MS戦記異聞シャドウファントム#50 Return of the valkyria / Oct.25.0087

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 7機のジムと、7機のSFS、その完璧な連携が、一段と、冴える。

 航空宇宙祭は、予定どおり挙行された。

 EFMP第1部隊が、サイド3を

 EFMP第1部隊が、サイド3を"追い出されて"きたのは、この情勢で航空宇宙祭を実施することに、かえって追い風になった。第1部隊は、予備機を含んだ6機を展開して警備に当たっている。"ティターンズ"、EFMP第1部隊、第2部隊2班、"イーグルス"……サイド5領空ギリギリの宙域は、かなりものものしい警備体制が敷かれている。

 午前中、コロニー内の飛行は、非武装で機体だけを飛ばす。観客の頭上すれすれを飛ぶような場面もあり、報道用の映像には、MSの勇姿に歓声を上げる人々の顔も映し出されている。

 あそこで飛んでいると、そういう雰囲気に背中を押され、より一層技術がさえるのではないだろうか。コロニー外の宙域で、自機のコクピット内、放送受信用の小さなモニターで展示飛行を見ていたヘント・ミューラー中尉は、そんなことを考えていた。

 展示飛行の中継が終わると、映像は野外コンサート会場に切り替わる。中立コロニーという気風か、毎年航空宇宙祭の中で、反戦をテーマにしたコンサートが開催されている。ちょっとしたロックフェスの雰囲気があり、人気も高い。

 中継では、"マリア"という歌姫が、旧世紀から歌い継がれる讃美歌"アメイジンググレイス"を美しい声で歌っている。"マリア"はサイド3、ジオンの出身だが、1年戦争開戦直後に亡命している。1年戦争当時、この"アメイジンググレイス"の歌唱で、ちょっとした流行にもなった人気のあるシンガーだった。先日のレセプション会場にも"マリア"は参加していて、オープニングとエンディングで、ステージで歌唱していた。

 ヘントは、目を閉じて、"マリア"の"アメイジンググレイス"に聞き入った。

 人々の迷い。

 それに救いを差し伸べる神の御手、その大いなる恵み。

 あの過酷な1年戦争で、マリアの歌うこの歌が皆に聴かれたのは頷ける。いや、今なお歌い継がれているのには、理由がある。時代が、人が、迷い、救いを求めている。

 文化は、恵まれた、豊かな時代、学びと余暇と遊びの中で育まれるものだと、ヘントは理解している。だが、同時に、寒く、厳しい時代の中で、人々の魂の叫びが紡ぐものものまた、文化を形作るのだ。

 繰り返されるアンコールの中、"マリア"が3度目の"アメイジンググレイス"を始める。ヘントは、合わせて、小さく口ずさんだ。

『けっこう上手じゃん、ヘントくん。』

 回線がオープンになっていたらしく、アンナが通信機越しに言う。珍しく、茶化す様子がない。ヘントは、意外と、好い声なのだ。

 やがて、昼を回る頃、ヘントらEFMPのいる地球連邦軍のドックに、"ブルーウイング"がやって来た。ライフルを持ったフル装備での飛行は、コロニー内では行わない。コロニー周辺の宇宙空間で行うので、その際は毎年、EFMPの巡回任務に使用する仮設ドックを提供する。ドックは、サイド5領空すれすれの、外部宙域にある。

「ご苦労様です。素晴らしい飛行でした、ミヤギ中尉。」

輸送機から降りてきたキョウ・ミヤギ中尉に、ヘントは一言だけ声を掛けた。

「ありがとうございます。この後、お願いします。」

ミヤギも、それだけ応えて敬礼を送り、その場を通り過ぎていく。

「我々の飛行の、精度の秘訣、ご存知ですか?」

無重力になっているドック内、後から流れてきたアラン・ボーモント中尉がヘントの前に留まって話し掛けてくる。

「我々SFS隊の技倆とサポートこそが"ブルーウイング"の完璧な飛行を支えている。MSとSFSのペアは、アイスダンスのペアのようなものです。」

自分とミヤギ中尉は、完璧に呼吸が合っています、と、挑戦的な目線を向けながら言う。

「そのとおりだと思う。中継は見ていた。君の才能が、彼女の才能を遺憾なく引き出している。」

 ヘントは相槌を打った後、冷静な声で、だが、と続けた。

「誰と、どんなダンスを踊ろうと、ラストダンスの相手が俺になるなら、俺は何も気にしない。」

アランの、グリーンの瞳から、目線を外さずに告げる。

「君もプロフェッショナルなら、余計なことを考えずに、目の前の任務に集中しろ。次の飛行も、期待しているよ。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(言われなくても……!) 

(言われなくても……!)

 "ドラゴンフライ"のコクピットで、アランは苛ついていた。

(返り討ちに遭いましたね。)

ヘント・ミューラーとの会話の後、チタ・ハヤミからも冷やかされた。どんなときでも愛嬌のあるヤツで、その明るさをアランも気に入っていた。しかし、今日ばかりはその愛嬌が癪に障った。

 勢いよく、しかし柔らかく背に乗ったジムスナイパーIIの、機体の重みを感じる。重力はないはずだが、たしかに分かるのだ。万有引力。それは、物体同士が引き合う二つの力。物理法則を超えて、魂の結びつきを感じさせる響きに、アランは僅かに高揚する。宇宙でも、連携は完璧だ。そう、この完璧さを支えているのは、自分なのだ。

(ヘント・ミューラーめ……!)

 あの男に、俺の胸の内を見せてやりたい、という衝動に、アランは駆られる。

 お前と彼女との、絆の深さは認めよう。だが、俺の想いだって、本物なのだ。

 この、”天才”の飛行に、俺は技倆の全てを出し尽くして、喰らいついてきた。彼女の監視。それは、諜報としての訓練も受けたアランの、第一の任務だ。だが、誰も完璧に合わせることができなかった、”シングルモルトの戦乙女”の、そのダンスパートナーとして、パイロットの腕を買われてここに来たのも、また、事実だ。それは、俺にしかできないことだ。あいつの動きを、呼吸を、誰よりも分かっているのは、俺のはずだ。

(それは、認めさせてやったぞ——そうだな、ヘント・ミューラー……!)

 世間は、MSという兵器をとおして、彼女を見る。彼女の人間性ではなく、その才能を見るのだ。世間の目に倣うならば、お前ではなく、俺こそが、彼女のパートナーなのだ。それは、認めろ、ヘント・ミューラー。この感覚は、余計なことなのか——?

 編隊飛行は終わった。連携は完璧だった。次はいよいよ"狙撃ショー"だ。

 ミヤギ機を乗せたまま、アランは自分の"ドラゴンフライ"を加速し、先行させる。

「行けっ!」

通信機越しに、発破を掛けると、"ドラゴンフライ"の背を蹴り、稲妻のようにミヤギのジムが飛び出した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 背後から、アランの気迫が自分を押し出すのを感じる。その感触が、心地いい緊張感を生む。しつこい誘いに辟易させられるが、彼の仕事はいつも完璧だ。そう言うところは、素直に認められる。ヘントがいてもいなくとも、パートナーに選ぶことはないと思う。だが別に、人間として嫌いなわけではないのだ。 アランと、仲間の期待を感じながら、宇宙の闇に目線を滑らせる。少し遠くから、温かく、優しい感覚が自分に向けて放たれている。 ミヤギの

 背後から、アランの気迫が自分を押し出すのを感じる。その感触が、心地いい緊張感を生む。しつこい誘いに辟易させられるが、彼の仕事はいつも完璧だ。そう言うところは、素直に認められる。ヘントがいてもいなくとも、パートナーに選ぶことはないと思う。だが別に、人間として嫌いなわけではないのだ。

 アランと、仲間の期待を感じながら、宇宙の闇に目線を滑らせる。少し遠くから、温かく、優しい感覚が自分に向けて放たれている。

 ミヤギの"探知能力"は、生命の波長を読む。ミヤギ自身は、そう理解している。思考ではない。その、生命の気配が、次にどう動こうとしているのかを、自ら告げる。

 そこを、先手を打って撃つ。

 だから、この"狙撃ショー"、無人の機械を射抜くことはできるのか、分からなかった。

 しかし——できてしまった。

 宇宙に出て、ヘントの存在を傍近く感じることで、ミヤギは自分自身の感覚がこれまでになく"拡張"されていると自覚した。

 付近の宙域に、ダミーバルーンが5つ、展開するのが、見なくとも分かる。

 自分の感覚が浸透し切ったこの宙域で、起こっていることが、すべて分かる——そんな気がする。やはり、自分は、宇宙に適応した人類、"ニュータイプ"なのか

 ミヤギは、まずは正面の1つを射抜くと、勢いよく機体を反転させ、背後のもう1つを続け様に射抜いた。そして、機体を捻ると、胴体の脇腹から、背後のバルーンを射抜く。バレルロールで流れるような一連の動作で、文字通り瞬きをする間に、5つのダミーバルーンを射抜いた。真空でも炸裂する特性の爆薬が炸裂し、花火のように美しく輝いた。 真空の静けさに遮られているはずだが、観ている者の歓声が、聞こえるような気がした。ミヤギはそのまま、まっすぐ機体を走らせる。

 ミヤギは、まずは正面の1つを射抜くと、勢いよく機体を反転させ、背後のもう1つを続け様に射抜いた。そして、機体を捻ると、胴体の脇腹から、背後のバルーンを射抜く。バレルロールで流れるような一連の動作で、文字通り瞬きをする間に、5つのダミーバルーンを射抜いた。真空でも炸裂する特性の爆薬が炸裂し、花火のように美しく輝いた。

 真空の静けさに遮られているはずだが、観ている者の歓声が、聞こえるような気がした。ミヤギはそのまま、まっすぐ機体を走らせる。

 真空を超えて届く、驚嘆の意思をかき分け、背後から、優しく、力強い気配が近づくのを感じる。ヘントのキャバルリーの、白い機体がまっすぐ向かってきて、寄り添うように傍らを飛ぶ。 やがて、正面から、ティターンズの青い機体が2機、ハイザック・カスタムと新型のバーザムが迫ってきた。ハイザックからは、はっきりとした敵意が発せられている。だが、今日は、何も感じない。ヘントの、魂の盾のおかげだ。(行ける——戦える!)ミヤギは、スロットルレバーを握る手に力を込めた。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 真空を超えて届く、驚嘆の意思をかき分け、背後から、優しく、力強い気配が近づくのを感じる。ヘントのキャバルリーの、白い機体がまっすぐ向かってきて、寄り添うように傍らを飛ぶ。

 やがて、正面から、ティターンズの青い機体が2機、ハイザック・カスタムと新型のバーザムが迫ってきた。ハイザックからは、はっきりとした敵意が発せられている。だが、今日は、何も感じない。ヘントの、魂の盾のおかげだ。

(行ける——戦える!)

ミヤギは、スロットルレバーを握る手に力を込めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 4機は模擬戦のスタート地点で、円を描くようにグルリと一度回ると、散開した。 ハイザック・カスタムは、狙撃用らしきロングライフルを装備している。散開と同時に、みるみる後方に下がっていく。「向こうも狙撃が十八番か……!」 呟いてから、ヘントは通信機に呼び掛ける。「ミヤギ中尉、下がれ!」言うなり、ビームが飛んできた。2人は即座に散開してかわすが、前線に残ったバーザムが、ミヤギのジムに殺到する。 ヘントのキャバルリーがバーザムに組み付き、ミヤギ機へ到達するのを阻止する。ミヤギは、ビームを掃射しながら後退するが、バーザムはヘントと組み合っているため、打ち抜けない。時折遠くから放たれるビームをかわすことにも意識を割かれ、敵機だけを撃てるほど集中できそうにない。

 4機は模擬戦のスタート地点で、円を描くようにグルリと一度回ると、散開した。

 ハイザック・カスタムは、狙撃用らしきロングライフルを装備している。散開と同時に、みるみる後方に下がっていく。

「向こうも狙撃が十八番か……!」

 呟いてから、ヘントは通信機に呼び掛ける。

「ミヤギ中尉、下がれ!」

言うなり、ビームが飛んできた。2人は即座に散開してかわすが、前線に残ったバーザムが、ミヤギのジムに殺到する。

 ヘントのキャバルリーがバーザムに組み付き、ミヤギ機へ到達するのを阻止する。ミヤギは、ビームを掃射しながら後退するが、バーザムはヘントと組み合っているため、打ち抜けない。時折遠くから放たれるビームをかわすことにも意識を割かれ、敵機だけを撃てるほど集中できそうにない。

 バーザムは、キャバルリーを引き離そうともがくが、その都度ヘントが組み付いていき離さない。実はインファイトはキャバルリーの十八番だが、今回の模擬戦はビームライフルの当たり判定だけが勝敗を決めるルールだ。2機は互いの、ライフルを持った右腕を押し合いながら、もがくように揉み合っている。こうしていればミヤギもバーザムを打ち抜けないが、ハイザックもヘントを打ち抜けないはずだ。 ミノフスキー粒子下の有視界戦を再現するため、粒子下で無効化されるレーダーやセンサーは切っている。互いの狙撃手は、見えないところまで後退してしまい、時々思い出したように威嚇じみた射撃をするだけだ。 観客のブーイングが聞こえてきそうな、地味な絵面だ。(何とかしなければ……。) ヘントは思考を巡らせる。 ミヤギの、今日の飛行は完璧だった。 狙撃もだ。 彼女の冴えこそが、最大の武器だ。(そうだ、そう——!)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 バーザムは、キャバルリーを引き離そうともがくが、その都度ヘントが組み付いていき離さない。実はインファイトはキャバルリーの十八番だが、今回の模擬戦はビームライフルの当たり判定だけが勝敗を決めるルールだ。2機は互いの、ライフルを持った右腕を押し合いながら、もがくように揉み合っている。こうしていればミヤギもバーザムを打ち抜けないが、ハイザックもヘントを打ち抜けないはずだ。

 ミノフスキー粒子下の有視界戦を再現するため、粒子下で無効化されるレーダーやセンサーは切っている。互いの狙撃手は、見えないところまで後退してしまい、時々思い出したように威嚇じみた射撃をするだけだ。

 観客のブーイングが聞こえてきそうな、地味な絵面だ。

(何とかしなければ……。)

 ヘントは思考を巡らせる。

 ミヤギの、今日の飛行は完璧だった。

 狙撃もだ。

 彼女の冴えこそが、最大の武器だ。

(そうだ、そう——!)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 揉み合う2機を見て、ミヤギは、中東での戦いを思い出していた。 あのとき、ヘントは、組み合った敵機を自分ごと撃てと、ミヤギに命じた。また、彼が

 揉み合う2機を見て、ミヤギは、中東での戦いを思い出していた。

 あのとき、ヘントは、組み合った敵機を自分ごと撃てと、ミヤギに命じた。また、彼が"それ"を決断するのではないか——そう思うと、ミヤギは戦慄した。

 今回は、もし彼ごと撃っても、絶対に死ぬことはない。だが、それでも、もしそう指示をされたら、ミヤギは引き金を引くことはできないと思った。

 ためらいながらも、"当たらないように"射撃を続けた。敵のライフルは、こちらの装備よりも性能は良さそうだ。望遠レンズをしっかり使っているのだろう。ときどき機体の近くをビームが走った。だが、これだけ離れてしまうと、見えているからと言って当てられるものではない。安定した足場のない上に、敵機も立体的な機動を取れる宇宙空間では、なおのこと、狙撃の難易度はあがる。

 ミヤギのライフルは最大望遠の10kmが限界射程だ。出力も下げている分、射程ギリギリでは当たり判定を取れるかも怪しい。ジムスナイパーIIの有視界補助センサーを使って、相手を見つけられても、こちらの装備は旧式だ。狙撃の精度は落ちる。

(まさか、10kmも離れてはいまいが……。)

自惚れるつもりはないが、自分以外でその距離を当てられるパイロットは、そうはいないはずだ。

 考えていると、ヘントから通信が入る。『ミヤギ中尉、撃つのをやめろ。』 先の想像とは、真逆のことを言われた。『撃つのをやめて、動け。』は?と、思わず聞き返す。『君は撃たずに動け。一度敵から身を隠せ。あとは、感じてみせろ。』組み合うのに必死なのだろう。細かく説明している余裕がないらしい。『今日の君の”冴え”なら、”見える”だろう。以上だ。』 そこまで言って、通信を終える。 相変わらず、言葉が足りない。だが、だいたいわかった。 ミヤギは、射撃をやめて、機体を真横に大きく迂回させる。遠くから放たれる敵の射撃は、先ほどまでミヤギがいた辺りを走った。敵も、ルールどおりにレーダー類を切っているらしい。 ミヤギの狙撃は、生命の波長をとらえる。 集中すれば、視界ではなく、その彼方に揺らぐ気配までも、感覚でとらえられる。 今日は、生命ですらない、ダミーバルーンの気配も正確に感じ取れた。確かに、ヘントの言うとおり、感覚は研ぎ澄まされ、いつになく冴えている。

 考えていると、ヘントから通信が入る。

『ミヤギ中尉、撃つのをやめろ。』

 先の想像とは、真逆のことを言われた。

『撃つのをやめて、動け。』

は?と、思わず聞き返す。

『君は撃たずに動け。一度敵から身を隠せ。あとは、感じてみせろ。』

組み合うのに必死なのだろう。細かく説明している余裕がないらしい。

『今日の君の”冴え”なら、”見える”だろう。以上だ。』

 そこまで言って、通信を終える。

 相変わらず、言葉が足りない。だが、だいたいわかった。

 ミヤギは、射撃をやめて、機体を真横に大きく迂回させる。遠くから放たれる敵の射撃は、先ほどまでミヤギがいた辺りを走った。敵も、ルールどおりにレーダー類を切っているらしい。

 ミヤギの狙撃は、生命の波長をとらえる。

 集中すれば、視界ではなく、その彼方に揺らぐ気配までも、感覚でとらえられる。

 今日は、生命ですらない、ダミーバルーンの気配も正確に感じ取れた。確かに、ヘントの言うとおり、感覚は研ぎ澄まされ、いつになく冴えている。

 ミヤギは、機体をジグザグに飛ばしながら、2度、深呼吸をする。 宇宙空間の、無限の広がりに、自分の感覚が溶けていく。 果てしなく広がる空間で、相手との間合いが、わかる。 感じる気配は2つ。 4時の方向に、温かく自分に向かう、優しい気配。そして、11時方向。棘のある、明確な敵意。だが、小さな蟷螂が、必死に威嚇する程度にしか感じない。怖く、ない。ヘントが、守ってくれている——! ミヤギは、機体を一気に前に進め、ライフルを前方に構える。 スコープを覗くまでもない。

 ミヤギは、機体をジグザグに飛ばしながら、2度、深呼吸をする。

 宇宙空間の、無限の広がりに、自分の感覚が溶けていく。

 果てしなく広がる空間で、相手との間合いが、わかる。

 感じる気配は2つ。

 4時の方向に、温かく自分に向かう、優しい気配。そして、11時方向。棘のある、明確な敵意。だが、小さな蟷螂が、必死に威嚇する程度にしか感じない。怖く、ない。ヘントが、守ってくれている——!

 ミヤギは、機体を一気に前に進め、ライフルを前方に構える。

 スコープを覗くまでもない。

「そこっ!」 眼前に走った稲妻と共に、迷いなく引き金を引いた。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「そこっ!」

 眼前に走った稲妻と共に、迷いなく引き金を引いた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ケイン・マーキュリー少佐は、何が起こったか理解できなかった。正面のモニターには、自機の撃墜を知らせる表示が瞬いていた。 敵機を見失った後、一瞬、自身を射貫く稲妻のようなプレッシャーを感じた。感じた次の瞬間には、撃墜されていた。「くそ……っ!」 ケイン少佐は歯噛みしながら、シートの脇を拳で叩いた。 コクピットに設置した小さなモニターでは、航空宇宙祭の中継を受信している。揉み合うバーザムと、EFMPの白い機体の様子が映し出されていた。おそらく、ケインの撃墜をアラートで知ったのだろう。一瞬、バーザムに隙が生じた。その一瞬で、白い敵機が脇腹を蹴り、バーザムを引き離し、ライフルを叩き込んだ。同時に、見えない遠くから、もう一条の光線が刺さった。

 ケイン・マーキュリー少佐は、何が起こったか理解できなかった。正面のモニターには、自機の撃墜を知らせる表示が瞬いていた。

 敵機を見失った後、一瞬、自身を射貫く稲妻のようなプレッシャーを感じた。感じた次の瞬間には、撃墜されていた。

「くそ……っ!」

 ケイン少佐は歯噛みしながら、シートの脇を拳で叩いた。

 コクピットに設置した小さなモニターでは、航空宇宙祭の中継を受信している。揉み合うバーザムと、EFMPの白い機体の様子が映し出されていた。おそらく、ケインの撃墜をアラートで知ったのだろう。一瞬、バーザムに隙が生じた。その一瞬で、白い敵機が脇腹を蹴り、バーザムを引き離し、ライフルを叩き込んだ。同時に、見えない遠くから、もう一条の光線が刺さった。"シングルモルトの戦乙女"だろう。

「化け物が……!」

 自分も、ああして、見えない場所から狙撃されたのか。

 宇宙空間での長距離狙撃は、足場も定まらず、かなり難しい。その上、相手のライフルは1年戦争時の旧式のものだったはずだ。改修と調整をしているとは言え、命中精度はさして高くないはずだ。

 救援用のジムが寄って来て、ランドセルに何やらコードを繋ぐと、撃墜判定を受けて機能を停止していた機体に、再び火が入る。

『お疲れ様です、少佐。規定のコースで帰投してください。』

ジムのパイロットの落ち着いた声に、一応、ありがとう、と穏やかに返したが、ケインの心中は穏やかではなかった。

(ニュータイプのスペースノイド……やはり、淘汰されて然るべきだ。)

あんな能力は、人類として不自然だ。これまでの経験と叡智の積み重ねを踏みふにじる、恐ろしい存在だ。

 ケインはその胸に、スペースノイドに対する憎悪をますます募らせた。

『けなりの腕ですね、ミヤギ中尉は。』

合流してきたマルコ・ドモリッチ中尉が、意味不明なことを口走っている。

「……けなり?」

『え?なんですか、それ?』

「貴方が言いました。」

『言い間違いですかね。』

 "かなり"とでも言いたかったのか。敬語を使えないだけではなく、口も回らないのか。

「スペースノイドのニュータイプ。いつか、駆逐してやりましょう。」

ケインは、呟いた。マルコに対する呼び掛け、というよりも、自分自身に言い聞かせているようだった。

(そろそろ、いいかな?) その宙域にいた者は、皆、確かに聞いた。無邪気な子どものようでいながらも、邪悪で妖しいプレッシャーに充ちた、その声を。瞬間、宙域に、ミノフスキー粒子が散布される。そのことを知らせるアラートが、全機のコクピットに鳴り響く。「何っ!?」 コクピットの中で、ケイン少佐は動揺の声をあげた。ミノフスキー粒子の散布はそれ自体が宣戦布告だ。『少佐っ!』 近くにいるマルコのバーザムは、まだ、辛うじて通信が繋がるが、ミノフスキー粒子はますます濃度を高めている。あっという間に戦闘濃度だ。「エゥーゴか……!?」 しかし、今の声はなんだ。 キョウ・ミヤギから感じた、射貫くようなプレッシャーとは違う。ゾッとするような、嫌悪感のある感覚だった。だが、これは——この、頭の中に無理やり入り込んでくるようなあの感覚は——(キョウ・ミヤギとは別の、ニュータイプ……やはり、ヤツら、バケモノか……っ!?)

(そろそろ、いいかな?)

 その宙域にいた者は、皆、確かに聞いた。無邪気な子どものようでいながらも、邪悪で妖しいプレッシャーに充ちた、その声を。瞬間、宙域に、ミノフスキー粒子が散布される。そのことを知らせるアラートが、全機のコクピットに鳴り響く。

「何っ!?」

 コクピットの中で、ケイン少佐は動揺の声をあげた。ミノフスキー粒子の散布はそれ自体が宣戦布告だ。

『少佐っ!』

 近くにいるマルコのバーザムは、まだ、辛うじて通信が繋がるが、ミノフスキー粒子はますます濃度を高めている。あっという間に戦闘濃度だ。

「エゥーゴか……!?」

 しかし、今の声はなんだ。

 キョウ・ミヤギから感じた、射貫くようなプレッシャーとは違う。ゾッとするような、嫌悪感のある感覚だった。だが、これは——この、頭の中に無理やり入り込んでくるようなあの感覚は——

(キョウ・ミヤギとは別の、ニュータイプ……やはり、ヤツら、バケモノか……っ!?)

 機体に警戒態勢を取らせるや、サーモセンサーが熱源を探知した。「後ろだっ!マルコ!!」『来た、敵機……ぎゃっ……!!』マルコ中尉の断末魔が響くのと同時に、青いバーザムが、細長い剣に引き裂かれるのが見えた。(小物はどいていろ、邪魔だ……!)獣のような雰囲気の、真っ黒な機体が、ケインのハイザックを思い切り蹴とばした。「おおぉぉぉぉっ!?」 ケインは、後ろに流されながら、絶叫した。(くそ……マルコ!マルコ……!!)役に立たない自分と、ニュータイプへの憎しみに、ケインは、自身の自我が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じた。そのまま、機体ごと宇宙の闇に飲まれていくような気がした。         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 機体に警戒態勢を取らせるや、サーモセンサーが熱源を探知した。

「後ろだっ!マルコ!!」

『来た、敵機……ぎゃっ……!!』

マルコ中尉の断末魔が響くのと同時に、青いバーザムが、細長い剣に引き裂かれるのが見えた。

(小物はどいていろ、邪魔だ……!)

獣のような雰囲気の、真っ黒な機体が、ケインのハイザックを思い切り蹴とばした。

「おおぉぉぉぉっ!?」

 ケインは、後ろに流されながら、絶叫した。

(くそ……マルコ!マルコ……!!)

役に立たない自分と、ニュータイプへの憎しみに、ケインは、自身の自我が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じた。そのまま、機体ごと宇宙の闇に飲まれていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『ミノフスキー粒子……!?』 ヘントの動揺する声が聞こえると、ミヤギは、自分に対する強烈な敵意が、粒子の向こうからまっすぐ放たれるのを感じた。(まずい——これは……!) 呼吸が、止められるような圧迫感に、意識が飛び掛ける。 ジン・サナダのような、激しい敵意だが、ヤツの突き刺してくるようなものとは何か違う。もっと、ドロッとして、闇の中に引きずりこんでくるような、不快な感覚だ。 ミヤギは、息苦しさから逃れようと、思わずヘルメットを脱ぎ捨て、喘ぐように浅く、呼吸をした。

『ミノフスキー粒子……!?』

 ヘントの動揺する声が聞こえると、ミヤギは、自分に対する強烈な敵意が、粒子の向こうからまっすぐ放たれるのを感じた。

(まずい——これは……!)

 呼吸が、止められるような圧迫感に、意識が飛び掛ける。

 ジン・サナダのような、激しい敵意だが、ヤツの突き刺してくるようなものとは何か違う。もっと、ドロッとして、闇の中に引きずりこんでくるような、不快な感覚だ。

 ミヤギは、息苦しさから逃れようと、思わずヘルメットを脱ぎ捨て、喘ぐように浅く、呼吸をした。

 瞬間、視界を稲妻が走る。黒い、獣のような機体がまっすぐ突っ込んできた。 

 瞬間、視界を稲妻が走る。黒い、獣のような機体がまっすぐ突っ込んできた。

 "あの時"のように、刻が、止まった―—。

 

【#50 Return of the valkyria / Oct.25.0087 fin.】

 

Continued in #51

オリジナルストーリー第50話

コメント

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  1. cinnamon-1 40分前

    さすがミヤギとヘントのコンビ。研ぎ澄まさせた感覚の素晴らしいこと😊 閃き撃ち👍

    ケインのニュータイプをおそろしく感じる感覚、オールドタイプには当然の事かもしれません😌 なんか複雑😣

    そこへ魔が魔がしい機体。この後、一、二波乱起きそうですね😱

    ミヤギの動揺する画像、よく伝わります

    次回作品、ワクワクしながらお待ちしております😌

     

    • いつもありがとうございます(gundam-kao6)

      やっとMS戦ができました(gundam-kao10)

      ミヤギは、もしかして、パワーアップしてるかもしれません。2年間のヘント不足は却って燃えさせている感じがしますし、戦闘訓練はしていないものの、MSの操縦技術はたまに詰めているでしょうしね笑

      ケインは新しいものや変化を嫌い、古きものや自分の慣れ親しんだ価値観に固執する、我々オールドタイプ代表です(gandam-hand2)でも、小物です、残念ながら笑

      模擬戦用に出力落とした武装で、どうやって倒しましょうか……どうしよう、過去イチピンチかもしれません笑

  2. コメント失礼します。本編の裏側で起きた歴史の裏側の戦士達の物語に引き込まれていきます。宇宙世紀の最中に現れたガンダムフレームの異質さがまた新たな脅威感を高めてますね

    • コメントありがとうございます(gundam-kao6)

      まさに、歴史の裏側で、というのがコンセプトです(gandam-hand2)

      ガンダムフレームはムリがあるかなあ、と思いつつ、歴史の本流には絡ませずやっているので、割と好き勝手やっています笑

  3. T-Non 1時間前

    アムロを彷彿とさせる振り向き撃ち👍️

    オッスが改修されてる⁉️

    模擬戦に乱入してくるとは思ってましたが、いよいよ佳境ですか❓️

    ワクワクします‼️たまらんです‼️

    • いつもありがとうございます(gundam-kao6)

      実は画面的にわかりにくかったのですが、この学ラン風バルバトス?は、#44にも登場しています笑

      獣のように勢いよく動く設定にしているので、戦闘画面もぶれぶれにしていますので、わからなかったら大成功です(gandam-hand1)

      この模擬戦は起承転結で言ったら、承と転の間あたりです(gundam-kao10)4部はちょっとダラっと長くなりますが、もう一踏ん張りお付き合いください(gundam-kao10)

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