キョウ・ミヤギ曹長は、目の前にいる“ロレンス“のザクが、再びジオンの識別コードを発したことに気づいた。
「危険です!」
『だからこそ、です。』
たしかに、敵が目眩しの砂嵐を起こしている今なら、ジオンの識別コードは最大の効果を発揮する。
『それに、わたしはどうしても、あの男を自分の手で殺したいのです。』
まただ。この、明確で、鋭い殺意。他者に向けられたものでさえ、こんなにも刺々しいというのに、自分に向けられたそれは、痛いなどというものではない。ミヤギは、味方が奮戦している砂嵐の中に飛び込むことを躊躇していた。
『では、またお会いしましょう、”シングルモルト”の戦乙女(ヴァルキュリア)!』
“ロレンス“が乱戦の中に飛び込む。友軍に伝えるか、一瞬迷ったが、ただでさえ視界が悪い中で、“ロレンス“のザクを気にするなど不可能だ。
(彼、”ロレンス”も、覚悟していると言っていた。)
友軍には、敢えて伝えない。
”彼”でなければ、作戦のためにそういう冷徹な判断もできてしまう。ミヤギは、自分のそういうしたたかさに気づくと、少し冷静になった。開き直ったと言っても良い。左翼側から、さらに増援が来るのが、レーダーから分かった。
(まずい、本当に、これは——。)
ミノフスキー粒子のせいで、数まではわからない。が、いま正対すれば、激突する前に何機かは撃ち落とせる。格闘戦中の友軍への打撃を防ぐべく、ミヤギは敵が接近する方へ機体を前進させた。
「自分からさせたのに、約束、守れないかもな——。」
狙撃用スコープを覗く目が、涙でかすかに滲む。ヘルメットのバイザーをあげ、あわててぐい、と拭うと、照準を絞る。砂漠仕様でないザクが、5、6機と、先頭に、赤い航空機に乗ったグフがいる。"血濡れの左腕"だ。
(まずは、あいつを——!)
"血濡れの左腕"に狙いを定めた直後、背後から迫る気配を感じた。自分を包み込むような感覚が、ミヤギの胸を満たす。
『ミヤギ!』
まさか——と、耳を疑う。極限状態の緊張が、幻を見せたのかとおもったが、待ち望んでいたその声に、ミヤギはせっかく拭った涙がまた溢れるのを止められなかった。
自分の機体を飛び越えて、ヘントのガンダムがビームライフルを放つ。ガンキャノンと同タイプのライフルは、かなり遠くまで届く。まだ遠い敵の増援の1機に、ヘントのビームは直撃した。敵陣が、崩れ、散開するのが見えた。
『無事だな。』
「少尉、なんで!?」
『分からん、君に呼ばれた気がして、合流した。正解だったな。』
そんな、何の根拠もない理由で来たと言うのか。事前に打ち合わせた作戦も無視している。
「少尉……!」
出撃前の乙女チックな約束の履行に、軍人としての呆れと、先ほどまでの緊張と、妙な愛しさとがない混ぜになって、胸が詰まり言葉が出ない。
ヘントに随伴してきたらしいジムも追いついてきた。ヘントは2機に、乱戦になっている味方の支援に加わるよう命じると、ミヤギに通信を送った。
『あの増援は我々でやる。いいな。』
「了解。」
体に、力が満ちるのを感じる。今なら、見える。感じる。
「"血濡れの左腕"がいます。」
『よし、空からの奇襲に気をつけろ。』
機体に警戒姿勢を取らせながら、短く打ち合わせる。ガンキャノンも、ガンダムも、肩に担いだ銃器で十分対処できる。
『曹長はそこから狙撃を続けろ。"シングルモルト"の先鋒は俺がやる。』
そう告げると、ヘントはバーニアを噴射して、敵陣に斬り込んで行く。
(死なせない——!)
ミヤギは、また目元を拭ってスコープを覗く。もう、涙は流れていない。
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(トマスめ、キャノンと引き離された。)
砂塵の中、元部下のトマス・オトゥール中尉のザクに行手を阻まれ、ハリソン・サトー少佐は歯噛みしていた。
トマス中尉は、ブリティッシュ作戦から、地球降下作戦、そしてこの中東の制圧戦までを共にした部下だった。中東制圧の仕上げの、バグダッド制圧戦の最中、機体ごとMIA認定していた。戦死したものと思っていたが、機体ごと出奔していたということか。
MS戦が巧かった。今も、こちらの砂塵を逆に利用し、巧みにこちらの機体にダメージを与えている。加えて、連邦軍の量産機"のっぺらぼう"どもも、なかなか勘がいい。ジオンの識別コードを使っているはずの、トマスのザクを撃つような下手を打たない。
(ニュータイプは感染するとでもいうのか。)
増援でやってきたMS。あれは噂の"ガンダム"ではないか。例のキャノンと、たった2機で、アーサーの連れてきた増援を防いでいる。
「いや、単なる性能差か。」
ぬっ、と、砂煙から敵機が現れる。モニターには、ビーム兵器の携行を告げる表示が示される。
「だから何だ!」
敵が撃つより前に、こちらの弾薬を叩き込む。敵があげる爆炎が、また新たに目眩しの砂塵をあげる。
1機でも、サラサールに辿り着く敵機を減らしてやる。それが、ハリソンに残された、最後の意地だった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ガンダムだと!?」
二本角に、ツインアイの機体を認め、アーサー・クレイグ大尉は驚愕した。オデッサで対戦したトリコロールの機体ではなく、骸骨のように白く、内臓や骨格をむき出しにしたような外見が、墓場から這い出してきた不死者のような不気味さを感じさせた。
(俺が殺したはずのガンダムが、地獄から帰ってきたと言うのか!?)
いいや、単なる新型の投入だろう。ばかばかしい妄想と自嘲しつつも、蘇った戦場の亡霊という想像を禁じ得ない。
ガンダムは自陣に踊り込むや、ビームライフルを放ってザクを撃ち抜いては、バッタのようにあちこち飛び回りながら、攪乱する。ザクマシンガンの多少の被弾など、ものともしない。まるで、実在しない影のようだ。実在しない影か、亡霊ならば、当然、攻撃も通用しない。
ガンダムを避けて散開した友軍に、離れているキャノンタイプの狙撃が文字通り追い討ちをかけるが、先程の射撃に反応した自身は、空中を大きく旋回してしまい、救援に向かえない。
「イアン、正面のキャノンだ!」
アーサーは、ドダイのパイロットに命じる。機体を左右に振らせながら、キャノンタイプに突貫する。まずは、ハリソン少佐の狙いであったキャノンタイプを墜とす。ガンダムの相手はその後だ。
「俺を降ろしたら全速で逃げろ!マイロを頼んだぞ!」
行け!と気合を入れた後、ドダイから飛び降りる。敵が、肩に担いだキャノン砲で応戦してきたが、イアンはうまくかわして離脱していく。イアンのおかげで的を絞れない敵機は、アーサーのグフにも着弾させられない。
アーサーは、左腕の35mmガトリングを斉射しながら、一気に敵に詰め寄った。至近弾でも、敵の装甲がガトリングを弾く。やはり、こいつの装甲は”のっぺらぼう”の量産機とは違うらしい。
肩のキャノン砲の射角をギリギリで避け、敵の左下から潜り込むように接近すると、敵は慌てたようにライフルを捨てた。接近されすぎたと判断したのだろう。ライフルも取りまわせまい。サーベルを振りかざした右腕の手首を、締め上げるように押し込んでくる。パワーもある。
「連邦の、ニュータイプっ!」
自機の左腕を押さえつける、敵機の右手を何とか振りほどく。そのまま目の前のキャノンの銃口目掛けてガトリングを打ち込んだ。砲身の中で互いの砲弾が暴発し、激しい爆発が起こった。自機の左腕が拭き飛んだが、キャノンタイプは右肩から頭部に掛けて盛大に火を拭いていた。
背後から、プレッシャーを感じた。凄まじい、怒りと悲しみが混じり合ったような感情が、津波のように押し寄せるのをアーサーは感じ、機体を横跳びに退けた。機体の真横を、ビームがかすめていく。ザクを殲滅させたガンダムが、こちらに迫っていた。
キャノンにとどめをさそうと振りかざしていたサーベルを下ろし、ガンダムに向き直る。
「どこまでも俺につきまとうか、戦場の亡霊め。いいだろう、悪霊退治だ!」
アーサーは、機体を思い切り前に踏み出した。
~~~~~~~~~~~~~~~
部下のザクは、敵の”のっぺらぼう”共に殲滅させられた。敵の数も半数以下に減らしたが、部下を屠った”のっぺらぼう”の軍団は、ハリソンと”ロレンス”を置き去りにして先に進み、砂漠の蜃気楼の中に、幻のように消えていった。サラサールの攻撃に加わるのだろう。
「俺とお前の因縁を知ってでもいるのか。随分と粋な連中だな。」
”ロレンス”、もとい、元部下のトマス中尉との激しい対峙に、肩で息をしながら、ハリソンは通信機に呼び掛けた。
『わたしも貴方も、殺しすぎすぎた。そして、地球を汚しすぎた。我々はここで滅ぶべきだ。』
返答はまったく嚙み合わなかったが、ハリソンには十分納得できるものだった。
「エドも、ついて来てくれた連中はみんな死んだ。悪いな、俺の最期に付き合ってもらうぞ。」
残弾が既に尽きているマシンガンを投げ捨て、ヒートホークを右手に握り直す。相手も同じく、装備はヒートホークだけだ。先ほどまで振り回していた鎖付きのハンマーは、すっかりひしゃげて、機体の傍らに打ち捨てられている。
悪くない最期だ、とハリソンは思った。惜しむらくは、この俺の雄姿を語り伝える者がいないことだけだ。
『戦争に、英雄などいません、少佐。』
「心を読むな。お前もニュータイプか。」
『長い付き合いです、こんなときに何をお考えかなど、分かります。』
本当に、悪くない最期だ。人間にとって、自分を分かってもらうことこそが喜びであり、生きる意味だ。自分のような無謀で無茶な指揮官に、あれほど熱くついて来てくれた仲間の存在が、それを証明している。そして、かつて自分の仲間でありながら、今こうして牙を向けるこの男も、自分や仲間たちが気づかないふりをしてきた罪悪感に、ただ一人向き合った、理解者と言えた。
悪くない。俺は、理解されながら、自ら望んだ戦いの中に死んでゆく。
「よし、行くか。」
ニヤリと笑い、かつて、同じ部隊にいたときの模擬戦のときのような気軽さで、トマスに呼び掛ける。
砂塵と硝煙に立ち込める砂漠の上は、抜けるような青空だった。その青空の下、鉄のぶつかる鈍く、重い音が響き渡った。
【#23 The last sand storm / Nov.26.0079 fin.】
・
読み返して改めてコメントを下さる方(いつも嬉しいコメントくださるヨッチャKIDさんなんですけれども)がまたいらっしゃって、ホントに、最強のモチベーションです。
ありがとうございます。
感涙です。
あと、先日、つぶやきで「皆さんの好きなガンダムシリーズの名ゼリフはなんですか?」とか聞いてみたら、自分、全然シリーズ観てない(というかリタイアが多い)ことに気づき、恥ずかしくなりました笑
アマプラで履修できそうな分は頑張ります笑
そして、前回使った「怯えガンキャノン」、割といい"怯え"感が出た思うので、単独で紹介させてください。
・
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#24 The end of sand storm
そして、戦士は——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。
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また、あなたに、あえますか?
オリジナルストーリー第23話
コメント
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ぶんどどデジラマストーリー投稿アカウントです。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真は同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、お気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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