために。』
ジンも、もはや自分が何を言っているのか分かっていない。
『大丈夫だよ。完璧に壊してみせるから。』
見ていてくれ、とカルアをなだめるようにジンは言う。その声は、酷く優しく響いた。そのことが却って彼の狂気を浮き彫りにしていた。だが、この場でそんなことに気が付ける者は、もはや存在していなかった——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「来ます……!」
ミヤギは、前方から、邪悪な意志が迫るのを、はっきりと感じ取った。
ヘントも、さすがに感じたらしい。ミヤギの機体を庇うように半歩、ガンダムを前に出した。
暗闇の中、ミヤギは、照準を絞ると、眼前に稲妻が走った。
「2機です!」
『伍長、信号弾をあげろ!ミヤギ少尉の掩護もだ!』
ヘントも感じたらしい。ミヤギが感知した、右翼の方向に機体を進めた。そちらの近くにはイギーの小隊も進んでいる。信号弾に気付けば、挟み撃ちにできる。
ミヤギは、正面のプレッシャーに備える
(見つけたぞ、キョウ・ミヤギ!)
闇の中から、凄まじい殺意が自分に向けて放たれる。
砂漠の戦いで感じたものより、ずっと強い。まともに受け取ってしまい、体の内側から破壊するような痛みがミヤギを襲った。
あの時は、複数の敵から向けられた殺意が、今回はたった一人から向けられている。だというのに、あの時の、数百倍は痛い
「ジン・サナダ——!?」
頭に響いたのは、確かに彼の声だった。果たして、暗闇から赤いガンダムが姿を現し、傍にいたジムを撃ち抜いた。ヘントのガンダムをかわすと、ビームライフルは撃たず、機体をぶつけ、組み付いてきた。
ミヤギは、強すぎるプレッシャーで動けない。
砂漠の時と同じだ——。
「ヘント!!」
あの時と同じように、彼に、助けを求めた。
瞬間、時が、止まった——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(何を恐れている?)
止まった時間の中で、ジンの声が響く。
出撃前の、虚で危なげな雰囲気はなく、しっかりとした、意志のある声だ。
愛する者を守る、戦士のような。
そうだ、まるで——
(ヘント・ミューラーか。俺の中に、ヘント・ミューラーを感じたな?)
(違う!彼は……あなたとは違う!!)
魂が、ジンの言葉を否定する。
(違わない。俺もアイツも、お前を愛している。)
(何——何を言う!?)
(俺もアイツも、お前の中の崇高な魂の輝きと、世界の理に触れるその力に惹かれたんだ。)
(何だと……?)
激しい嫌悪感が、胸の内で鎌首をもたげるのを、ミヤギは感じた。
(わからないのか、同じものに惹かれ、その存在を求める。これは魂の性質の一致だ!)
(くだらない……戯言を言うな!!)
感じたことのない怒りが、ミヤギの胸に湧き上がる。
一緒にするな、彼は、そんなものを見ていない。
彼が見ているのは、わたしという、人間だ。
彼は、ニュータイプではないわたしも愛してくれる。いや、ニュータイプではない、"わたし"を愛している。
お前は……お前は——
(ジン・サナダ、お前は——"わたし"を見ていない!!)
(違うな、俺こそが、お前の本質を愛している!)
ジンの気配が、邪悪に膨らんでいくのを感じる。
(お前は今、俺を憎んでいる。その感情と同質のものが、俺の原動力だ。嫌悪と憎悪が、ずっと俺を形作ってきた。お前も今、その憎しみを力に変えて俺を討つつもりだったな?分かるか?この共鳴の中で、お前の魂は、俺の魂に染まりつつある。)
(ふざけるな——っ!)
(お前の魂は美しかった。仲間を思いやり、チームの規律を重んじ、皆と共有した目的のためにその命を捧げられる、完璧な兵士だった。俺はこの憎悪を、自分の邪悪な魂を隠すために、お前の魂の輝きを模倣してきた。)
(何を、言っている——!)
(だが、もういらない。俺にはカルアがいる。俺たちニュータイプの魂は、こうして溶け合って、全てを分かり合える。力を共有できる。お前は、この共鳴の中で滅べ。ヘント・ミューラーとは共有し得ない、この魂の共鳴の中で滅び、永遠に俺とカルアの力の一部となれ!)
(貴様——っ!)
邪悪な気配が、ミヤギの魂を蝕もうとしている。
ミヤギは、魂への傷が、現実の肉体を侵していると感じた。コクピットで、ヘルメットの中、思わず嘔吐する。
「動け!キョウ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヘントのガンダムが、レッドウォーリアに横合いから体当たりを喰らわせる。
ミヤギは、魂の痺れとも言うような、邪悪な意志に絡め取られる感覚から、解放される。ヘントの意志が、ミヤギの心を包みこむのを感じた。
「すみません、一旦退がります!」
ミヤギは、吐瀉物で汚れたヘルメットを脱ぎ捨て、ぐい、と口許を拭った。失神しかけていたらしく、視界がふわふわと揺れる。
『スコット、ミヤギを掩護しろ!』
ヘントが短く指示する。いつの間にか、イギーとスコットの隊が合流していた。もう1機、見慣れないジオンの機体と切り結ぶジム・ストライカーと、それを援護するジムが見える。
スコットの小隊が、ガンキャノンの周りを固める。
「すみません、少し、時間をください……失神しかけました。」
息も絶え絶えに、通信を送る。
『ならもっと後ろに退がれ、こいつらは俺たちで抑える!』
ヘントが叫ぶ。
2機とは言え、敵は、強い。この局面で役に立てない自分が、ミヤギは悔しかったが、ヘントの判断は的確だ。従うべきだ。
「……すみません!」
回復すれば、必ず、と言い、素直に指示に従った。彼の力になるには、今はこの判断がベストだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「待て!」
ジンは追い縋ろうとするが、白い、骸骨のようなガンダムが行く手を阻んだ。
「邪魔だ!」
力づくで突破しようと試みるが、絶妙な位置からライフルを撃ちかけては離れ、また近づきと、巧みに邪魔をする。派手な動きではないが、合理的で、粘り強い堅実さを感じさせる。面白みもない上に、対峙すると、ただただ苛立ちを煽られるようだった。
『行かせない!』
連邦制の"友軍機"なので、通信が生きている。不愉快な声が耳に入ってくる。
『抵抗するな、殺したくない。』
冷静に言いながら、今度は、背中のガトリングを撃ちかけてくる。
殺したくない、だと——?
勘違いするな。
「狩る側は俺だろうが!」
レッドウォーリアのビームライフルは既に銃身が焼き付いていた。武装はビームサーベルしか残されていないが、こいつごときはそれで十分だ。
距離を詰めて切り掛かると、ヘント・ミューラーはライフルを捨て、サーベルで受けた。判断が速い。
「キョウ・ミヤギを壊した後に、お前もちゃんと壊してやる!退がっていろ!」
『承諾しかねるな……!』
ビームサーベルの鍔迫り合いになる。激しい閃光が、視界を遮る。
『ジン!』
背後から、カルアの気配が迫る。あちらも、手練の機体に足止めを喰らわされていたが、うまくかわしてきたらしい。
ヘント・ミューラーのガンダムと一度、距離を取り、カルアの機体にレッドウォーリアを寄せる。
「やるぞ!」
ジンは叫んだが、直後、その視界は眩い閃光に包まれた——。
【#38 All you need is ... / Dec.10.0079 fin.】
連日投稿してすみません(gundam-kao10)
う、うるさいですよね……でも、書いちゃったら我慢できないんです、すみません(gundam-kao9)
3部はミヤギさんに酷い目合わせすぎて、ホントごめんなさい。4部は幸せにします。ホントに。4部の主役はミヤギさんです。ミヤギさんのための4部です。
今回、ヘントが強すぎる気もしますが、たぶんジオンの人たちとは機体性能が違うのでしょう笑
ガンダムだからビーム兵器もあるし、ジンも警戒してるとかかな?
ジン、カルア側も、ビームライフル系は焼き付いていて、ビームサーベルとかしか残ってないんです、たぶん。そういうことにしておいてください。あと、愛の力です笑
ヒロイン投票、ご参加くださった皆様、ありがとうございました笑
4票くらいかな、と思ったので、嬉しく思います。というか、カルア派が割といて驚きました笑
では、予告です。
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#39 ◾️◾️◾️◾️
そして、獣は——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。
オリジナルストーリー第38話
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