MS戦記異聞シャドウファントム #interlude The”Bloody left arm”

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 砂漠特有の足場の悪さが、機体の自由を奪ったわけでもなければ、副官である自身の立場を慮ったわけでもない。だが、機体が、オデッサのときほど勇躍しなかったのは確かだ。

 そのせいだろうか。

 いや、目的の、キャノンタイプはこの手で沈めた。後から出現した、”ガンダム”。ヤツの性能が高すぎたのだ。

(負け惜しみだな……。)

 ジオン公国軍アーサー・クレイグ大尉は、地球連邦軍の捕虜用独房で内省した。

 砂漠での戦いが終わって、数日が経つ。おそらく、今日はU.C.0079の12月1日あたりだろう。

 今朝方から、基地内が慌ただしい。恐らく、指揮系統に入れ替わりがあるのだ。それに合わせて、末端の部隊も入れ替わっている。その空気感は、ジオンも連邦も変わらないらしい。

 見張の兵士も、夕飯のときから急に乱暴になり、差し出された食事と共に、拳が3発飛んできた。朝まで担当していた部隊の兵士は、気遣いがあった。指揮系統からの躾が、よく行き届いている部隊だった。

(むしろ、そんな部隊の方が珍しいのだ。)

 厭戦気分はどちらも同じだ。弱者に、鬱憤の矛先が向く。

 独房の外で、また気配がした。殺意、とまではいかないが、明確な敵意がある。はっきりとは聞こえないが、悪巧みをする人間特有の、声の調子も小さく聞こえた。「やめろ。南極条約を忘れたのか。」 静かだが、意志のある声が悪意を遮る。「なんだお前らは?」 先ほどまで、ヒソヒソと話していたらしい兵士が不機嫌な声で応じた。「捕虜を移す。聞いていないのか。」「聞いていない。お前らで美味しい思いをするつもりか?」「舐めるなよ。」先ほどとは違う声が、会話に加わる。いくらか粗暴な印象があるが、こちらも、明るい意志を感じさせる声だった。「ジオンは憎いが、お前らみたいな卑怯な真似はしない。やるなら戦場で、正々堂々やる。一緒にするな。」「なんだと!?」「イギー、やめろ。」 最初の声がまた静止する。その後、指令書だ、という冷静な声と、カサコソと紙が擦れる音が聞こえると、

 独房の外で、また気配がした。殺意、とまではいかないが、明確な敵意がある。はっきりとは聞こえないが、悪巧みをする人間特有の、声の調子も小さく聞こえた。

「やめろ。南極条約を忘れたのか。」

 静かだが、意志のある声が悪意を遮る。

「なんだお前らは?」

 先ほどまで、ヒソヒソと話していたらしい兵士が不機嫌な声で応じた。

「捕虜を移す。聞いていないのか。」

「聞いていない。お前らで美味しい思いをするつもりか?」

「舐めるなよ。」

先ほどとは違う声が、会話に加わる。いくらか粗暴な印象があるが、こちらも、明るい意志を感じさせる声だった。

「ジオンは憎いが、お前らみたいな卑怯な真似はしない。やるなら戦場で、正々堂々やる。一緒にするな。」

「なんだと!?」

「イギー、やめろ。」

 最初の声がまた静止する。その後、指令書だ、という冷静な声と、カサコソと紙が擦れる音が聞こえると、"小悪党"共もおとなしくなった。

「お二人とも、し、少尉でありましたか。し、失礼しました!」

「そ、それもパイロットで……」

「そうだよ、失礼だよ。お前らこそぶん殴ってやろうか?」

 やめろ、と、また"冷静な方"が"粗暴な方"を止める。

「いずれ捕虜交換で向こうに帰るんだ、あまり恥ずかしいことをするな。語り草になるぞ。」

「へぇへぇ、悪うござんした。」

 と、いうセリフと共に、独房のドアが開いた。

「アーサー・クレイグ大尉、房を移ります。お迎えにあがりました。」

南極条約で、捕虜としての身分が保障されているとはいえ、妙に恭しい態度だった。

「ヘント・ミューラー少尉です。護送を担当いたします。」

 護送車がわりの物資・人員輸送用の3.5tトラックの荷台には、一応、簡素ながら長椅子も対面式に乗せられていた。基地内の移動なら、まあ、こんなものだろう。長椅子に座らされると、拘束を解かれた。しかも、対面して座っている、ヘント・ミューラーと名乗る少尉は、あろうことか小銃を傍らに無造作に置いてしまっている。「どう解釈すればいい。」 アーサーは、苦笑交じりに、ヘント・ミューラー少尉に訊ねる。「信用されているのか。それとも、舐められているのか。」 この状況ならば、アーサーはいつでも目の前の連邦軍士官の、息の根を止めることができる。「その2択であれば、信用の方ですね。」 ヘント少尉は、なぜかアーサーのことを信じきっている様子だったが、護送車の荷台の後ろ側にいる、もう一人の少尉—イギーと呼ばれている—は、違った心象らしい。油断なく小銃を抱えたまま、鋭く視線を光らせている。いや、この反応こそが、本来自然なのだ。あるいは、この油断のない警備があるからこそ、ヘントという男もここまで余裕を見せられるのかも知れない。

 護送車がわりの物資・人員輸送用の3.5tトラックの荷台には、一応、簡素ながら長椅子も対面式に乗せられていた。基地内の移動なら、まあ、こんなものだろう。長椅子に座らされると、拘束を解かれた。しかも、対面して座っている、ヘント・ミューラーと名乗る少尉は、あろうことか小銃を傍らに無造作に置いてしまっている。

「どう解釈すればいい。」

 アーサーは、苦笑交じりに、ヘント・ミューラー少尉に訊ねる。

「信用されているのか。それとも、舐められているのか。」

 この状況ならば、アーサーはいつでも目の前の連邦軍士官の、息の根を止めることができる。

「その2択であれば、信用の方ですね。」

 ヘント少尉は、なぜかアーサーのことを信じきっている様子だったが、護送車の荷台の後ろ側にいる、もう一人の少尉—イギーと呼ばれている—は、違った心象らしい。油断なく小銃を抱えたまま、鋭く視線を光らせている。いや、この反応こそが、本来自然なのだ。あるいは、この油断のない警備があるからこそ、ヘントという男もここまで余裕を見せられるのかも知れない。

「資料を見ました。ハリソン・サトー少佐が指揮する、第241MS大隊所属、とは、記録にはなかった。突撃機動軍オデッサ守備連隊麾下、第362機械化混成大隊を指揮されていた、アーサー・クレイグ大尉。貴官は、11月9日、オデッサ市付近で”ガンダム”を撃墜したMS-07のパイロットですね。

「資料を見ました。ハリソン・サトー少佐が指揮する、第241MS大隊所属、とは、記録にはなかった。突撃機動軍オデッサ守備連隊麾下、第362機械化混成大隊を指揮されていた、アーサー・クレイグ大尉。貴官は、11月9日、オデッサ市付近で”ガンダム”を撃墜したMS-07のパイロットですね。"オデッサのガンダム殺し"というジオン軍内のあなたの異名が、そのことを示している。」

「こんなところで、尋問か?」

いいえ、と、ヘント・ミューラーは首を振る。

「個人的に、貴方に興味があった。尋問室より、この方が気兼ねなく話せそうな気がしたので、上官に無理を言って、護送任務に。」

 まだ、ほとんど話していないが、変わったヤツだ、ということは十分に理解できた。

「先ほど、見張りの兵は、君のことをパイロットだと言っていたが、少尉?」

 ええ、そうです、と穏やかに応える。のん気なのか、人が好いのか。いずれにしても、この移動の退屈しのぎには、丁度いい相手かもしれない。少し”おしゃべり”に付き合ってやることにした。

「オデッサで、貴方が撃破したガンダムのパイロットは、わたしです。」

 ぴくり、と、凛々しい眉が動いた後、アーサーはフッと笑った。

「やはり、ジオンの火力ではガンダムは殺しきれなかったか。結局、パイロットは無事生き延びて、また別の機体を駆り、ジオン兵を屠っていたわけだ。」

「いえ、見事な奇襲でした。性能差を覆された。完敗でした。しかも……」

ヘントは、続ける。

「わたしのガンダムを撃破したところは、オデッサの宇宙港の付近だった。貴方はそのまま宇宙に脱出できたはずだ。」

「……。」

「だが、貴方は今こうして、中東にいる。貴方は、オデッサで最後まで、自身の進退を投げ打ち、味方の、宇宙への脱出を優先させた。そういう指揮官に、好感を抱きました。」

わたしも、同じ立場ならそうしたいと願います、とヘントは話す。

 ずいぶんとおしゃべりだな、と苦笑を浮かべ、アーサーも応じる。

「そういう、英雄主義的な考え方は、どうかと思うがな。」

ふと、ハリソン・サトー少佐の顔が思い浮かんだ。部下を愛し、戦場を愛し、そして戦場で死ぬことこそ本望と信じていた。言うなれば、古き時代の武人のようであった、彼のことを——。アーサーも、一人の兵の立場として、彼を敬愛していた。だが、あの、大義のための死を、甘美に演出してしまう精神主義的なジオンの気風には、正直なところ、危うさを感じていた。

「違います。戦場でどう死ぬか、という、英雄主義ではない。あなたは、仲間を守るために、指揮官としての責任を果たした。わたしが貴方に好感を覚えたのは、記録をそう解釈したからです。」

「初対面の、それも敵の士官に、随分とグイグイ来るな、君は。」

 護送車の小さな窓から、月明りと共に、見覚えのあるものが、アーサーの目に入った。

「すまん、戻って……止められるか?」

「おい、立場をわきまえろ。」

 ”見張り”のイギーが鋭い声をあげるが、ヘントは構わず運転席に呼び掛けた。

「”キッド”、戻してくれ。たぶん”マスタング”のところだ。」

「なんで、こいつの肩を持つ?」

 勢いよくバックする車内で、イギーがあからさまな不満の声をあげる。まったくそのとおりだ、と、我がことながら、アーサーも内心同意する。

「少し、確かめたいことがあるからな。」

 なんだよそれ、とイギーの不満も収まらないうちに、車は止まった。

「降りますか?ご覧になりたかったのは、これでしょう?」

おい!とイギーはさすがに声を荒げる。

「大丈夫だ、彼は愚かなことはしない。」

「……君は、わたしの何を知っているというのだ?」

「直感です。」

「バカな、ニュータイプ気取りか。」

「……まあ、そんなところです。」

確かに、逃げる気などない。こんな、敵の真っただ中で、身一つで駆けだしたところで、どうにもならない。

「お言葉に甘えよう、ヘント少尉。不審があれば、迷いなく撃ちたまえ……イギー、少尉で、よかったか。」

アーサーはイギーの方を向いて問いかけるが、イギーは応えず、黙って銃口を向けた。 

 三人は、荷台から降りた。 月明りに照らされて、サンドカラーの機体の残骸が横たわっている。「撤退するとき、空から見た。こいつは、我々の友軍機ごと、自分を撃たせていたな。」 アーサーは、青く澄んだ瞳を、苦々し気に細める。「わたしも何度か組み合ったが、パイロットはなかなか腕が良かった。あの腕ならば、生き延びて、仲間を守るべきだというのに、こいつも下らない英雄主義に溺れたのだろう。自己の死を、勝利や栄光で飾るなど……」「恐縮ですが。」 ヘントが、おずおずと口を開く。「その機体のパイロットも、わたしです。」 アーサーは思わず振り返った。「貴官は不死身か!?」「そうだ、そいつは我が隊の誇る、不死身の”被”撃墜王だ。殺しても死なない。」油断なく銃口を光らせながらも、イギーが軽口を叩く。「ついでに言うと、お前を倒したガンダムも、そいつだ。」アーサーは、その顔に動揺の色を浮かべたが、うつむき、やがて、自嘲気味に息をついた。「なんだ、まるでコミックブックか映画のような話だな……君にとっては、わたしはリベンジを果たした”宿命のライバル”というわけか。」 それなら、個人的な興味も持とうというものだ。「……そういう、ことも、ありますが……。」 ヘントは、少しためらいながら続けた。

 三人は、荷台から降りた。

 月明りに照らされて、サンドカラーの機体の残骸が横たわっている。

「撤退するとき、空から見た。こいつは、我々の友軍機ごと、自分を撃たせていたな。」

 アーサーは、青く澄んだ瞳を、苦々し気に細める。

「わたしも何度か組み合ったが、パイロットはなかなか腕が良かった。あの腕ならば、生き延びて、仲間を守るべきだというのに、こいつも下らない英雄主義に溺れたのだろう。自己の死を、勝利や栄光で飾るなど……」

「恐縮ですが。」

 ヘントが、おずおずと口を開く。

「その機体のパイロットも、わたしです。」

 アーサーは思わず振り返った。

「貴官は不死身か!?」

「そうだ、そいつは我が隊の誇る、不死身の”被”撃墜王だ。殺しても死なない。」

油断なく銃口を光らせながらも、イギーが軽口を叩く。

「ついでに言うと、お前を倒したガンダムも、そいつだ。」

アーサーは、その顔に動揺の色を浮かべたが、うつむき、やがて、自嘲気味に息をついた。

「なんだ、まるでコミックブックか映画のような話だな……君にとっては、わたしはリベンジを果たした”宿命のライバル”というわけか。」

 それなら、個人的な興味も持とうというものだ。

「……そういう、ことも、ありますが……。」

 ヘントは、少しためらいながら続けた。

「貴方と戦ったとき……声が、聞こえました。」 声?と、アーサーと、イギーも怪訝な声をあげる。「そうです。この人を、殺してはならない——と。」「誰のだ?」イギーが、ニヤつきながら訊ねるが、それにはヘントは応えなかった。「今度はオカルトか?そういう話は信じないぞ。」アーサーも、侮るような視線を送りながら応える。「わたしもです。戦場のストレスなのか、自分自身の、何か、直感のようなものなのか、分かりません。ですが、確かに、貴方を殺してはならない、と、そう直感しました。」「それで”殺さない”という選択肢を選べるのだ。大したものだな、君の腕も。」アーサーの軽口に、ヘントは、機体性能のおかげです、と謙遜して応える。「会って話せば、何か分かるかもしれないと思いました。だから、こうして、護送を買って出たし、トラックも止めた。」 はあ、と、後ろでイギーが大きなため息をつくのを、アーサーは聞いた。「積もる話なら、食事でもしながら、いかがですか?」 トラックの運転席から、小柄な男が降りてきて、のん気な声を出した。大きな、クーラーボックスのようなものを抱えている。「なんか、こんな風になる気がして、弁当用意してましたよ。」「用意が良すぎるわ。お前もニュータイプか?」 応じるイギーの声に、柔らかさが混じる。「どうぞ、どうぞ、はい、皆さん、座って。」 クーラーボックスを開けると、個別にパッキングされた弁当箱をテキパキと皆に配り、ついでに大きなジャーからスープを注いだ。「バーミヤです。」「お、バーミヤか。」イギーが、警戒を解いた声で応じる。「バーミヤなら、しょうがねえな。」そう言って、小銃を肩に担ぐと、どかっと腰を降ろして、弁当を開けた。 アーサーは、唖然として、一同を見まわした。ヘントも、上品に地面に座り、一見カレーに見える料理を口に運びはじめている。「大尉も、どうぞ。」 アーサーの視線に気づくと、さも当然と言う風に食事を勧めてくる。「そうですよ、捕虜用の食事では、満足に腹も膨れないでしょう。」おいらの料理は、なかなかですよ、と、トラックの小男が弁当を押し付けるように渡す。イギーが、自画自賛か、と、笑った後、アーサーに言う。「”キッド”の飯はホントにうまいぞ。いらないならよこせ、俺が食う。」「駄目ですよ、捕虜をいじめたってんで問題になっちゃいますよ、イギー少尉。」 ”キッド”と呼ばれた小男が、冗談めかして言う。「ヘント少尉が特別に変わっていると思ったのだが……」苦笑を浮かべながら、アーサーは座り、弁当を開けた。奇妙な晩餐が始まってしまった。「おい、何をやっている。」哨戒の部隊に声を掛けられるが、所属を告げると、ブライトマン少佐のところか、と、妙に納得して踵を返す。「そこそこにしておけよ。」「どーも。」イギーが機嫌よさ気に例を述べる。「君らの部隊は、一体どういう部隊なんだ。」「どんな部隊って、なあ?」「司令が、いい人です。」“キッド

貴方と戦ったとき……声が、聞こえました。」

 声?と、アーサーと、イギーも怪訝な声をあげる。

「そうです。この人を、殺してはならない——と。」

「誰のだ?」

イギーが、ニヤつきながら訊ねるが、それにはヘントは応えなかった。

「今度はオカルトか?そういう話は信じないぞ。」

アーサーも、侮るような視線を送りながら応える。

「わたしもです。戦場のストレスなのか、自分自身の、何か、直感のようなものなのか、分かりません。ですが、確かに、貴方を殺してはならない、と、そう直感しました。」

「それで”殺さない”という選択肢を選べるのだ。大したものだな、君の腕も。」

アーサーの軽口に、ヘントは、機体性能のおかげです、と謙遜して応える。

「会って話せば、何か分かるかもしれないと思いました。だから、こうして、護送を買って出たし、トラックも止めた。」

 はあ、と、後ろでイギーが大きなため息をつくのを、アーサーは聞いた。

「積もる話なら、食事でもしながら、いかがですか?」

 トラックの運転席から、小柄な男が降りてきて、のん気な声を出した。大きな、クーラーボックスのようなものを抱えている。

「なんか、こんな風になる気がして、弁当用意してましたよ。」

「用意が良すぎるわ。お前もニュータイプか?」
 応じるイギーの声に、柔らかさが混じる。

「どうぞ、どうぞ、はい、皆さん、座って。」

 クーラーボックスを開けると、個別にパッキングされた弁当箱をテキパキと皆に配り、ついでに大きなジャーからスープを注いだ。

「バーミヤです。」

「お、バーミヤか。」

イギーが、警戒を解いた声で応じる。

「バーミヤなら、しょうがねえな。」

そう言って、小銃を肩に担ぐと、どかっと腰を降ろして、弁当を開けた。

 アーサーは、唖然として、一同を見まわした。ヘントも、上品に地面に座り、一見カレーに見える料理を口に運びはじめている。

「大尉も、どうぞ。」

 アーサーの視線に気づくと、さも当然と言う風に食事を勧めてくる。

「そうですよ、捕虜用の食事では、満足に腹も膨れないでしょう。」

おいらの料理は、なかなかですよ、と、トラックの小男が弁当を押し付けるように渡す。イギーが、自画自賛か、と、笑った後、アーサーに言う。

「”キッド”の飯はホントにうまいぞ。いらないならよこせ、俺が食う。」

「駄目ですよ、捕虜をいじめたってんで問題になっちゃいますよ、イギー少尉。」

 ”キッド”と呼ばれた小男が、冗談めかして言う。

「ヘント少尉が特別に変わっていると思ったのだが……」

苦笑を浮かべながら、アーサーは座り、弁当を開けた。奇妙な晩餐が始まってしまった。

「おい、何をやっている。」

哨戒の部隊に声を掛けられるが、所属を告げると、ブライトマン少佐のところか、と、妙に納得して踵を返す。

「そこそこにしておけよ。」

「どーも。」

イギーが機嫌よさ気に例を述べる。

「君らの部隊は、一体どういう部隊なんだ。」

「どんな部隊って、なあ?」

「司令が、いい人です。」

“キッド"は言いながら、だから、みんないい人なんだ、と続ける。

「少佐はいい人か?作戦の発想は割とエグいよな。」

俺は"いい人"だけどな、と冗談めかしてイギーは言う。もうバーミヤを平らげてしまっている。

「コーヒーが欲しいな、熱いヤツ。」

「もう少しお待ちを。」

 "キッド"がバーナーで湯を沸かしている。コーヒーを淹れるつもりらしい。

「いい人ですよ。おいらみたいな得体の知れないヤツを拾って面倒見てくださって。」

 コーヒーを淹れる、この"キッド"という男は、どうやら軍人ですらないらしいが、妙に溶け込んでいる。

 家族、の、ような——と、そんな言葉が頭に浮かぶ。

(ほだされたようですね、大尉。)

オデッサで死なせた部下、オスカー軍曹の声が聞こえた気がした。

(ああ、そういうことらしい——。)

 アーサーはフッと微笑み、語り始める。

「わたしは、ザビ家への忠誠心などない。」

「なんだ、唐突に。」

 イギーがコーヒーを啜りながら言う。

「でしょうね。」

 ヘントは、分かっているという風に相槌を打つ。

「だが、スペースノイドの未来のために、などという大義にも、そこまで共感できるわけでもない。」

「では、何のために……?」

 どうだろうか、と、サンドカラーの残骸を見上げ、アーサーはしばらく考えた。

 “キッド"から差し出されたコーヒーを一口すすると、アーサーは続けた。

「君たちも同じじゃないか。仕事だからだよ。」

そうだ。別に憎んでいたわけではない。

「俺はお前らを許す気はないがね。」

そう言うイギーの言葉には、はっきりとした憎悪が混じる。今回の戦禍で、誰か、大切な人を失っているのかも知れないと、アーサーは洞察する。

「不躾だったらすまない。だが、イギー少尉も、ヘント少尉も、そうではないか。この戦いが始まった時は、もう軍人だったはずだ。」

少なくとも、わたしはそうだった、と、アーサーは呟く。

 軍人の家系だった。

 ダイクン家に仕え、サイド3のために尽くすことは、当然のことだった。そこに、大義も志もない。

「だが、その仕事も続けていくうちに、部下が、仲間が出来た。たぶん、彼らが、わたしの戦う意義だった。」

皆、死なせてしまったがね、と、呟くと、アーサーはうなだれて、ため息をつく。

「守りたかった。」

「俺たちの仲間はオデッサで、お前の部隊に皆殺しにされてる。」

イギーが逆襲する。

 アーサーは、何も応えられなかった。やはり、戦場は無慈悲だ。

「わたしは、貴方たちとの戦いの中で、部下に、自分を撃たせるように指示しました。その判断で味方を傷つけた。仲間を危険にさらしてしまったんです。」 今度は、ヘントが語り出す。 マイロに、無理やり引きはがされ、撤退したとき、空中から見た、あの瞬間だろう。目の前の機体が、今の残骸に変わったときの話だ。 敵とは言え、MSのコクピットで姿が見えないとは言え……誰かの命を奪うことは、その魂に言いようのない疵痕を刻む。それを、気心の知れた、敬愛を抱いて過ごしてきた相手を撃つ——味方殺しなどをさせられ、残された方はもはや、生きる屍と化すだろう。「わたしを撃たせた仲間の、心の傷を思うと、今も胸が痛む。貴方を殺すなという、あの『声』は、もしかしたら、これ以上罪を重ねるなという、自分自身の魂の叫びだったのかもしれません。」 アーサーの脳裏に、またオスカー軍曹の姿が過ぎる。「オデッサで、君が討ったザク。」 え、と、ヘントが顔をあげる。

「わたしは、貴方たちとの戦いの中で、部下に、自分を撃たせるように指示しました。その判断で味方を傷つけた。仲間を危険にさらしてしまったんです。」

 今度は、ヘントが語り出す。

 マイロに、無理やり引きはがされ、撤退したとき、空中から見た、あの瞬間だろう。目の前の機体が、今の残骸に変わったときの話だ。

 敵とは言え、MSのコクピットで姿が見えないとは言え……誰かの命を奪うことは、その魂に言いようのない疵痕を刻む。それを、気心の知れた、敬愛を抱いて過ごしてきた相手を撃つ——味方殺しなどをさせられ、残された方はもはや、生きる屍と化すだろう。

「わたしを撃たせた仲間の、心の傷を思うと、今も胸が痛む。貴方を殺すなという、あの『声』は、もしかしたら、これ以上罪を重ねるなという、自分自身の魂の叫びだったのかもしれません。」

 アーサーの脳裏に、またオスカー軍曹の姿が過ぎる。

オデッサで、君が討ったザク。

 え、と、ヘントが顔をあげる。

「ドダイで、最初に空襲を仕掛けたザクだ。先ほどイギー少尉が言った、君たちの仲間を滅ぼしたザク。わたしの古株の部下だった。私のために命を落とした彼の声が、今もどこかで聞こえる気がする。だからこそ、誇り高く戦わねばならないと思う。」 この男、ヘント・ミューラーは、オデッサで殿を務めた自分に、個人的に興味を持ったと言った。この男も、仲間のために、その身を捧げようという兵士なのだ。 似たもの同士と言うわけか。だから、妙にぺらぺらと、互いに余計なことを喋ってしまう。「これ以上は、おしゃべりはやめた方がいい。お互い、言わない方が良いことまで言ってしまいそうだな。」 アーサーは、フッと笑いながらも、この晩餐会の終了を提案する。「友軍同士なら、好い友人になれたかもしれないな。」「そう思います。貴方のその、兵士としての誇り高き姿、わたしの部下……いや、今や階級も並びました。我が隊のエースによく似ています。」 お前の部下だか同僚だかのことなど知らん。似ているのは、お前自身ではないのか、と、アーサーは思ったが、軽く微笑むだけで何も応えなかった。「お会いできて良かったです。願わくは……戦場では、2度と、貴方にまみえませんように——。」「それは甘いな。互いに軍籍に身を置く以上は、2度と、は甘い。」「そうでしょうか。でも、わたしは、そう願っていますよ。」それに、と、ヘントは続ける。「もうこの戦争は終わるでしょう。もうこんな、馬鹿げた戦いを起こさねばいいだけのことだ。」そうだな、と、アーサーは応えた。 そうだ。 その、

「ドダイで、最初に空襲を仕掛けたザクだ。先ほどイギー少尉が言った、君たちの仲間を滅ぼしたザク。わたしの古株の部下だった。私のために命を落とした彼の声が、今もどこかで聞こえる気がする。だからこそ、誇り高く戦わねばならないと思う。」

 この男、ヘント・ミューラーは、オデッサで殿を務めた自分に、個人的に興味を持ったと言った。この男も、仲間のために、その身を捧げようという兵士なのだ。

 似たもの同士と言うわけか。だから、妙にぺらぺらと、互いに余計なことを喋ってしまう。

「これ以上は、おしゃべりはやめた方がいい。お互い、言わない方が良いことまで言ってしまいそうだな。」

 アーサーは、フッと笑いながらも、この晩餐会の終了を提案する。

「友軍同士なら、好い友人になれたかもしれないな。」

「そう思います。貴方のその、兵士としての誇り高き姿、わたしの部下……いや、今や階級も並びました。我が隊のエースによく似ています。」

 お前の部下だか同僚だかのことなど知らん。似ているのは、お前自身ではないのか、と、アーサーは思ったが、軽く微笑むだけで何も応えなかった。

「お会いできて良かったです。願わくは……戦場では、2度と、貴方にまみえませんように——。」

「それは甘いな。互いに軍籍に身を置く以上は、2度と、は甘い。」

「そうでしょうか。でも、わたしは、そう願っていますよ。」

それに、と、ヘントは続ける。

「もうこの戦争は終わるでしょう。もうこんな、馬鹿げた戦いを起こさねばいいだけのことだ。」

そうだな、と、アーサーは応えた。

 そうだ。

 その、"それだけ"のことが、どれほど難しいことかは、誰もが知っている。そして、人の業の深さを思い、気が滅入るのだ。

 しかし、その希望だけは、棄ててはいけないものだ。それは、はっきりと理解できた。

(そうです。でなければ、わたしたちが死んでいった意味がありません、大尉——。)

 再び護送者に乗り込むと、目的地までは、皆、無言だった。 やがて、トラックは止まった。今度はしっかりと拘束をして、アーサーを降ろす。 ふと、ヘントが呟いた。「結局、声の正体は分からないままです。」「分からなくていい。」 アーサーは応えた。たぶん、その答えは、戦う者の数だけ、ある。そして、絶えず、変わっていく。そんな気がした。「好い時間だった、ヘント・ミューラー。バーミヤは美味かったぞ。」 アーサーは、基地内のウェーブ(女性士官)たちを騒がせた、その美貌を、爽やかに崩して言う。「ジオンの戦場の食事は、貧しく、不味かった。願わくは、もう、あの食事は口にしたくないものだな。」 そして、再び独房のドアは閉められた。

 再び護送者に乗り込むと、目的地までは、皆、無言だった。

 やがて、トラックは止まった。今度はしっかりと拘束をして、アーサーを降ろす。

 ふと、ヘントが呟いた。

「結局、声の正体は分からないままです。」

「分からなくていい。」

 アーサーは応えた。たぶん、その答えは、戦う者の数だけ、ある。そして、絶えず、変わっていく。そんな気がした。

「好い時間だった、ヘント・ミューラー。バーミヤは美味かったぞ。」

 アーサーは、基地内のウェーブ(女性士官)たちを騒がせた、その美貌を、爽やかに崩して言う。

「ジオンの戦場の食事は、貧しく、不味かった。願わくは、もう、あの食事は口にしたくないものだな。」

 そして、再び独房のドアは閉められた。

【#Interlude The

【#Interlude The"Bloody left arm"  fin.】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士官の捕虜って、他の捕虜のリーダーとかやらされそうですよね。独房にわざわざ入れるかなぁ、とか、書き切ってからちょっと思いましたが、まあ、そこはいつもの「素人の二次創作ですので」に逃げたいと思います笑

今後の部に、アーサーを出すために、と思って書いてみましたが、全然まとまらなくて苦労しました笑

アーサーとヘントが話をして、なんとなく「こいつ意外といいやつじゃね?」と思わせる話にしたかったんですが、アーサーはただのライバルキャラだし、ヘントは没個性的なキャラだしで、最初に書いたやつは2人ともキャラ弱くて、クソみたいにつまらない話になっていました笑

しかも、後半に、ヘントとミヤギの不要なイチャイチャが入っていて、キャラが薄い2人のエピソードがさらに薄まったりしていました笑

なんとかカタチになった感じですが、いかがでしたでしょうか(gundam-kao10)

トラックはすべて、このプラモです。ピットロードの、1/144自衛隊用トラックです。ジェミニに合成させたら、トラックまでリアルに加工されてしまいました笑あと、独房の扉もジェミニ作です笑

トラックはすべて、このプラモです。

ピットロードの、1/144自衛隊用トラックです。

ジェミニに合成させたら、トラックまでリアルに加工されてしまいました笑

あと、独房の扉もジェミニ作です笑

今回、出番がなかったミヤギさんも、第4部は主役の予定です。あと、顔付きのヒロイン?2人増やします。2人とも連邦ですが……カルアも出番ある、かも、しれません。現在、登場予定の機体を製作中です。まずはミヤギの乗機からでしょうか。第3部より、搭乗機体は増えそうなので(罪プラから捻出予定)今回は少し時間が掛かりそうです。第4部も気長にお付き合いいただければ幸いです。では、今後ともよろしくお願いします(gundam- 目次へお戻りの際はこちら。

今回、出番がなかったミヤギさんも、第4部は主役の予定です。

あと、顔付きのヒロイン?2人増やします。2人とも連邦ですが……カルアも出番ある、かも、しれません。

現在、登場予定の機体を製作中です。まずはミヤギの乗機からでしょうか。第3部より、搭乗機体は増えそうなので(罪プラから捻出予定)今回は少し時間が掛かりそうです。

第4部も気長にお付き合いいただければ幸いです。

では、今後ともよろしくお願いします(gundam-

 

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  1. cinnamon-1 11分前

    第二部で捕虜になったアーサー大尉。気になっていました。やはり秩序の取れた部隊はかっこいいですね😆(おっしゃる通り珍しいのでしょう)

     

    ブライトマン少佐の手腕、そしてヘント小隊の家族のような雰囲気を漂わせる不思議な部隊ですよね😁 

    そこがとても魅力的です😆 

    読者としても、とても読み心地の良いストーリーでした。

    仲間、人間として、兵士としての話。んーとても深い話です😆 

    さすが巨匠👍👍👍

     

    次回作品も楽しみにしています😁

     

     

  2. 3so4ruomori 14分前

    いつもこっそりと読ませて、貰ってます😅

    今回から、ちょっと絵の創り方、変えられたんですか?違っていればスイマセン

    なんか、凄く良いですね!😍

  3. T-Non 32分前

    この幕間劇、なんでしょう…なんかとても良い。ドラマの奥行きが、ブンッと広がり、今後のストーリーに色を添える貴重なエピソードになる気がします‼️

    やっぱり凄いよ❗️やすじろうさん👍️👍️👍️

    • いつもありがとうございます(gundam-kao6)

      今回はホントにうまくまとまらなくて、友達からもたくさんアイディア出してもらったり、助けてもらったりしながらなんとかまとめました。なので、嬉しいです!

      一番苦労したのは、ミヤギの出演を我慢したところでした笑

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