「いつからだ?」
ジャブローの、佐官用の執務室で、ラッキー・ブライトマン少佐が怪訝そうに尋ねる。
「ここ数日は特に。模擬戦の後は酷いです。」
地球連邦軍第22遊撃MS部隊のエースパイロット、キョウ・ミヤギ少尉は、青白い顔で応えた。現在就いているMS転科訓練生に対する教導任務の後、体調不良を覚えてメディカルルームに駆け込んだ。模擬戦の後、このところ毎回、解散後に戻していた。
「こういうことを聞くのも気が引けるが」
ブライトマンは、慎重に言葉と態度を選びながら続ける。
「産気づいている、とかではないよな。」
ヘント・ミューラー少尉とのことを言っているのだろう。
「日数的にも、メディカルチェックの結果でも、そう言ったことは。」
「言いにくいことを、言わせた。気を悪くしないでくれ。」
「……いえ、お気遣いと、理解しています。」
認めたくはないが、PTSDと言うやつだろう。砂漠での死闘が、思った以上に自分の心に傷を残していたと言うことか。
「いつから……恐らくは、サラサールの時からでしょう。敵からの、突き刺すような殺意を感じ、一時的に行動不能に陥ったことを覚えています。」
「ニュータイプの感受性が、戦場ではそう働くこともあるか。」
ミヤギ少尉は、その超感覚的な感受性でもって、姿の見えない敵機を察知し、撃墜した。集中すると、人間の存在そのもの、心の波長と言おうか、そう言うものを感じ取れる気がしたのだ。
「申し訳ありません。おそらく、自分は最前線で、敵と近接して戦うことは難しいと思います。」
認めるのは悔しかった。口に出すと、目頭が、ぐっと熱くなる気がした。
「ただ……」
いつもはっきりと物を言うミヤギにしては、遠慮がちに口を開く。
「ヘント少尉が……傍に、いてくだされば……わたしは、戦えます。」
彼が、傍で自分の盾になってくれる、あの感覚。物理的に敵との間に立つ、と言うのではなく、自分の心をそっと包み込むような、あの共感。サラサールで危機に駆けつけてくれた時の、あの感覚だ。あの感覚があれば、自分はどんな過酷な戦場にも立てるはずだ。
「本当に、そうかな?」
いつの間にか、目の前のブライトマンの姿が、若い男に変わっていた。
「お前は、俺に、撃ち落とされかけたじゃないか。忘れたのか?」
ジン・サナダだ。
無理やり唇を奪われたあの時のような、狂気を帯びた虚な目つきだ。
「惨めだったな。ヘルメットの中に吐瀉物を撒き散らして」
ジン・サナダが、にじり寄ってくる。ミヤギは思わず後ずさった。
「動けなくなったときに、感じただろう?」
やめて。
「俺の心が、お前の心に突き刺さり、お前の魂を引き裂くような、あの感覚。俺もお前も、ニュータイプだ。あれは、ニュータイプ同士の共鳴だ。」
やめて。
「ヘント・ミューラーと、そういう、魂が響き合うような交流が持てるのか?あいつはニュータイプじゃない。」
違う、彼に求めるのはそんなことではない。
「それに、あいつは、今、お前の傍にいないじゃないか。」
やめろ。
「どうするんだ?今、この瞬間、お前の心を、俺が引き裂いたら……」
やめろ。
「お前は、今はおもちゃの鉄砲をかついだMSで飛び回るだけの、籠の中の小鳥だ。」
やめろ。
「今この瞬間、もし俺がまた、お前に悪意をぶつけ、牙を剥いたら……今度こそ、なす術なく、ただ、壊されるだけだ。」
やめろ、やめろ……
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ…………
やめろ!
ヘント——助けて——助けてほしい。
あなたは——いま——どこにいるの?
あの時、言ったのに。
危機が迫ったら俺を呼べと。
今だ。
あなたの助けが要るのは、今なのだ。
ねえ、どうして?
どうして傍にいてくれないの?
ねえ、お願い。
助けて、ヘント……!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……最悪だ……。」
久しぶりの悪夢だった。
地球連邦軍T4教導大隊指揮下、第11広報アクロバットMS部隊”ブルーウイング"のMS隊長、キョウ・ミヤギ中尉は、最悪な気分で目を覚ました。起床時刻に合わせて仕上がるように、タイマーを仕掛けておいたコーヒーの香りも、今日の目覚めには全く良い効果を発揮しなかった。
じっとりと全身を伝った冷たい汗が、悪夢の余韻を感じさせた。まずは、この嫌悪感を体から引き剥がしたい。ミヤギは、自室に備え付けられたシャワーの蛇口を捻った。
砂漠での戦いと、続く、北米での戦いのPTSDによって、悪意渦巻く戦場で戦えなくなったことは、紛れもない事実だ。そういった自身の体質を慮ってくれた、ブライトマン中佐の尽力のおかげもあり、今の配属となった。ここなら、敵と相対して戦うことはない。
U.C.0081の1月に、第22遊撃MS部隊が解隊されて6年半が経っていた。6年も最前線を離れ、殺意や悪意を避けていれば、さすがに悪夢を見る機会もずっと少なくなったはずが、こんな夢を見たのはたぶん、彼のいる新サイド5宙域に向かうことになったせいだろう。
ティターンズと、エゥーゴの抗争が激化している。月に上がる予定は立ち消えとなり、"ブルーウイング"は、まだオデッサにいた。10月に催される、新サイド5の航空宇宙祭は、直接現地へ向かうこととなった。
熱いシャワーを浴び、清潔な軍服に身を包んでも、まだ、頭はぼんやりとしたままだ。コーヒーをすすると、ようやく、少し思考が冴えてきた。
("どうして傍にいてくれないの"って……)
悪夢の中の、自分の言葉を思い返す。彼は、傍にいてくれようとしたではないか。それを断り、意地を張ったのは、自分の方だ。
(なんて、身勝手な……。)
思考が回り始めると、そんなことを、考える。
サイド3及び、新サイド5周辺宙域の警備・哨戒任務に当たる、EFMP。そこに所属する彼女の恋人、ヘント・ミューラーとは、第22遊撃MS部隊の解隊以来、今では離れ離れだ。ジャブローに、アフリカ、彼と過ごした約1年半、こうして、目覚めのコーヒーを口にするのは、もはや習慣と化していた。その習慣も、あんな夢見の後では、却って、胸に痛い。
だが、習慣は、人を動かす。それが、愛する者と築いた営みならば、尚のこと、今日を生きる活力を呼び覚ますものだ。
この間は、チタについ弱音を吐いた。だが、とにかく、今与えられた仕事に、全力で向き合う。それは、忘れてはいけないことだ。
コーヒーを飲み終えると、ミヤギの顔は、もう"シングルモルトの戦乙女"に変わっていた。
「本日のお加減は、いかがです。」
コンパートメントを出て、MSハンガーに向かうと、ミヤギ専属の衛生兵、チタ・ハヤミ少尉が駆け寄ってくる。いつもの朝と同じだ。
「いつもどおりよ、悪くないわ。」
「嘘、顔色、良くないわ。」
6年も一緒にいれば、嘘も一瞬で見抜かれる。
「悪くない、大丈夫。」
もう一度繰り返すが、チタは引き下がらない。
「キョウは昔から嘘が下手なんだから。初めて会ったときだって、げーげーやりながら、”大丈夫”って……大丈夫じゃないときほど大丈夫って言うの、癖だって自覚ある?」
「うん、気づいている。」
ミヤギは、苦笑しながら、もうそれ、あなたに何度言われたか分からないもの、と返答する。
「本当に、大丈夫だから。」
否定を続けるミヤギに、チタは食い下がる。
「夢?いつもの?」
「そう、久しぶりに。」
「何が不安なの?彼に会えるのに、1年ぶりに。」
「2年ぶりよ。去年は都合がつかなかった。」
ミヤギのいるアクロバット部隊"ブルーウイング""は、式典行事のMS展示飛行専門チームだ。
毎年10月、新サイド5の航空宇宙祭で、展示飛行を行う。10月は、新サイド5の警備はEFMP第2部隊、つまり、ヘントのいる隊が務める。航空祭に向けた実地での事前訓練を含めた約1ヶ月は、新サイド5内もお祭りムードに華やぐが、二人にとっても年に1度のロマンチックな再会の期間となる。
そうだ。彼に会えるのだ。彼と一緒なら、たとえ何かが起こっても、あの痛みに晒される恐れなどない。そもそも、単なる展示飛行だ。宇宙の治安も、ティターンズという強力な治安維持組織が守っている今、もともと中立コロニーの新サイド5は動乱とは全くの無縁だ。チタの言うとおり、悪夢に心を乱されるような、心配などはないのだ。
「キョウがこんなに大変なのを知っているなら、ヘント中尉もはやくしっかりしてあげれば良いのに!」
隣でチタが鼻息を荒げるのも、この季節、いつもの光景だ。ミヤギは、自分こそが二人の決定的な前進を留めていることを、当然チタには話している。だが、チタにしてみれば、男ならそれでも強引に娶ってしまえと言いたいらしい。
「本当に、大丈夫。薬は飲んでいるし、訓練が終わったら、ちゃんとメディカルチェックは受けるから。」
ミヤギは、涼やかな声で告げると、笑顔でハンガー内の更衣室へと入っていった。
7機の青いジムが、滑らかな機動で飛ぶ。一糸乱れぬ統制の取れた隊形を保つ様は、今日も完璧だった。
「今日の着地は過去一の柔らかさだったが、あれは俺のドダイの入り方のお陰だな。」
機体から降りるや、アラン・ボーモント中尉がわざわざハンガーの出口と反対方向にいるミヤギの傍にやって来た。
「夕食のお誘いならお断りします。いつもどおり先約がありますので。」
「なら昼食だ。」
「それも、お断りします。」
「隊の仲間と親睦を深める気はないのか?」
「十分コミュニケーションは取っています。」
あのなあ、と、アランは呆れながらも、楽しそうに微笑む。
「まだ2週間経っていない。どうしたんです?」
「別に、2週間おきにって、決めてるわけじゃない。」
ミヤギは、いい加減、うっとうしいと思い始める。
「君が寂しそうな顔をしているときに誘うって、決めてる。」
ミヤギは、思わず動揺した。
今朝の夢。
そして、射撃ショーの提案があった日。
共通しているのは、そうだ、いつも——
「大変恐縮ですが、あなたはただの同僚で、それ以上でもそれ以下でもない。これ以上しつこくされるのは、今後の任務に支障を来たします。そうは思いませんか。」
動揺を隠すように、いつも以上に事務的な口調で言い。自分の思考から"彼"の気配を消す。だが——
「そうだな。今日のところは降参するとしよう。守るも攻むるもクロガネの、か。さすがは"伝説のシングルモルト"。プライベートも難攻不落の鉄壁だな。」
(攻め手は得意だが、守る戦は苦手だな、君は——。)
消そうとした、"彼"の気配が、一気に蘇る。
軍人として、男女の駆け引きにそういう言葉を使うのは、偶然だろうか。
いつか、彼が、その大切な瞬間に、自分に対して使った言葉と、よく似た語彙が並んだことが、ミヤギの胸を揺さぶった。
ミヤギは、動揺を悟られないよう、アランにしっかりと背を向けると、足早にハンガーを出た。
「何?どうしたの……!?」
ハンガーの出口で待ち構えていた、チタ・ハヤミが、血相を変えて尋ねてきた。
「……何でもないっ、大丈夫……っ!」
今にも泣き出しそうな顔でそれだけ言って、ミヤギはチタの横を通り過ぎる。
「ほら、また……!大丈夫じゃないよ、それ!」
「いいから!大丈夫!」
ロッカールームにも入らず、ミヤギは、ノーマルスーツのまま自分のコンパートメントに駆け込んだ。
(ヘント——!)
ダメだ。
朝の悪夢から、ずっと、彼のことを意識しどおしだ。
はやく、宇宙にあがりたい。
はやくサイド5に行きたい。
こんなにも、心乱されるのなら、チタの言うとおり、つまらない意地など捨てて、彼の申し出を受けてしまえばいいのだ——。
(……どう、したら、いい……?)
シングルモルトの戦乙女など、聞いて呆れる。
今の自分は、年上の恋人に甘える、ただの小娘にすぎない。
ミヤギは、そんな自分に腹が立った。20歳の頃なら、学生じゃないのだから、と笑い飛ばせた。しかし、もう自分もいい歳ではないか。だと言うのに、暴れだした心を、もう、制御できない。大人になれない。堪らず、嗚咽する。今は、その背中を撫でてくれる相手もいない……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「お前な……もう少しがんばれよ。」
アラン・ボーモント中尉が、コンパートメントで誰かと話している。有線の受話器を使っているので、レーザー回線だろう。基地内の相手ではなさそうだ。
「こっちだって脈はないのに、踏ん張ってんだよ……え?おい、こら!」
どうやら、相手が通話を切ってしまったらしい。
「秘密のお話をするなら、ドアにロックをかけてはどうですか。」
振り返ると、青いノーマルスーツを抱えたチタ・ハヤミが、壁に寄り掛かって立っていた。ミヤギの部屋にでも行ったのだろう。
「勝手に開けた上に盗み聞きとは趣味が悪いな。」
そちらの不用心が悪いでしょう、と返した後、澄ました顔で続ける。
「今日は、午後の訓練飛行は無理ですね。体調が悪すぎる。」
SFS隊の飛行隊長は実質アランだ。ミヤギが指揮を執れないのなら、アランが引き継ぐのが自然なので、一応耳に入れに来たと言ったところだろう。
「予期せぬ休暇は幸福感があるな。」
軽い調子の口調に、チタはキッと鋭い視線を向ける。
「うちのお姫様を、あまり虐めないでいただけますか。」
「人聞きが悪いな。好い女を口説くのは当然だろう。」
とぼける優男に、知っているくせに、とボソリと呟く。
「関係ないね。」
軽薄な表情で笑いながらも、アランは少し眉をひそめた。
「……お前は、違うのか?」
チタも、一瞬怪訝な表情を浮かべるが、すぐに、何かに気付いたように真剣な顔つきに戻る。
「……わたしは……それは、もちろん。わたしも命じられています。」
チタの目が、落ち着かず、左右に泳ぐ。
チタはミヤギ専属の衛生兵でありながら、彼女の動向を最も近くで監視する、”見張り”でもある。それは、1年戦争が終結して間もなく、上層部から明確に命じられた。
地球連邦政府は、ニュータイプを恐れている。
宇宙での生活に適応し、進化した人類。その人知を超えた"権能"を、アムロ・レイが世に知らしめた。そして、ジオンにも、シャア・アズナブルや、ソロモンの亡霊など、ニュータイプと噂されるエースの存在が示唆されている。敵味方問わず、歴史に埋もれ語られぬはずだったエースたちの伝説は、すでに人口に膾炙し、人々に知れ渡っている。キョウ・ミヤギの存在も、その伝説の一つと言っていい。
オールドタイプの権力者たちは、ニュータイプが新たな主権者として取って代わり、自分たちが劣った旧種として、淘汰されることを恐れている。人々の心を理解し、掴んでしまう才能が、今の権力構造に風穴を開けるかもしれないと思っているのだ。
つまりは、ニュータイプによる反乱。それを防ぎたい。
「……この隊自体が、そうでしょう。」
ミヤギが”ブルーウイング”にいるのは、彼女のPTSDへのケアのためである。だが、ヘント・ミューラー。彼と一緒にいなければ戦えないという、彼女の体質……逆に言えば、ヘント・ミューラーと一緒にいれば、"戦えてしまう"という状況を、封じる意味もある。
そして、隊のメンバーも、チタも、皆が、ミヤギの動向に目を光らせている。
ここは、キョウ・ミヤギという、青い美しい小鳥を閉じ込めるために用意された、大きな、大きな鳥かごだ。
「そうだ。ハクシュウ大佐は、彼女を守るつもりでいる。」
ミヤギの元上官である、ラッキー・ブライトマン中佐も、その友人であるT4教導大隊司令マーカス・ハクシュウ大佐も、ミヤギが命令に従い、"見世物"でい続けることで、その命は保証されると考えている。
チタは一瞬目を伏せた後、爽やかに微笑むグリーンの瞳と、もう一度視線を合わせる。
「あなたは……何を?」
「さあな。まあ、実益を兼ねた任務ではある。」
お前も、6年も付き合っているんだろう、と、アランはチタに確かめる。
「ご苦労なことだな。」
「……苦労と感じたことは、ないですよ。」
チタは伏し目がちに応える。
彼女の心身のケアも、監視も、どちらも確かに、チタの任務だ。だが、今は、彼女との間に、任務という義務的な含みはない。監視などという、刺々しい感覚は、もっての外だ。同僚として、友人として、人として、チタはミヤギが好きだ。ニュータイプなど関係なく、キョウ・ミヤギという存在に敬意と愛情を抱いている。それは、出会った時から変わらない。
地に膝を突き、肩を振るわせ、氷のように蒼白な顔をしながらも尚、何かに立ち向かおうとしているような、華奢な背中が、どうしようもなく愛しく、また、気高く見えた。北米で初めて出会ったとき、この人の力にならなければ、と直感的に思ったのだ。
ヘントとのことも応援してやりたいと、心から思う。二人は、二人にしか分からない何かを、共に乗り越えようとしている。
「去年の10月は、会わせないように誰かが動いたんだろうが、今年はどうだ。どうせブライトマン中佐あたりが頑張ってるんだろう?年に1回くらいは会わせてやりたいのだろうが……。」
甘いんだよな、と、頭を搔きながらベッドに腰を下ろす。
「熱砂を制した英雄二人、それも片方は宇宙世紀の伝説"ニュータイプ"だ。下手にくっついて、子どもでも拵えた日にはどうするんだ?怪しい連中が祭り上げる未来が見えるだろうに。」
例えば、エゥーゴとか、な、と、天井を見上げる。
「あなたは、何をしようとしているんですか。」
うーん、と、顎に手を当てて考えた後、チタの方を向いてやりと笑う。悪だくみをする顔も、爽やかで魅力的に映える男だった。
「とりあえず、俺の敵はヘント・ミューラーってところだな。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから、3日後——U.C.0087、9月20日。
"ブルーウイング"はかつてサイド6と呼ばれた中立コロニー、新サイド5に到着した。
地球連邦軍がこの宙域で活動する際は、かつて連邦軍が極秘に基地を構えたこともあるバンチ、"リボー"を根拠地にすることが多い。"ブルーウイング"はもちろんだが、EFMPも、"リボー"の港を使う。そして、航空宇宙祭のメイン会場も、このバンチだ。
隊員と機体を乗せた輸送船の点検のため、二つ目の黒いザク——RMP-002シュトゥルム・ザックが機体を寄せる。EFMP第1部隊はこのシュトゥルム・ザックを6機、運用している。奇数月は、新サイド5周辺宙域の警備は、EFMP第1部隊が担当している。
ミヤギは、この第1部隊の警備が好きではなかった。どこか、突き刺すような敵意を感じるからだ。身体症状が出るほどではないが、血の気が引く感じがする。
「大丈夫?」
隣に座るチタが、顔を覗き込んできたが、すぐに、ああ、そっか、と、声をあげる。
「わたしが大丈夫って聞くからだ。」
ミヤギは首を傾げる。
「ほら、人ってさ、"大丈夫"って聞かれたら、"大丈夫"って答えちゃわない?」
「そう?」
青い顔のままだが、ミヤギは、クスクスと笑った。
「体調は悪いわ。たぶん、あの黒いザクを威圧的に感じるみたいね。」
今日は正直に伝えた。窓の外にはシュトゥルム・ザックの胸部装甲が見えた。かつて見慣れた、桜の紋様が刻まれているのが目に入ると、ちくり、と胸が痛んだ。
「あの紋様も。」
「思い出す?中東や北米のこと。」
少し、違う。
チタが言うのは、中東と北米の激戦——ミヤギの心に傷を与えた、その過酷さのことだろう。だが、ミヤギが思うのは、そのことではない。
あの、桜の紋様は、かつて自分が所属していた第22遊撃MS部隊のパーソナルマークだった。あの紋様は、ミヤギにとって、血と泥にまみれながら、必死に掴んだ青春の象徴なのだ。だが、今は、自分はその紋様を掲げてはいない。そのことに、胸が痛むのだ。
桜の紋様を、寂しげに見つめるミヤギの横顔を見て、チタは、フッと息をつくと、そうね、と呟く。
「やっぱり、何でもないときは、ちゃんと言えるじゃない。」
チタが、手元で何やら記録を取りながら言う。
ミヤギは、そのとおりだわ、とチタに同意を示す。
「でも、チタ、あなた、間違っている。」
「何?」
「あなたは、"大丈夫"とは聞かない。」
「え?」
「この間も、"何があったの"って。その前は、"顔色が優れない"。」
そういう言葉がけ一つにしても、ちゃんと、自分を気遣ってくれている。ヘントの、心を包み込むような感覚とはまた違う。チタの気遣いや親しさには、その魂同士がそっと触れ、寄り添うような、どこかくすぐったい温もりを感じる。チタが、自分のことを好いてくれているのが、ミヤギにははっきり伝わる。そう言うことを互いに感じ取れるように、人の感覚は、魂は、出来ていると思う。ニュータイプも、オールドタイプも、関係ない。
「よく覚えている。」
手元の書類から目をあげてこちらを向くと、チタは感心したように言った。
「ええ、だって、わたし、あなたのこと、好きだもの。」
チタは、一瞬怯んだ後、仄かに頬を染めた。
「何ですかそれ、ヘント中尉が妬きますよ。」
思わず、敬語になる。今日の敬語は、からかいではない。
「決め球はストレートって、昔から決めてる。思っていることは、きちんと口に出さないと。」
決め球って何よ、と、口を尖らせながらも、チタの声は満足げだ。
「ありがとう、チタ。あなたのおかげで、今日もこの足で立っていられる。」
まっすぐなその声に、チタは思わず、目頭が熱くなった。
「ヘント中尉は、わたしに感謝すべきね。」
人差し指の背で、小さな涙の粒をそっと拭いながら、チタは笑う。
「中尉のかわりにあなたを守っているのだから。」
「そうね。じゃあ、サイド5に着いたら、二人で何か美味しいもの、ご馳走してもらおうか。」
ミヤギと二人、けらけらと明るく笑う。
「二人で、楽しそうだね。」
二つ前のシートの横から、アランが顔を出して言う。
「俺らは混ぜてくれないのか?」
「男子禁制。」
チタは舌を出してアランに応えた後、男たちに聞こえないよう、小声でそっと囁いた。
「やっと来れたね、サイド5。」
任務ももちろん大切だけど、と言って、チタは柔らかい笑顔を浮かべる。
「ヘント中尉に、しっかり甘えていらっしゃい、キョウ。あなたは2年も、よく我慢したじゃない。」
ゴウン、と、再び船が動き出す。EFMPの検問が終了したらしい。
新サイド5、"リボー"の、清らかな白い外壁が、眼前に迫る。ミヤギは、少女のように高鳴る自分の、胸の鼓動を聞く。年甲斐もなく、と、思いつつも、今は、その甘く、胸をくすぐる感覚を楽しんでいたいと思った。
【#43 Glided cage / Sep.17.0087 fin.】
今回、絵面が前回、前々回と似通ってしまいました。
読んでいただくことを前提とした作りになってしまいました(gundam-kao10)
ここまでお読みくださった皆様は、本当にありがとうございます。
第4部はヘントとミヤギが再開するまではこんな話がしばらく続くので、もう少しお付き合いください(gundam-kao5)
もはや何番煎じかわかりませんが、プロテクトギア風軍警ザクです。
半光沢の黒と、つや消しの黒で塗り分けています。
当初は、トップコートは吹かない予定でしたが、てかてかしていると写真が撮りづらく、デジラマにも加工しづらかったので、やはり吹きました。
こちらの画像は、トップコート前のものです。
写真だとわかりにくいですが、実物は違っている部分とつや消しの部分の質感に差が出て気に入っていました。まあ、トップコート後も質感の差は残っていますが。でも、写真ではつたわりづらい笑
フリッツヘルムは、ザク改から
バックパックはデミトレーナーから
ガトリングは、パーツシリーズからです。
それらしくできたと思います。
かなり気に入った出来ですが,後半までほとんど出番が作れず……次の登場は#49くらいになると思います(zaku-kao4)
今回の第4部、ストーリーの性質上、どうしてもイラストが多くなってしまいそうです(gundam-kao10)頑張ってガンプラも入れていきます。
次回は少し、MSバトルも入れられるかな?と思います。
今回の本編中の動画は、
・冒頭のジム降下シーン
・ミヤギが動揺して振り返るシーン(ループなし)
・最後のチタとミヤギの会話のシーン
そして、この動画の4本です。
前話の投稿時に、動画(GIF画像)の取り扱いについて、ご意見募集しました。ご参加くださった皆様、ありがとうございます(gundam-kao6)
#41で、ブルーイ●●ルス風の絵を作りたくて導入してみたのですが、楽しくてつい調子に乗って多用してしまいました笑
MSについては使い所を考えて小出しにしていこうと思います。
キャラクターについては、まあ、こちらも全部動かせ!みたいにはしないでいこうかな、と思います(gundam-kao6)
ただ、キャラクターが動いているところはわたしが見たいのがあるので、キャラクターには積極的に使って参ります。が、こちらももう少し使い所を考えて参ります。
大変嬉しいことに、個人的にですが、AIを通さない絵柄の方がよいとおっしゃってくださる方もいらっしゃいました。
感動です……!
動かしていない絵は、AI加工はされていません。動かしたときは、なるべく元の絵も一緒に載せたいと思います。
これからも楽しみながら頑張ります(gandam-hand2)
ご意見くださった皆様、ありがとうございました(gundam-kao6)
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#44 a Shadow phantom - 4
影が、うごめく——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
またのお越しを心からお待ちしております。















オリジナルストーリー第43話
コメント
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威圧的でダース・べ〇ダーの弟子達の様な第一部隊🤨😱凄く悪そうですが、カッコ良いです🤩👍✨😆
AIを通さない絵の話が有りましたが、タッチが変わり他の方の絵の様な違和感があります🤨
最初からそうなら違うのでしょうが、やはり暖かみのあるやすじろう様のタッチでみたいです🥰😍💖😆
勝手な事を申し訳ありませんm(_ _)m
先々が楽しみです😀今回の内容については、その内爆発的に出るかも知れません🥰👍✨
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
軍警ザクは、押井守監督の犬狼伝説シリーズのプロテクトギアのパクリです笑 ホンモノはもっとかっこいいので、ぜひ探してみてください(gandam-hand2)
AIについてはありがとうございます(gundam-kao6)大変嬉しいお言葉です(gundam-kao6)
じつら、わたしとしては理想に近づいた感があって嬉しいのですが、元の絵柄をそう言っていただけるのはさらに嬉しいです。元の絵も載せるようにしますので、合わせてお楽しみください。
今後もよろしくお願いします!
色々な視点、ヘントとミヤギ、チタ、アラン、ブライトマン、そしてニュータイプを恐る上層部の思惑。ストーリーの中にこれだけ複雑なことが絡みあっていること描写されている。素晴らしい作品ですね👍
ブルーイン◯ルスカラー、とてもかっこいい👍
そして、ツインアイ、プロテクト風のザクの威圧感がとても良いですね😆
次回作品も楽しみにしています👍
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
細かく丁寧にお読みくださりありがとうございます!そうなんです。油断するとそういう状況説明ばかりになってしまいそうで……第4部、長くなりそうです(gundam-kao10)
ブルーの、これ、実物をかなり参考にしました笑
3部のデュークしかり、軍警ザクしかり、パクリもといリスペクトは分かりやすさがある分ウケがいい気がします笑
次回もよろしくお願いします(gundam-kao6)
今回の見どころは何といってもミヤギとチタのイチャコラですね。序盤中盤と陰鬱な気持ちで読み進めていましたがあれで救われました。次回はアンナさんが登場ですねストーリー上どれだけ重要な人物かはわかりませんが女性キャラの活躍は楽しみです。
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
お分かりいただけたようで幸いです(gundam-kao6)
第4部は、ヘントとミヤギもですが、ミヤギとチタにも是非ご注目ください。ぶっちゃけ、ヘントより長い時間近くにいるので、親密なんじゃないかと思います笑
キャラで押す第4部ですが、今回も最後までお付き合いいただければ幸いです。
今回も面白かった‼️
お話しにグイグイ引き込まれます。
ブルーイン○ルスのカラーリング、似合ってる🙂↕️
軍警ザクの使い方も👍️
あぁ、やすじろうさんの世界にメロメロ🥰
いつもありがとうございます(gundam-kao6)
第4部は作戦行動や戦闘が、これまでの部に比べて格段に少なくなります(gundam-kao10)後半は少しずつ動き出しますが、MS(ガンプラ)をどう入れようか毎回苦心しています。ので、とても嬉しいコメントでした!ありがとうございます(gundam-kao9)
軍警ザク、かなり気に入っていますがまだまだ出番は先になります笑
今後もどうぞお付き合いください(gundam-kao6)
ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。励みになりますので、ストーリーのご感想・誤字脱字の訂正など、ぜひお気軽にお寄せください。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
(作品投稿のないアカウントはフォローバックしかねますのでご了承ください。)
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