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戦う理由

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「諸君、良い知らせと悪い知らせがある。 どちらから聞きたい?」
艦長が俺たちをブリッジに呼び出して映画のようなセリフを口にしたのは、俺たちがこの「ザンジバル級ヌエ」に配属されて3週間が経とうかという頃だった。
「じゃあ悪い知らせから」
ピーターがいつも通り、とても上官に対する口の利き方とは思えない言い方で答える。 艦長もこの3週間でコイツの態度にはすっかり慣れてしまったようで、特に気にすることなく話を続ける。
「よし。 単刀直入に言う。 ソロモンが落ちた」
 予想をはるかに上回る悪い知らせに、全員が驚きと失望の入り混じった表情を浮かべた。 オデッサでの敗退からこっち、連邦が勢いづいてきているのは知っていたが、まさか宇宙攻撃軍の拠点だったあの要塞が、こんなにすぐに落とされるなんて・・・。
「そして、良い知らせの方だが・・・」
俺たちの様子を見て雰囲気を変えようと思ったのか、艦長はこの場に不釣り合いなほど明るく続けた。
「本日、補給艦と接触する予定だ。 この前ミルフォード大尉が言っていた通り、追加のモビルスーツと補充パイロット、それから、マシアス曹長のモビルアーマーも届くらしいぞ」
「やっと僕もみんなと一緒に訓練に参加できる!」
ピーターが大喜びする様子に、ブリッジの雰囲気も幾分か明るいものになった気がした。
「この3週間私たちがゲルググの完熟訓練をしている間、アンタつまらなさそうにしてたらしいしね。 オペレーターから愚痴を聞かされたよ」
隊長がからかうように言う。
「だって隊長たちばっかり新型に乗っているのに、僕だけ艦で留守番なんてひどいよ。 ・・・でも、これでやっと僕も、みんなの役に立てるんだ・・・」
しみじみとした口調で、ピーターがつぶやいた。

「ローレン・リー曹長です。 よろしくお願いします」
「イヴァン・ポランスキー軍曹っす。 お世話になりまーす」
補充パイロットは二人ともかなり若かった。 おいおい、下手すりゃピーターより年下なんじゃないか? しかも一人は女の子・・・。
「実は、本来予定されていた補充兵がソロモンで戦死してしまって・・・。 それで、生き残りのパイロットとモビルスーツをこちらに回すことになったんです・・・」
シャロン大尉が申し訳なさそうに説明する。 
「まさか学徒兵・・・ってわけじゃないよな?」
さすがの艦長も、困惑したように二人にたずねる。
「はい。 ですが艦長、確かに我々は学徒兵ですが、私もポランスキー軍曹も、ソロモンでの戦闘を生き残った実績があります」
「とは言っても、俺たち二人ともソロモンが初陣で、しかもやったことといえばソロモンが陥落する直前に脱出する味方をワイヤーで艦隊まで引っ張っただけっすけどね」
「そうか・・・。 二人とも、乗機はリックドムだったな」
艦長が質問を続ける。
「そうなんすよ。 俺も先輩たちみたいに新型乗りたかったなぁ」
「イヴァン! 私たち訓練期間からリックドムしか乗ってないじゃない!? ムチャ言わないの! ・・・あ、申し訳ありません。 コイツ・・・じゃなくて、ポランスキー軍曹っていつもこんな調子で・・・」
 艦長だけでなく、俺たち全員に何とも言えない雰囲気が流れた。 パイロットが不足しているから学生を徴兵してモビルスーツに乗せているという噂は聞いたことがあったが、いざこうして本物の学徒兵を目の前にすると、自分が軍人であることを棚に上げて、軍は何を考えているんだと思わずにはいられない。
「ハウプトマン大尉、どう思う?」
艦長も何を言えばいいのか分からなくなったのか、隊長にムチャ振りをする。
「少年兵とはいえ、彼らはパイロットです。 何としても生き延びさせますよ、今度こそ・・・。 アンタたち、これから私たちと連携の確認も兼ねて訓練をする。 30分後にハンガーに集合だ」
「「了解」」
俺とピーター、ブラックさんも敬礼と共に返事をした。

「まずはチームを2つに分ける。 ひとつは私、ブラック、イヴァン軍曹だ。 これを第1分隊とする。 もうひとつはサム、ピーター、ローレン曹長。 こちらが第2分隊だ。 分隊長はサム、アンタに任せる」
「え、俺、じゃなくて、自分が分隊長ですか!?」
隊長の発言に、思わず上ずった声が出てしまう。
「階級で言ったらそうなるだろう。 私の援護はブラックに任せたいし、アンタとピーターは相性がいい。 それに、ピーターのビグロもあるんだ。 あんまり心配するな」
そう。 ピーターの新しい乗機はモビルアーマーだと聞いていたが、まさか本当にビグロなんてものが配備されるとは思わなかった。
「じゃあ、それぞれの分隊に分かれて模擬戦闘をするぞ。 各員の健闘を祈る」

「二人とも、しっかり掴まっててね。 それじゃあ、行くよ!」
俺とローレン曹長が両脇に掴まると、ビグロはすさまじいスピードで宇宙を駆け出した。 加速で気が遠くなりそうだ。
「ローレン曹長、大丈夫か!?」
「はいっ! な、なんとか・・・」
彼女もリックドムのコクピットで踏ん張っているようだ。
 俺たちの作戦はこうだ。
まず、圧倒的なスピードを誇るピーターのビグロに掴まって、一気に隊長たち第1分隊に接近する。 ピーターが模擬戦用のビームとミサイルを一斉射したら、俺たち二人はすぐさまビグロから離れ、ローレン曹長のリックドムが隊長のゲルググを狙う。 俺は彼女を狙うであろうブラックさんとイヴァン軍曹の牽制だ。
「見えた! 攻撃開始するよ!!」
ビグロがビーム砲とミサイルを一斉射するのに合わせて、俺たちは左右に展開した。 イヴァン軍曹のリックドムが、ビームを避けたところでミサイルの弾幕に引っかかるのが見えた。
「ローレン曹長、隊長は11時の方向から突っ込んでくる。 ブラックさんは俺が何とか抑えるから、そのまま狙い撃て! ピーターは隊長の回避しそうな方向へ牽制射撃だ」
指示を飛ばしながら、少しでもブラックさんの狙いが逸れるようにロケットランチャーでゲルググキャノンを狙い撃つ。
「サム、ずいぶんやるようになったじゃないか。 狙い辛いったらない」
インカムに、心なしか少し弾んだブラックさんの声が届く。 おかげでローレン曹長のリックドムは、隊長のゲルググと一騎打ちの形だ。 しかもピーターの牽制射撃のおかげで、隊長は思うように回避機動が取れないらしい。 これは・・・いけるかもしれない・・・! 東南アジアで、隊長が試験運用した先行量産型グフとの模擬戦を思い出して、俺が勝利を確信したときだった。
「・・・だが、マトが大きければそうでもないかな」
なんとブラックさんは、ビグロめがけてビームキャノンと試作ビームライフルを一斉に撃った。 模擬戦用のビームを食らったビグロの動きが止まる。 ビグロからの牽制射撃がなくなった隙に、隊長は一気にローレン曹長に接近し、ビームナギナタをリックドムの鼻先に突き付けた。

「まさか僕の方を狙ってくるなんてー!」
ピーターが悔しそうに大声を上げる。
「いやいや、作戦としては見事だったぞ。 良い連携だったし、ローレン曹長も思った以上に動けていたじゃないか」
ブラックさんが朗らかに言う。
「ああ。 アンタたちで考えた戦法なんだろう。 ローレン曹長も、学徒兵とは思えない腕だったよ」
隊長も褒めてくれた。
 そういえば、確かに彼女は狙いが正確だった。 学徒兵というから、もっと慣れていないものかと思ったが・・・。
「ねぇ、ローレンって本当に学徒兵なの?」
訓練終了のブリーフィングの後、ピーターがたずねる。
「はい。 ですが、同時に志願兵でもあります。 私も、そしてイヴァンも」
意外な答えに、俺とピーターが驚く。
「なんで志願なんかしたんだ? まだハイスクールに通うような歳だろうに」
俺も思わず質問してしまった。
「私の父が、去年失業してしまったんです。 連邦の経済封鎖の影響でした。 それから私の家は貧乏一直線で・・・。 でも、私が軍に入れば、その分お給料だってもらえます。 それに・・・私たちの生活をメチャクチャにした連邦に、一矢報いたくて・・・」
言葉を失ってしまった。 まだ子どもといえるようなこの娘に、そんな事情と決意があったなんて・・・。
「ああ、僕と同じような感じだね」
ピーターが軽い感じで言ったので、俺は思わずピーターの顔を見た。
「僕の親はリストラされてないけど、ウチってもともと貧乏でさ。 なのに弟や妹がたくさんいて、食うにやっとだったよ。 だけど僕が軍人になれば、稼いだお金できょうだいたちに良い暮らしをさせられるからね。 だからハイスクールを中退して、軍に入ったんだ」
 俺より若いピーターが軍にいる理由について、疑問に思ったことがないといえば噓になる。 だが、わざわざ聞くようなこともないと思っていたが、まさかそんな理由があるとは思わなかった。
「そういえば私、気になっていたことがあるんですけど・・・」
唐突にローレン曹長が口を開いた。
「私たちが着任したとき、ハウプトマン大尉が『何としても生き延びさせますよ、今度こそ・・・。』って言っていたじゃないですか。 昔、何かあったんですか」
俺とピーターの表情が曇るのを見て、ローレン曹長はしまった、というような顔をしたが、ピーターが説明する。
「宇宙に上がる前、アフリカで1人死んだんだよ。 それと、サムが着任する前にも1人、ね」
なんとか平静を保とうとしながらも、トーンを上げきれない声でピーターが話す。
「だから隊長、これ以上部下を失わないために、必死で頑張っているんだ。 ローレンも、ムチャしたらダメだよ」
「そういえば、ブラックさんも前にそんなことを言っていたな」
ふと思い出して、俺も口を開く。
「俺が最初に配属された基地で、ブラックさんのザクに乗せてもらって訓練していたことがあったろ。 あのとき、コクピットに奥さんや子供の写真が山ほど貼られていてな。 ブラックさんに聞いたら『俺を、そして小隊のみんなを待っている家族のためにも、絶対に生き延びるんだ。 生き延びさせるんだ』って言ってたな」 
 ふと、自分が軍学校に入ったときのことを思い出す。 大学受験に失敗し、特にやりたいこともなかった俺は、いずれ戦争が始まることが分かっていたあの頃、おそらく食いっぱぐれることはないだろうという軽い気持ちで軍学校の門を叩いた。 本当にそれだけの、何も考えていない動機だった。
・・・俺は、なんのために戦っているんだろう・・・?

 いよいよ俺たちの部隊は、ア・バオア・クーに派遣された。 旗艦である「ザンジバル級ヌエ」には、俺たち第2分隊のモビルスーツとビグロが、僚艦である「ムサイ級トラツグミ」には、隊長たち第1分隊が乗っている。 隊長たちが旗艦ではなく僚艦に乗っているのは、万一の時に部隊長であるヌエの艦長とモビルスーツ中隊長であるハウプトマン大尉が同時に戦死するのを防ぐためらしい。
「諸君。 我々にとっては初の作戦だ。 思いっ切り暴れてこい! 各員の健闘を祈る」
艦長の号令で、俺たちは出撃した。 隊長たち第1分隊も、トラツグミから出撃したようだ。 イヴァンも、あれから隊長に相当しごかれていたらしく、今ではかなりの腕前だ。 きっと大丈夫だろう。
「訓練でやった作戦で行くぞ。 ローレン、ビグロに掴まれ。 ピーター、発進だ」
「「了解!」」
ビグロが一気に加速し、敵艦隊に近づく。 最初の標的は、艦隊から少し離れた位置にいる巡洋艦だ。 護衛にモビルスーツが付いているが、ビグロのスピードに攻撃を当てられるヤツはいなかった。
「ピーターがビームとミサイルを一斉射したら、ローレンは離脱して敵艦を狙え! 援護は俺たちに任せろ!」
「了解!」
この数日で、俺たちの連携は上達していた。 しかも、ローレンのリックドムは高出力のビームバズーカを携行している。 サラミス級くらいなら一撃で沈められる火力だ。 俺はローレンを狙おうとする敵モビルスーツ隊に向けてロケットランチャーを連射する。 これなら、あのサラミスはすぐに撃沈できるはずだ・・・。
 そのとき、一筋の光がローレンのリックドムを貫いた。 次の瞬間、リックドムが爆発する光景がモニターに映し出された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・To be Continued

コメント

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  1. う~ん、やっぱり挿し絵的にフォトもいれて欲しかったなぁ。
    て、ローレンちゃん 死んじゃった!!Σ( ̄ロ ̄lll)

    • Zoo 1年前

      ロートルさん、
      こちらにもコメントありがとうございます。
      一応トップ画像にローレンのリックドムを入れたので、どうかそれでご勘弁下さい(機械オンチなので、あまり難しい加工は分からんのです…)。
      ローレンちゃんをやった犯人は次回で判明します。
      お楽しみに!

  2. TOMSIM 1年前

    うら若き女性がいきなり散ってるw それはむさいおっさんの役目。
    あれこれはア・バオア・クー攻略戦なんですかね。前哨戦?

    • Zoo 1年前

      TOMSIMさん、
      いつもコメントありがとうございます。
      おっさんだろうが美少女だろうが、死ぬときは死ぬ。 それがガンダムです。
      ご指摘の通り、これは12月31日のア・バオア・クー攻略戦での一コマです。

  3. えっ?えぇっっ⁈思わずストーリーにのめり込んでいて、最後の状況でとんでもない事が起こりました!
    お話が上手くてキャラクターの心情も伝わります✨そうでした、ガンダムって戦争のお話で、特にストーリー上に登場する魅力的なキャラクターの心情も伺えるアニメでしたね!本家に負けないストーリーの展開、この後も見逃せませんね^ ^ノ

    • Zoo 1年前

      中光國男さん、
      いつもコメントありがとうございます。
      作者の期待通りの反応、とても嬉しいです(笑)。
      今回は各キャラクターの心理描写、とりわけサブタイトルにも入れた、それぞれの「戦う理由」にフォーカスした内容にしてみました。
      戦う理由や生き残る目的を知ったあとで目の当たりにする、そのキャラクターの最期はいかがだったでしょうか(鬼畜)?
      続きも明日中には投稿したいと思いますので、どうぞお楽しみに!

  4. meg-ocero 1年前

    ローレーンっ!😫
    MSVの作品を読んでいるかのような臨場感、良いですね~

    • Zoo 1年前

      meg-oceroさん、
      いつもコメントありがとうございます。
      この後、サムとピーターはどう動くのか、そして隊長たち第1分隊の安否は・・・?
      どうぞご期待ください!

  5. RH少佐 1年前

    スレッガーさんが見逃したドム?にはこんなバックストーリーがあったのかも知れませんね。画面で何気無く墜とされていくモブや映っていないところで繰り広げられているであろう物語に想いを馳せりるのが、ガンダムの魅力ですね~😆

    • Zoo 1年前

      RH少佐さん、
      いつもコメントありがとうございます。
      実際にスレッガーさんのあのシーンを思い出し、「あれだけ激戦のソロモン攻略戦で、味方を引っ張って撤退できるドムやザクが残っていたのは、実は学徒兵がパイロットだったんだけど、ドズルが『我々軍人が守るべき学生に命を賭けさせることなどできるか!』といって前線に出さなかったのではないか?」と妄想したのが、今回の描写の理由だったりします。
      おっしゃる通り、画面外やモブパイロットにいろいろな物語をイメージすることができるのも、ガンダムという作品の魅力のひとつですね。

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