(これは、勝てないな。)
連邦軍のタンク型MSを撃破したものの、アーサー・クレイグ大尉は、素直にそう感じた。防衛に当たっていた拠点を攻めてきた連邦軍の戦力は何とかやりすごしたが、結果的にここは突破されたことになる。麾下の中隊も半数が撃破されてしまった。物量戦で押されるがままに、ジオンの戦線は随分と後退した。連邦の狙いはマ・クベ大佐の鉱山基地本部だろうが、そこを防ぐ絶対防衛線も、いつ抜かれるか知れない。
『さすがです。連邦のMSもどきなど、大尉の敵ではありませんな。』
補給用のトラックが機体の足元に近づく。ガドリングの弾薬を受け取りながら、歩兵隊のバリー軍曹の声を通信機ごしに聞く。この局面でも声色が明るいのは、アーサーの力を信じ切っているからだろう。
確かに、戦車の1輌1輌、タンク型MSの1機1機は、格闘戦の相手としては大したことはない。しかし、物量が違いすぎる。遮蔽物を利用して、身を隠すなり、横の機動を駆使して戦える戦場ならば、MSに大きな分がある。しかし、開けた荒野では直線的な機動になりがちだ。自由度の高い立体的な戦術的機動を取れることがMSの利点ではあるが、宇宙や市街地と違いただっ広い平地ではその強みが生きない。平地でああも激しい砲撃を浴びせられれば、MSも戦車も陸上艦も、手も足も出ないことにさして変わりない。
「ここはもう駄目だ。撤退する。」
『まだ戦えます。』
生き残りのMS隊に通信を送るや、若いマイロ伍長が気炎をあげた。隊にまだ士気が残っていることは幾分か救われる思いもする。が、気持ちだけでは解決しない。戦いは現実的だ。
「撤退する。諸君の裂帛の気迫は賞賛に値するが、これ以上この拠点を維持することに、戦略的な意義はないと判断した。指揮官として改めて、撤退を命じる。」
この基地は前衛拠点の一つで、より大きな戦略的意義を持つ拠点の防衛線の一部に過ぎない。さらにその奥地に絶対防衛線が存在する。
(とは言え、次の手はあるのか。)
連邦軍の戦術とも言えないような圧倒的な物量戦に、一介の前衛拠点としては善戦したと言えよう。これ以上戦っても、後方の拠点と分断され、孤立する危険性もある。いや、もしかしたら、もうしているのかもしれない。北上して、マ・クベ大佐の拠点により近い基地に籠り、新たに防衛戦に加わるのが、果たして正解なのか。
この戦闘で、ミノフスキー粒子下でも有効に働くレーダーの類はあらかた破壊されてしまった。敵には好感度のソナーやレーダーを備えた指揮車輌や陸上艦艇がバックアップに付いているというのだから、混迷を極める戦場に闇雲に分け入っても、敵の餌食になるだけだろう。かと言って、落ちかけのこの拠点に、このまま留まっていても、包囲されて蜂の巣だ。
ならばいっそ、迫り来る敵陣に斬り込み、華々しく散るか?いや、それこそ蛮勇の極み。レビル将軍の坐乗鑑への特攻ならば理解もできる。しかし、レビルのいる"バターン"の進軍ルートは、ここではない。
退くも進むも、敵の砲火が待っているのならば……。
「クレイグ隊は、南下してオデッサ市を目指す。」
オデッサの宇宙港だ。そこから、宇宙に脱出する。
「動けるものはついてこい。クレイグ隊が直掩を請け負う。」
『後方の友軍はまだ戦っています。見捨てるのですか!?』
マイロが食い下がる。
「違う。」
『違いません!このままここに潜んで敵をやり過ごし、後方に展開している戦力と挟撃を行いましょう。ここを抜いた戦力に打撃を与えられます。』
「わたしの見立てでは、明日には総本部は落ちる。マ・クベ大佐のザンジバルは、今頃マスドライバーの上だろう。」
基地司令の話では、連邦軍内の内通者の存在が、作戦発動直前に敵に発覚し、処断されたと言う。敵を内部から、それもレビルのいる本陣にほど近いところから切り崩せれば、あるいはこの戦いも勝ったのかもしれない。しかし、その望みは絶たれた。そもそも、そのような薄汚い策を弄する時点で、天運に見放されたと思えてならない。
「それに、わたし程度の戦略眼でもこの戦いは明日にでも終わると分かるのだ。とすれば、味方にも敵にも、同じことを考えるものがいるはずだ。」
『宇宙港からの脱出……。』
いつの間にか機体を近づけていたオスカーの呟きが聞こえた。
「そうだ。敵もだ、考えるだろうな。」
地獄の火線をようやく潜り抜けてきたところを、狙い撃ちにされる。
『つまり、殿軍を務めると。』
「わたしだけが臆病者ならば、ただの敵前逃亡だがな。それでも将兵の無駄死には避けられるかもしれん。着いて来てくれるか、オスカー軍曹。」
もちろんです、とオスカーからの返答は歯切れがいい。独立戦争の開戦前からここまで、共に戦ってきた古参の部下だ。アーサーの肚の内などわかっているのだ。
「マイロ伍長。伍長のジオンに対する忠誠心はよく分かった。だがわたしは、負けの見える戦に命を捨てるよりも、今、目の前の諸君らの命を優先したい。わたしの読み通り、友軍の殿軍となれれば、あるいは彼らと共闘ということもできよう。MS隊は討ち死にしてでも、せめて兵卒の命はなんとかしようではないか。」
もちろん、みすみす死ぬつもりはない。ソロモンか、グラナダか、ア・バオア・クーか。どうせ命をかけるなら、スペースノイドの本領たる、宇宙での戦いだ。マ・クベを討とうと、北の鉱山地帯に敵の全戦力が向いている今、ここから南のオデッサ市になら突破できるかもしれない。
「守るものもいずれ打ち砕かれることが分かりきっているような防衛戦に命を捨てるなら、守れるものを守り切れる可能性のある撤退戦に力を貸せ。納得できんなら離脱して後方の戦力と合流しても構わん。許可する。」
それだけを一方的に告げると、アーサーは機体を歩ませた。
直後、付近の岩盤に火柱が上がり、崩落した。連邦軍の戦車隊が迫るのが見えた。
たった4輌の1個小隊だ。周辺の防衛線を抜いた連邦の戦力など、とうの昔にはるか先まで進軍している。死に体の敵を狩りに、今更のこのこ出てきたのか。そうだ、こういう連中だ。こういう連中に、くれてやる命など持ち合わせてはいない。
「なめるな!こそこそと嗅ぎまわるハイエナどもが!」
叫びながら、アーサーはグフを走らせた。戦車隊のど真ん中に突っ込むと、文字どおり、蹴散らした。既に、自分たちが敗残兵であることは認めよう。しかし、義も勇もない者どもに、みすみす渡す命などここにはない。
『撤収準備だ、急げ!』
オスカーの声が通信機から聞こえる。マイロの機体も、歩兵たちを運ぶトラックを守るように、ゆっくりと歩きだした。
「何が、お前の血でこの大地を、だ……。」
たった2日前、胸の中で嘯いていた自分を、嘲笑う。”ガンダム”を倒すどころか、守る物を捨てて逃げ出そうとしている。
(だが、ガンダム。戦ってはみたかったものだな。)
そんなことをこの期に及んで考えている自分も、馬鹿らしい。
とにかく今は、信じてついてきてくれる兵の命を守ることに集中することだ。
今日もまた、遠く、地平に日が沈む。硝煙が立ち上る景色は、2日前に睨んだ地平とは、まったく違った景色だった。いや、違っているのは景色ではなく、自分の魂かもしれない。
戦いは、まだ続くのか。
「まもなく日が沈む。夜陰に乗じて撤退する。」
そうだ、影のように、亡霊のように、深く、静かに——。
【#07 / Nov.8.0079 / Losers "The Odessa day" : SIDE.ZEON fin.】
冒頭でやられているガンタンクは、"ライオンズ"のガンタンクではありません、あしからず笑
我が家にはライオンズのガンタンクしかありませんが、皆さんの想像力で、違う部隊のガンタンクと脳内変換してください(gundam-kao5)
ちなみに、うちのガンタンク、実はお腹のパーツを一つ抜いて、背を低くしてあります。
そして今回、この話のためだけに購入したマゼラアタックと……
自衛隊トラック笑
そして、歩兵たちはジオン版を新たに作りました笑
アーサー大尉も、なんか情けない奴になってしまいました笑
そういえばワッパもいました笑
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました(gundam-kao6)
オリジナルストーリー第7話
コメント
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連邦軍との物量、兵士も敏感に感じますよね😱 アーサー隊はどうなるのか? 今後の話が気になりますね😊
いつもありがとうございます。
北に進軍する87戦隊と、南に撤退するアーサー隊……あれ?これもしかして会敵しない??
どうなるんでしょうか(zaku-kao4)
巧くなくとも、誰かの心に少しでも何かが残れば、こんなに嬉しいことはない、と思っています。
技術がないので、基本的に無改造。キットの基本形成のままですが、できる限り継ぎ目けしや塗装などをして仕上げたいと思っています。
ブンドド写真も多めなので、同じキットを何度も使って、様々なシチュエーションの投稿をする場合もあります、あしからず。
F91、クロスボーン、リックディアスあたりが好きです。
皆さんとの交流も楽しみにしておりますので、どうぞお気軽にコメントなどもいただけますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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